第20話 炎と氷
「ねえ、さっきのどういう意味? 私がドラゴンを探すの?」
ヴィオと一緒にドラゴンが居る山に向かって歩きながら、花音が尋ねる。
「いや、花音にはドラゴンの炎を抑えてもらおうと思って」
「ドラゴンの炎を抑える?? どうやって?」
「カノンなら簡単にできるよ。火の精霊の勢力を抑えるために、氷の精霊を活性化させる曲を弾いて欲しいんだ」
「氷の精霊を活性化させる曲……」
花音はこれまで練習してきた曲の中で氷を連想させる色々な曲を思い浮かべる。
「カノンが魔法の炎を抑えてくれている間に、僕がドラゴンを探して交渉するよ」
「……大丈夫なの?」
花音は少し心配になって尋ねる。いくらヴィオでもドラゴンとの交渉なんてできるのだろうか? もし交渉が決裂したらどうなるのだろうか。
「あれ? カノン、もしかして心配してくれてる?」
ヴィオが目を輝かす。
「……人の事、冷血人間みたいに言わないでよ。私だって心配するときくらいあるってば……って、ちょっ!!」
ぶっきらぼうにそう言う花音にヴィオがガバッと抱きつく。
「カノーン!! 大好き!!」
「マスター。ぼやぼやしていると夜になりますよ」
二人に追いついたアルプが冷ややかに口を挟む。
「おっと。そうだ! 明るい内に山に入らないと、ドラゴンを見つけるのも難しくなるからな」
「そういうことです」
アルプが冷静に返答する。
「アルプはカノンの警護を頼む。この炎で周辺のモンスターも消滅していると思うけど、万が一も考えられるからな」
「承知いたしました。マスター」
ヴィオの指示にアルプは大人しく従う。
「よし! じゃあ、カノン。弾く曲は決まった?」
「えーっと。ヴィヴァルディの冬……第1楽章が氷のイメージしやすいかも……」
花音は自分の選択が合っているかドキドキしながら、そう言った。
「うん、その曲なら変な召喚も無いだろうし、威力も十分だね……。それじゃあ、頼んだよ。カノン」
ヴィオの答えにホッとしつつ花音は真剣な顔で頷いて、いつも通りバイオリンを呼び出した。
花音はいつも通りの手に吸い付くような馴染んだ感触を確かめて、バイオリンを肩に置き顎で押さえて、弓をそっと弦の上に置く。
「ふぅっ……」
大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
頭が冷えるような感覚になってきたところで、静かに、小刻みに弓を動かし始める。
反復する音を、はじめは小さく、次第に大きく弾いていく。カノンの演奏に合わせて、精霊達の歌も反復しながら積み重なり、冷気が花音の周りに漂い始める――。
そして第一ソロのパートを花音がフォルテで一気に弾き始めた瞬間、冬の厳しい寒さを運ぶ冷たい強風が山に向かって吹き荒れた。
山に燃え盛っていた炎が、氷混じりの冷風の進路に併せて勢いを弱めていく。
「よし……氷の精霊が活性化し始めた。……じゃあ、カノンを頼んだぞ。アルプ!」
「お任せください。いってらっしゃいませ、マスター」
アルプが丁寧に頭を下げる。
ヴィオは花音の魔力の風がこじ開けた炎のトンネルへ走りこんでいった。
花音は第二ソロの演奏に入っている。激しい曲調と共に、更に強力な冷気が極寒の風になり、山に燃え盛る炎の勢いを弱める。
「……凄いな。あれだけの火の精霊の騒乱を抑え込むほど、氷の精霊を活性化させるなんて……」
アルプは傍らで演奏に集中する花音を見つめながら呟いた――。
~曲~
《四季》バイオリン協奏曲第4番ヘ短調 RV 297「冬」 第1楽章
作曲者:アントニオ・ヴィヴァルディ




