第4話 魔法
――正解は『獲る』だったようだ。
数分後、帰ってきたヴィオが手にしていたのは角の生えたウサギのような生物だった。
「それもモンスターなの?」
カノンが質問すると、ヴィオは丁寧に答える。
「そう。アルミラージ。こんな外見だけど肉食獣だから、もし出会ったときは一応気を付けてね。あ、肉は普通に美味しいから安心して」
そう言って、ヴィオは手慣れたようにアルミラージを捌き始めた。道具も使わずに。
「……それ、どうやってるの?」
ヴィオの手元で、まるで自動的に生物が段々と肉に変わっていっているかのような現象を見ながら、カノンは思ったことを口に出す。
もはや神経がマヒしているのか、ウサギちゃんが毛を毟られて、切り裂かれている様子を見ても残酷だとか気持ち悪いだとかは思わなかった。
「……風の魔法を使ってるんだ。簡単そうに見えて、結構調整が難しいんだよ」
ヴィオは真剣にアルミラージを捌きながら、カノンの質問に答える。
「魔法……」
まさかとは思ったけれど、期待していた通りの答えが出てきてカノンの気持ちが昂った。
「さっきの火種も魔法なの?」
「うん、そうだよ」
ヴィオは答えながら、捌き終わったアルミラージを風の刃で細切れにして鍋に入れた。
「……私も魔法使えるのかな?」
カノンは勇気を出して聞いてみた。ちょっと気恥ずかしいけれども。
この世界を楽しむって決めたし。 憧れの『魔法』だし。 使えるもんなら使ってみたい……。 そう期待を込めて。
しかし、その質問をした途端、急にヴィオが考え込む様に黙り込んだ。
「……」
ヴィオはそのまま無言でカノンの隣に腰を下ろした。
「ヴィオ?」
急にヴィオの雰囲気が変わったような気がして、カノンは戸惑いつつ呼び掛けた。
少し間を置いて
「……使えるよ」
とヴィオがようやく答えた。
「ホント!?」
ヴィオの言葉にカノンは嬉しさを隠せずに、弾んだ声を上げる。
「……けど、僕の使う魔法とは少し違うんだ」
腰を折るようなヴィオの言葉に花音は怪訝な顔をする。
「どういうこと?」
「君が望む魔法では無いかもしれない……ってこと」
「え?」
「使い方なら教えられるけど……それでも聞きたい?」
ヴィオの遠回しな言い方に不安が募る。ヴィオがこんなに慎重に聞いてくるなんて、私が使える魔法とは一体何なのだろうか?
……けど、とりあえず聞いてみないことには判断付かないし。
「構わないから教えて。ヴィオ」
心を決めて、カノンは返事をする。というか、花音の中での魔法の魅力は、そんなことで簡単に諦められるほど軽いものではなかった。
いやむしろ、現実世界でもいつか魔法を使えるようになるのではないかと中学三年生になった今でも密かに魔法の使い方的な本を読み続けているほど、花音は随分と重いファンタジー病に罹患しているのである。
「ま、カノンならそう言うと思ったけどね」
ヴィオは肩を竦めながらクスっと笑ってそう言った。ようやくヴィオの柔らかい雰囲気が戻ってきて、花音はすこしほっとした。
「いいよ、教えてあげる」
ヴィオはそう言って、綺麗な紫の瞳で花音の視線を捉えた。
花音は魅入られたようにヴィオの瞳から目を離すことが出来ず、そのままヴィオの紡ぐ言葉に囚われた。
「簡単に言ってしまえば、カノンが使えるのは『バイオリンの演奏でこの世界に影響を与える』魔法なんだよ」
「な……」
花音はすぐに言葉が出ずヴィオの眼を見つめ続けた。
つい半日くらい前に『絶対に辞める』と決意したバイオリン。
それがこんなにすぐに再開を迫られることになるなんて……。花音は少し逡巡した。
……しかし『バイオリンの演奏でこの世界に影響を与える魔法』とは。 あからさまな厨二病くささが大変に花音の好みであることは認めざるを得なかった。
それに、よく考えてみれば、花音はバイオリンが嫌いになった訳では無く、出たくもないコンクールのために無理やりやらされる練習が嫌だっただけなのだ。
……あれ? 迷う必要がある?
「ヴィオ! その魔法教えて!! 今すぐに!!」
花音は、また押し倒す勢いでヴィオに迫ったのだった――。