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第18話 光と闇


「アルプ。どうだい? カノンの演奏が聞こえる?」


ヴィオは集中して演奏する花音を見つめながら、傍らに立つ夢魔の少女に質問する。


「いいえ。まったく聞こえません。この辺りの精霊たちにも聞こえていないようですね」


アルプは満月の様な金色の瞳を瞬かせて答えた。


「うん。じゃあ、もう一つ確認してみるか。 ……アルプ、その結界の中に入ってみて」


「は? ……何を確認されるのですか?」


ヴィオの唐突な命令に、アルプはマスターの顔を怪訝そうに見る。


「いいから。結界に入るんだ、アルプ」


にっこりと笑って再度命令するヴィオにアルプは戦慄する。しかし、マスター命令には逆らえない……。


「……承知いたしました、マスター」


しぶしぶそう言って、アルプは結界に足を踏み入れる。結界はすんなりとアルプをその内側に迎え入れた。


「くっ……」


全身が結界に入った瞬間、アルプは甘美なバイオリンのメロディーと共に、ゾワッっと全身が総毛立つような感覚に包まれ、思わず声を漏らした。


演奏に集中している花音は、アルプが結界に入ってきたことに気付いていないようだ。


外の静寂とは対照的に、結界の中にいる精霊達は非常に活性化していた。アルプが結界内のメロディーにそぐわない精霊達の狂乱にたじろぐ。


闇の精霊と光の精霊、魔の力と聖なる力、陰と陽、快楽と苦悶、相反するモノたちが狭い結界内に充満して反発しあい、今にも爆発しそうな熱量を溜めこんでいるように思えた。


「なんだ……これは」


精霊達の狂乱の影響が、アルプの内側にも作用し始める。


闇の属性を持つアルプの精神の中に、光の属性が強引にねじ込まれてくるような感覚を受けて、アルプは狼狽する。


アルプの中にこれまで感じたことの無い感情が沸き上がってくる。暖かくて、優しくて、柔らかいよく分からない気持ち。


カノンの演奏する曲を聞いているうちに、アルプの金の瞳からすぅっと涙が零れる。自分でも分からない理由で――。


カノンの操る弓がゆっくりと滑らかに弦の上を滑り、静かに動きを止めた。


結界の中は一瞬にして静寂に包まれる。


バイオリンと弓がふわっと光って、光の粒子のように消えていった。


パチパチパチ……と、ヴィオが拍手をしながら結界内に入ってきた。


「素晴らしい演奏だったよ、カノン!」


花音はまだ少し放心したような表情のまま、ヴィオを見た。


「……うん。なんか、すごく入り込んで弾けた気がする……って、アルプ!? どうしたの!?」


ヴィオの傍らで、呆然として泣いているツインテールの少女を見て、花音は慌てて声を掛けた。


「アルプはカノンの演奏に感動しちゃったんだよ」


ヴィオが事も無げに花音に伝える。


「「え!?」」


花音とアルプが同時に叫ぶ。


「か……感動? アタシが? カノンの演奏で……!?」


「うそ。アルプ、ホント!? ……って、あれ?」


花音はアルプが何となくいつもと違う感じなことに気が付いた。


「アルプ……角が無いよ?」


きょとんとした顔で花音が尋ねる。


アルプの紫黒色の髪の間に生えていた螺旋状の角が、無くなっていた。さっき夕飯を食べていた時にはいつも通り生えていたのに……。


「え゛!?」


アルプが慌てて両手で頭を触る。


「……マ、マスター。これは……どういうことですか……?」


震える声でアルプはヴィオに詰め寄った。


「うん。実験成功かな? アルプはカノンの魔法でエルフになったんだよ!」


ヴィオが能天気にそう言った。


「「はぁぁぁぁぁぁ???」」


また花音とアルプが同時に叫んだ。


「だってさー。アルプを夢魔のままにしておくと、カノンの純潔が奪われちゃうんじゃないかと思ってさー」


ヴィオの脳裏に、カノンがアルプに誘惑されるイメージが展開される。


~~~~~


『カノン……。マスターが居ない間にアタシがイイコト教えてあげる♡』


『……アルプ? あ、ダメ……』


~~~~~


「そんなこと絶対許せないよね!!」


自分の妄想で憤りながらそう言うヴィオに、花音とアルプは脱力する。


「で……私の魔法を利用して、アルプをエルフにしたの? どうやって?」


花音はじろりとヴィオを睨んで問いただす。


「それは……元々、夢魔とエルフは『アルヴ』と言う精霊を共通の祖としている近い種族なんだよ。進化の途中で属性と形質を変えて枝分かれしていったんだ。だから、カノンの魔法でアルプの属性と形質を変えればエルフになるかなーと思って。……けど、完全に変わったわけでもないね。光属性は入ったけど、闇属性もまだ残っているみたいだから、ダークエルフみたいな感じになっちゃったのかな?」


ヴィオは興味深そうにアルプを観察しながら、淀みなくスラスラと話す。


「せ、精霊アルヴ…夢魔…エルフ…闇属性…光属性…ダークエルフ…」


花音はヴィオの繰り出したファンタジー単語を呟き、目をキラキラさせる。


「……マスター。アタシで実験したんですか!?」


そしてアルプがプルプルしながら、ヴィオを睨む。


「だってー。消されるよりはいいだろう? ……それに、もう人間の情欲を食べる必要も無いぞ?」


「え?」


唐突に告げられた主人の言葉は、長年アルプの心に巣くっていた憂鬱を一瞬で解放した。


「本当……ですか?」


震える声でアルプはヴィオを見つめる。


「本当だ。カノンに感謝しろよ」


ヴィオはフイっとアルプから目を逸らし、花音へ視線を向けた。アルプもつられて花音に目を向ける。


その瞬間、アルプは理解した。


ヴィオが、カノンにバイオリンを気兼ねなく弾かせるためという目的だけでなく、アルプを救うためにもカノンの魔法の性質を巧みに利用したのだということを。


カノンに弾かせた曲も、発生する魔法に望む効果を発揮させるための選曲だったことを。


深い知識と、鋭い洞察、そして……優しさ。


一連の行動から見えてきたヴィオの本質に気付いたアルプは、初めて自分の胸が高鳴るのを感じていた――。














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