第33話 魔王
カノン達と別れ、ヴィオは一人で山脈を登り始めた。
別れ際のカノンの空元気のような笑顔を思い出して、ヴィオの心がジクジクと痛む。
カノンを傷つけてしまった……。
いつものヴィオなら耐えられないことだった。しかし……
魔王とはもしかすると……。
ヴィオは自分の想像が外れることを願っていた。もし……魔王の正体が自分の想像通りだとしたら……。
「カノンを巻き込むわけにはいかない……僕が決着をつける」
ヴィオは風の魔法を使って、飛ぶような速さで山脈を登って行った。
カノン達と別れてから数時間が立った。ヴィオはすでに山脈を下りはじめていた。このペースなら夜が明ける前には下山できるだろう。
ヴィオがそんなことを考えていた時だった。
突然、体の中に暖かい優しいメロディが流れ込んできた。
「……カノン?」
ヴィオは立ち止まって、遠くから聞こえる甘美な旋律に耳を澄ます。
(ヴィオ……無事に帰ってきて……)
メロディと共にカノンの深い想いがヴィオの中に注がれる。
「……やっぱり、カノンの演奏は最高だね……待ってて、すぐに帰るよ」
ヴィオはそう呟くと、再び突風のように山を下っていった。
カノンの演奏が終わる頃、ヴィオは周囲にモンスターの気配を感じ始めていた。
「敵陣に近づいて来たかな……」
そう独り言ちながら、右手に剣を呼び出した。
「さあ、行こうか。エクスカリバー!」
ヴィオは走りながら目についたモンスター達を次々と切り伏せる。煌めくようなエクスカリバーの切っ先はモンスター達には光の筋にしか見えなかった。
モンスター達は自分が何に切られたかを認識することなく、次々に倒れていく。しかし、倒れた数以上にモンスターが次々と現れていることにヴィオは気が付いた。
そして次第に増えてくるモンスターの壁に阻まれ、ヴィオの走る速度が緩やかに落ちてくる。
遠くから、ヴィオとモンスターの戦いの様子を眺めていた魔王が呟いた。
「カノンを迎えに行く間に、そいつを捕えておけ。取り逃がすと面倒だ……」
魔王の言葉は言霊となり、滲み込む様にモンスター達に伝播していく。
「ぐぉぉぉぉ……」
モンスター達は呻る様に魔王の言葉に返事をし、命令に従おうとヴィオに攻め入る勢いを増した。
どんどん増えていくモンスター達の呻り声を聞きながら、ヴィオは戦い続けていた。
しばらくはエクスカリバーでモンスターの壁を切り裂きながら進んでいたが、ついに進むこともできないほどモンスターの壁が密集してヴィオを取り囲んでいた。
「キリがないな……」
ヴィオはそう言うとエクスカリバーを逆手に持ち、そのまま地面に突き立てて魔力を大地に注ぎ込んだ。
その瞬間。
半径1キロほどに光りの筋が広がったかと思うと、ヴィオの立つ中心地を残して大爆発が起きた。
地震のように大地が揺れ、一瞬にしてモンスター達は消滅した。
・・・・・・・
魔王がゼピュロスに止めを刺そうとした瞬間、遠くの方でなにかが爆発するような音と、地を揺らす衝撃が伝わってきた。
それと同時に手下のモンスター達が相当数消滅した感覚が魔王の中を駆け巡った。
……このままアイツを逃がすのは、マズい……
魔王はゼピュロスに止めを刺すのを諦めて、急いでヴィオの許へ向かった。
・・・・・・・・・・・
「……あらかた片付いたか?」
肩で息をしながらヴィオは周囲の気配を探る。たくさんいたモンスターの気配はほぼ消滅していた。
しかしほっとする間もなく、ヴィオが来た方角から強い魔力が迫ってくるのを察知する。
「この魔力は……!?」
ヴィオが察知した魔力は、自分の魔力であった。……いや、正確には自分の魔力と寸分たがわぬ同じ魔力……が、今自分の許へ向かってきている。
ヴィオは自分の想像が当たっていたことを確信して眉を顰めた。
――魔王は『俺』か……。
ヴィオがそう結論付けた時、目の前に自分と同じ魔力、同じ姿を持つ青年が、ばさりと黒いマントを翻して目の前に舞い降りた。
「お前が魔王か」
ヴィオが目の前に対峙する相手を睨む。
「便宜上、そう名乗っただけだ。僕はヴィオだよ」
黒いマントのヴィオは口の端を上げて、答えた。
「そっか、そうだよな」
ヴィオは自嘲するように呟く。
「カノンは元の世界には戻さないよ」
黒いマントのヴィオはきっぱりと言い放つ。
こいつは本体が生み出したもう一つのアバターだ……ヴィオは確信する。
「自分がこんなに独占欲が強いなんて思ってもみなかったな……」
カノンを元の世界に返したくないという思いが、行き所を無くして生み出したもう一人のヴィオ。
「じゃ、教えてやるよ。僕の方がカノンへの思いが強いってことをね!」
黒いマントのヴィオはそう言って、ラグナロクを右手に呼び出した。
「へえ、武器も一緒なんだね」
ヴィオも右手にラグナロクを呼び出す。
その刹那、二人のヴィオが激突した――。




