第3話 初モンスター
日が暮れかかり、辺りは薄暗くなっていた。
しかし、花音とヴィオはまだ草原を歩いていた。
ヴィオがストリング王国について話すのを黙って聞いていた花音がふと質問した。
「……ヴィオ。ところでこの草原……どこまで続くの?」
「えーと。あと半日くらい歩けば、ストリング王国の首都『エフホール』だよ。けど、そろそろ暗くなってきたから、今日はここで野営しようか」
「あと半日!? え? 野営……って。嘘!! ここで!?」
ヴィオの言葉に花音は絶句する。ヴィオが足を止めた場所は本当にただの草原だった。
見たところ、テントなんて洒落たものをヴィオが持っている様子もないし。地べたで寝るってコト?
「うん、そうだよ。冒険っぽくてドキドキするでしょ?」
「……まぁ、冒険っぽいってのには異論はないけど……」
そこまで話して、花音はどっと疲れが出てきた。
「はぁぁぁ……」
花音はため息をつくと、一気に脱力しその場に座り込んだ……
「あ……カノン! ちょっと待……」
ヴィオが慌てて何かを言いかけたと思った瞬間。
ぐちょ……と嫌な感触がして、カノンのお尻の下に冷たい水のようなものが広がった。
「きゃああ!! 何!?」
カノンが慌てて立ち上がると、そこには得体のしれないゼリー状のものが地面に広がっていた。
「な……なに? これ?」
カノンは正体不明のゼリー状の物質を青ざめながら見つめる。すぐに立ち上がったものの、すでにスカートから下着まで濡れてしまっていた。
……着替えも持ってないのに……と、花音は更に青ざめる。
「そこにスライムが居たんだよ。ここの草原はあんまりモンスターは居ないはずなんだけど、暗くなったから出てきたんだね」
「は? スライム……? モンスター……?」
「うん。カノンも知ってるでしょ?」
「知ってる……? あぁ、うん。知ってる……か。そういえば」
うん。知識としては知っている。スライム。
けど、お尻で潰しちゃったのは初めてだ……。
カノンが色々とショックを受けて呆然としている中、ヴィオがまたファンタジックなことを言い始めた。
「スライムが居るんなら、念のため結界を張ろうか。カノンこっちにおいで」
は? 結界?
ヴィオに手を引かれて、カノンは言われるままにヴィオの隣に立つ。動くとスライムで濡れたお尻が気持ち悪い。
カノンをそばに立たせた後、ヴィオが何かを呟くと、半径3mくらいの光の円が足元から浮かび上がり、フッと地面から空に向かって光を発した。
その瞬間。ふわっと暖かい空気に包まれた気がして、カノンは目を見開いた。
「これで、今の円の中にはモンスターは入ってこられないから、安心していいよ」
ヴィオが優しくカノンに笑いかける。
気付けばさっきのスライムで濡れていたお尻も乾いていた……というか、スライムのベタベタ自体が何も無かったかのように消えていた。
「あれ?」
カノンはスライムの残滓が無いか、何度も制服のスカートを触ってみる。
「さっきのスライムの残りも結界で消滅したから大丈夫だよ。汚れも残ってないから」
ヴィオが揶揄うようにそう言うと、優しくカノンの手を取って、いつの間にか置いてあったクッションのようなものに座らせた。
「疲れたでしょ? さ、ここに座ってて」
「え?」
そしてその後も、ヴィオは次々と不思議な力を使って野営の準備を整えていった。
特別な道具もなしにいきなり空間から火を発生させて、どこから出したかわからない薪を使って結界の円の中央に焚火を作った。
水の入った鍋もいつの間にか火にかけられていた。
カノンは手伝うことも出来ずに、ヴィオが用意してくれた暖かいハーブティーのようなものを啜りながら、ヴィオの不思議な力に見入っていた。
しばらくすると、
「あー、しまった。やっぱり肉は持ってなかった……」
ヴィオはそう呟いて、カノンの方を向いて続けて言った。
「ちょっとお肉とってくるから、カノンはここで待ってて。大丈夫だと思うけど、結界からは出ないでね」
疲れている中で色々ありすぎて、相変わらず呆然としているカノンだったが、ヴィオの言葉に辛うじて頷きを返した。
「ん。じゃあ、行ってくるね」
そう言ってヴィオは、結界を出ると暗闇に溶け込んでいった。
今の『お肉とってくる』の『とる』は『取る』なのか、『獲る』なのか、『盗る』なのか……。
疲れ切ったカノンは暗闇に消えていくヴィオの背中を見つめながら、割とどうでもいいことに頭を悩ませていた――。