第6話 異弦の聖女
「わぁ!!! すごい!! 人がいっぱい!!」
ヴィオと花音は昼頃にストリングス王国の首都『エフホール』に入った。町の入り口の門をくぐった瞬間、花音が歓声を上げた。
「そうかな。新宿ほどじゃないと思うけど?」
「そういうことじゃないの!!」
ヴィオの無粋なコメントに花音はツッコム。
「ヴィオ様! ご帰還お待ちしておりました!」
町の入り口の門に立っていた警備兵達がヴィオに敬礼をする。
「ああ、ご苦労。このまま帰るので馬を用意してくれ」
「畏まりました!!」
そう言って警備兵はチラリと花音へ視線を向けて、ヴィオに聞いた。
「こちらの方が……?」
「ああ、そうだ」
ヴィオは軽く頷いた。
何の話をしているのだろう……。ヴィオ様とか呼ばれているし……。花音は少し気になってヴィオを見るが、ヴィオは特にそのことについては触れずに花音に言った。
「カノンは乗馬はできる?」
「は?」
急な質問に一瞬戸惑うが、答えは迷うまでもなかった。
「……出来るわけないじゃん……」
花音の答えを聞いて、ヴィオは嬉しそうに笑って言った。
「じゃあ、一緒に乗ろうか」
「はぁ? ……ってか、そもそもなんで街中で馬に乗らなきゃいけないの……って、わぁ!!」
文句を言いかけた花音の言葉を止めたのは、警備兵が連れてきた馬だった。
それは、大きな翼の生えた美しい白馬だった。
「ペガサスには乗りたくない?」
いたずらっぽく聞いてくるヴィオにちょっとムカッとしながらも、花音は負けを認めざるを得なかった。
「……乗りたいです」
数分後、カノンとヴィオを乗せたペガサスは空へと羽ばたいた。
ペガサスの羽ばたきが巻き起こす爽やかな風が、花音の頬をくすぐる。
「わぁ!!」
カノンが眼下を見下ろすと、エフホールの町が良く見えた。
お約束のような中世ヨーロッパ風の石造りの街並み、道行く人々の服装や生活の様子はまさに花音が思い描くファンタジーの世界観であった。
目を輝かせて町を見下ろす花音の笑顔を見て、ヴィオはくすっと笑いながら花音の耳元で話しかける。
「今から、あそこのお城に向かうね」
「ちょっ! 近いってば!!」
間近に迫るヴィオの顔をグイと押し退けつつ、ヴィオが指さす方向を見ると、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城を彷彿とさせるいかにもなお城が見えた。
「わあ! ほんと、お城だ! ……けど、どうして?」
表情をコロコロ変えながら質問をしてくる花音を眺めつつ、ヴィオは答える。
「僕はこの国の王様に【異弦の聖女】をお連れするようにって、命令されているんだ」
「いげんのせいじょ?」
「うん。この国に古くから伝わる伝説があってね……」
そこでヴィオは一呼吸置いて、伝説を諳んじた。
「異界から聖女が降りてくる。異界の弦の震えと共に、精霊は歌い、世界は歓喜に包まれる。異界の弦を震わすは【異弦の聖女】なり」
ヴィオが諳んじる伝説を聞いて、花音は頭を抱える……こんな時、どんな顔をしたらいいのかしら……。
なんて恥ずかしい、この上なく厨二な伝説だろう……そう思いながらも、相反する感情が花音の心をじわりと侵食する……だがしかし、嫌いではない、と。
花音は勘違いだった時のいたたまれなさを恐れつつ、勇気を出して聞いてみる。
「もしかして、もしかすると、私がその【異弦の聖女】なの?」
すぐにヴィオが答えた。
「ピンポーン! 大正解!」
そう言ってヴィオは視線を前に向ける。
「ほら! もうすぐお城だよ! 【異弦の聖女】様!」
ヴィオにつられて花音も視線を前方に向ける。
城はあっという間に目前に迫っていた。ふと下を見て、花音は驚いた。
「あのお城……。浮かんでる?」
大きく抉れた大地の上に何の支えもなしに、巨大な城が浮かんでいる。原理はよく分からないが、とにかく圧巻の光景だった。
「ピンポーン! 大正解! だから城に入るときはこのペガサスみたいに飛べる乗りものが必要なんだ」
そんな話をしている間に、城から突き出たような広場へ向かってペガサスはすぅっ……と滑らかに降下していった。
バササッ……バサッ……。大きく羽ばたきをしてペガサスは城に降り立った。
「おかえりなさいませ!! ヴィオ様!!」
すぐに城の衛兵らしき青年達が降り立ったばかりのペガサスの周りに集まってきた。
「変わりはないか?」
そう言って、ヴィオがひらりとペガサスから飛び降り、慣れた手つきで花音の手を取ってペガサスの背から花音が降りるのを手伝う。
「は。実は昨日、国境の村からの使者が来まして……」
衛兵はそこまで言うと、部外者である花音が聞いているのを気にしてか、語尾を濁した。
「そうか。その報告は後で聞こう」
ヴィオは衛兵の報告にそう答えると、テキパキと指示を出し始めた。
「これより王に謁見する。準備を」
「はい!」
「彼女の準備も手伝うよう、メイド長に伝えろ」
ヴィオが衛兵と話している間、花音は所在なさげにペガサスの傍に立っていた。
ヴィオが急に遠くに行ってしまった感じがして心細くなると同時に、そんなことで心細くなっている自分に愕然とする。ヴィオのことをあんなに鬱陶しいと思っていたのに……。
衛兵に指示し終わったヴィオがようやく花音の許へ来た。
「王様に会う前に、一応正装に着替えないといけないんだ。カノンの服も準備させるから、それに着替えてきてね」
忘れられている訳ではなかったと少し安堵して、花音は答えた。
「……うん。分かった」
ヴィオは花音の返事を聞いて頷くと、城の方から出てきた女性に話し掛けた。
「サマンサ。この方が聖女様だ。彼女の謁見用の服を見繕ってくれ」
サマンサと呼ばれた女性が優雅に頭を下げてヴィオに答える。
「分かりました、ヴィオ様」
そして今度は花音の方を向いて挨拶をする。
「わたくしはメイド長のサマンサと申します。よろしくお願いいたします、聖女様」
そう言って、サマンサは優雅なお辞儀をした。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
この世界に来てからヴィオ以外の人と話すのが初めてだったこともあり、少し緊張しながら花音は優雅とは程遠いギクシャクとしたお辞儀を返した。