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第17話 瞑想曲


その日から国境の村に着くまでの数日間、毎晩の食事はこれまでのヴィオの魔法で作った食事ではなく、アルプに習いながら作る花音の料理に差し変わった。


今日はアルミラージの煮込み料理だ。火をつけるところだけはヴィオの力を借りたけど、あとは全部アルプと一緒に花音が作ってみたのだった。


「うん、美味しい!」


味見をしながら、花音は目をキラキラさせた。自分にこんなに美味しい料理が作れるなんて。


アルプは花音とヴィオの想像以上に料理上手&教え上手だった。


お陰で花音の腕もメキメキ上がり、ヴィオの作る料理程の美味しさではなかったが、旅をしながらの食材入手レベルで普通に食べられる食事を作ることが出来ていた。


「あったりまえじゃん。男でも女でも誘惑するのに料理は効率的なスキルだもん」


と、玉の輿婚を狙うOLもしくは専業主夫狙いのフリーターみたいなことを言うかわいらしいツインテール少女姿の夢魔に花音は苦笑しつつ、感謝する。


「ありがとう、アルプ。だいぶ自信がついてきたよ」


「ふ、ふん! 感謝しなさい、カノン!」


ちょっと照れたように腕を組んで得意げにそう言うアルプを見て、花音はハッとする。


……もしかしてアルプはツンデレ……? ……ツンデレなの??


ヤバい。確かにこんなんされたらキュン死しちゃうかも……。これが伝説のツンデレツインテール、略してTT……


男の姿のアルプは怖いけど、この姿のアルプならカワイイもの好きの花音としては大歓迎だった。


「アルプ……カワイイ!!」


花音は耐えきれなくなって、アルプをぎゅうっと抱き締めた。


「ちょっ!? カノン! 苦しってば!!」


アルプが花音の抱擁から逃れようとジタバタする。


「……アルプ……お前。カノンのコト、誘惑したら消すって言ったよな……百合展開なんて絶対許さないぞ……」


それまでほっこりと二人のやり取りを見ていたヴィオが、一瞬で蒼白な顔色に変わり、フラリと立ち上がる。


「は!? ちょ、マスター何言ってるんですか!? 誘惑の魔法なんてアタシ全然使ってないんですけど!!!」


「問答無用!!!!」


「ちょっと、ヴィオ!! アルプをイジメたら許さないんだから!」


「カ、カノン! だって! アルプばっかりカノンを独り占めしてズルい!」


「……はぁ?」


涙目で訴えるヴィオを、花音は呆れたように一瞥した。


「僕だって、カノンが気兼ねせずにバイオリンを弾けるようにするにはどうしたらいいかって、一生懸命考えたのに~!」


ヴィオが、アルプから花音をグイッと引き剥がしながら叫んだ。


「ちょっ……、引っ張らないでって。 ……え? 気兼ねせずにって…?」


花音は思わず自分を抱き締めるヴィオの紫の瞳を見つめる。


「カノン……」


間近な距離で目が合った瞬間、ヴィオが急に真剣な顔になってカノンの顎を持ち上げた。


……あれ? この流れって……!?


その瞬間、花音は思いっきりヴィオの胸を両手で突き飛ばしていた。


「痛いよー、カノン。突き飛ばすなんて酷いヨ。僕達、遂に結ばれたかと思ったのに……」


あ、危なかった……もう少しでファーストキスを奪われるところだった……。


花音はドキドキする心臓を落ち着かせながら、ヴィオを睨んだ。


「そ、そんな訳ないでしょ!! それより、気兼ねせずにバイオリンを弾ける方法って?」


むくれていたかと思ったヴィオがクスッと笑って言った。


「あんなにバイオリンを弾くのを嫌がってたカノンが、自分から聞いてくるなんてね」


「……む。なによ、悪い?」


「ううん、全然。……ただ、嬉しいなって思って」


ヴィオが慈しむような眼で花音を見る。


……また、そんな表情で私を見る……。


ヴィオが時折見せる優しい笑顔が、花音の心をかき乱す。――本当にどうしてヴィオは、こんなにも私に優しくしてくれるんだろう……。



「あのー、お料理冷めちゃいますけど」


アルプが付き合ってらんないとでも言うように、カノンとヴィオのやり取りに水を差した。


「あ、そうだった……」


「とりあえず、ごはんにしようか」


花音たちはアルミラージの煮込み料理に手を付け始めた。



・・・


・・・



「で、どうすればいいの?」


アルミラージの煮込みもほぼ無くなり、アルプがホットティーを入れてくれたところで、再度花音はヴィオに質問した。


この世界に来て、花音はバイオリンを弾く楽しみを思い出した。


しかし、この世界では異弦の聖女たる花音がバイオリンを演奏すると、もれなくなんだかすごい現象を起こしてしまうので、気軽に弾くことが出来ない。


このジレンマを解決する方法をヴィオは考えたと言う。


「うん。防音室を作ればいいんだ、と思って」


「防音室!?」


「そう。カノンの魔力の源であるバイオリンの音が漏れないようにする結界を張るんだよ」


「はぁ……結界? 今張っているのとは違うの?」


「今張っている結界は外からの魔力の侵入を防ぐものだけど、まあ、言ってしまえばそれの応用版かな」


「ふーん」


「ちょっとやってみようか」


ヴィオはそう言って、ホットティーの入ったカップを置くと立ち上がった。


「この辺りでいいかな?」


ヴィオは花音たちから少し離れたところに立って、何かを呟いた。


すると半径1mくらいの光の円が足元から浮かび上がり、フッと地面から空に向かって光を発した。


すこし円のサイズが小さかったが、見た感じはいつも張っている結界と変わらないように花音には思えた……。


「カノン。この円の中でバイオリンを弾いてみて」


「……うん」


半信半疑で花音はぼんやり光っている光の円の中に入る。


いつも通り、バイオリンのイメージを頭の中に浮かべると、いつも通り、ヴィオと名付けたバイオリンが現れた。


「曲は何にしようか?」


花音が聞くと、ヴィオは少し考えて答えた。


「……タイスの瞑想曲」


「うん。分かった」


花音はコクリと頷いて、バイオリンを構えた。


すぅっと息を吸って気持ちを落ち着けると、弓をゆっくりと根元から弦の上で滑らせる。


これも花音の好きな曲だった。


オペラ『タイス』の中で、絶世の美女で高級娼婦であるタイスが、享楽的な生活を離れ、信仰の道へ入る決心をするまでの間に流れる重要な曲だ。


甘美で切ないメロディーが大好きで、小さいときは意味も分からず繰り返し弾いていた。

……まあ、今だってこの時のタイスの気持ちが完璧に分かっている訳ではないが。


けれどこんなに美しい曲なのに切ない気持ちになるのは、なぜか今の花音はなんとなく分かる様な気がした。












~曲~

タイスの瞑想曲

作曲者:ジュール・マスネ


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