第22話 仔龍
「……で、どうするんですか? コレ」
冷ややかなアルプの声が、ヴィオに突き刺さる。
「どうするって言ってもな……」
ヴィオは花音にくっついて離れない大きなドラゴンを横目で見て、溜息を付く。
『ママ~おなかすいた~』
「おなかすいたの? えーと、どうしよう……。 ヴィオ! ドラゴンって何を食べるの?」
花音は甘えてくるドラゴンの子供を放っておくわけにもいかず、かいがいしく面倒をみているが、全てにおいてどう対応したらよいかわからず毎回ヴィオに助言を仰ぐ。
「……ドラゴンは精霊の力があれば食べ物はいらないはずだけど?」
素っ気なくヴィオは答える。
『ママの魔法が食べたい! ママの魔法おいしかった!』
「はぁ??? コイツ、ここぞとばかりにカノンに甘えやがって!!!」
ヴィオがイライラしながら吐き捨てるように文句を言った。
「ヴィオ!! 子供の前でそんなこと言っちゃダメ!」
花音はヴィオを叱りながら、ドラゴンを撫でる。
「バイオリンを弾いてみればいいかな?」
花音はすぅっとバイオリンを呼び出した。
「ちょっと魔法を使ってみるから、大人しくしててね?」
花音はドラゴンにそう言い聞かせると、ドラゴンは嬉しそうに『ハーイ』と答えた。
「ちっ」
その様子を見てヴィオは大人げなく舌打ちした。
何を弾こうかな……と花音は少し考えこんだが、すぐに弾きたい曲が決まった。
さっきヴィヴァルディの冬の第一楽章を弾いたから、次は第二楽章ラルゴを弾こう。
花音は滑らかに弓を滑らせ、優しいメロディを奏で始める。
第一楽章とは打って変わって、暖かみのあるメロディ。寒い冬の日に暖かい暖炉を囲んで過ごす優しいひと時を描いた曲。
花音のメロディに併せて、精霊達がピッチカートのような音を奏でる。
花音の演奏はいつも通り精霊を活性化させているのに、今回は周辺に大きな変化は現れない。
「ドラゴンが花音の魔力を吸い取っている……」
アルプは目の前で繰り広げられている光景を信じられないような気持ちで眺める。
『ママの魔法はおいしいね』
ドラゴンが甘えるようにそう言うのを聞いて、ヴィオは不機嫌そうな顔をした。
……けど、なんて優しいメロディだろう。
花音の演奏を聞きながらヴィオは考える。
……悔しいけど、僕では引き出してあげられなかった音色だ。
ヴィオが複雑な思いを抱える中で、花音の演奏は静かに終わりを迎えた。
すうっと花音のバイオリンが消えると、またすぐにドラゴンが花音に話し掛けた。
『おなかいっぱい…眠くなってきた…抱っこして~」
「……え? 抱っこ……は無理じゃないかな……」
ドラゴンの大きさを再度確認して花音は苦笑いを浮かべる。
「おいおい。そんなデカい図体してふざけたこと……」
ヴィオも思わず口を挟む。
……が、その瞬間ドラゴンの体がポゥっと光りだしたかと思うと、どんどん体が縮んでいった。
「……うそ」
花音は自分の目が信じられなかった。
一瞬にして目の前にいたドラゴンは消え去り、その代わりに紫の髪を持つ幼稚園児ぐらいの男の子が地面にちょっこり座っていたのだ。
男の子には小さな角と小さな翼、小さなしっぽが生えている。それはさっきまで目の前にいたドラゴンと同じ形だった。
「ママぁ……」
甘えた声で男の子はヨチヨチと花音の傍に歩いてきて、精いっぱい両手を伸ばした。
思わず花音は男の子を抱きあげて、ぎゅうっと抱き締める。
「カワイイ……」
ヴィオとアルプは呆気に取られて、その光景を眺める。
「……こいつ、あっさり人化しやがった……」
ドラゴンの中でも人化できる者は限られる。
長く生き、更に魔法に長けたドラゴンのみがようやく人化の魔法を得るというのに……。
あんなにあっさりと……生まれたばかりのドラゴンが!!
……しかも!!! それ以上に許せないことがある!!
なんなんだ!? あのあざとい人化の仕方は!!!
ヴィオの心には極寒の嫉妬の吹雪が吹き荒れていた。
「マスター……。感情が駄々洩れですよ?」
アルプが冷たい声音で憤怒の表情のヴィオに伝えた。
「……うっさい!!」
~曲~
《四季》バイオリン協奏曲第4番ヘ短調 RV 297「冬」 第2楽章
作曲者:アントニオ・ヴィヴァルディ




