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第16話 クッキング

「ん……」


次の日の朝、穏やかな太陽の光に照らされて花音は目を覚ました。


低血圧の花音は目を覚ましたものの、しばらくぼーっと毛布に包まったまま、自分がどこにいるのかを思い出そうとしていた。


「おはよう、カノン。よく眠れた?」


爽やかなヴィオの声が、花音の意識を覚醒させた。


……そう言えば昨日、アルプが無事だったのに安心して、泣き疲れてそのまま寝ちゃったんだっけ……


ようやく寝る前の記憶が蘇ってきた。


カノンはゆっくりと起き上がると、ヴィオに訊ねた。


「おはよう……アルプは?」


「昨日の湖の近くにベリーがなっていたから、摘みに行かせてるよ」


ヴィオがカップにハーブティーを注ぎながら答えた。


「アルプの怪我は大丈夫なの?」


「夜の女王の魔力を注ぎ込んだからね。絶好調だと思うよ……はい」


ヴィオは話しながら、ハーブティーを注いだカップを花音に渡す。


「……ありがとう」


花音はしばらく無言でヴィオの入れてくれた香りの良いハーブティーを飲む。


リラックスしたせいか、花音は昨日の出来事を色々と思い出す。


夜の女王って一体何だったんだろう……私が呼び出したみたいなことをアルプは言っていたけど……あれも私のバイオリンの魔法の一種ってコト?……夜想曲ノクターンを弾いたから夜の女王が来ちゃったのかしら……


あれ? そもそもなんで夜想曲ノクターンを弾きたくなったんだっけ……ああ、そうだ。湖に映る月がとっても綺麗だったからか……


そこまで思い出したときに、不意にヴィオの真面目な表情とセリフがフラッシュバックした。


――僕はカノンのことが大好きなんだ


ボッ……と花音の顔が赤くなる。


あ、あれはヴィオが私の事からかっただけだから、動揺したらアイツの思う壺だ……!


花音はヴィオの表情を記憶から振り払うように首を振った。


「どうしたの?」


ヴィオは花音がおかしな動きをしているのを見て心配そうに聞いた。


「な、なんでもない……」


「そう? ……あ、もしかしてまたバイオリン弾きたくなってきた?」


「え?」


ヴィオの言葉に花音は一瞬キョトンとする。


「だって、昨日は自分からバイオリンを弾いたんでしょ?」


「……うん」


確かに、この世界に来る直前に花音が『バイオリンを辞める』と決めた気持ちは、今やほとんど消えかけていた。


「弾きたい……かも。……けど、また昨日みたいなことが起こったら……」


花音は昨日の夜の女王を思い出し、ブルっと震える。もしヴィオが来てくれなかったら、一体どうなっていたのだろう…


「うん。昨日のカノンの夜想曲ノクターンは素晴らしかったよね……。夜の女王が呼び出されてしまうくらい、闇の精霊たちが活性化してたもんなぁ……」


ヴィオがウットリと呟く。


「やっぱり、夜の女王は私が呼び出したの?」


花音はヴィオに確認する。


「もちろん、そうに決まってるじゃん。夜の女王を召喚できる凄い魔法なんて、カノンしか使えないよ! カノンはホント凄いよ!」


「けど……そのせいでアルプが怪我しちゃったし……」


花音がまた辛そうに俯く。


ヴィオはそんな花音を見て少し顔を曇らせつつ、けれども優しく話しかけた。


「昨日は少し僕も油断しちゃったんだ。そのせいで二人を危険な目に併せてしまった……怖い思いをさせてごめんね、カノン」


「え? ……いや、ヴィオが謝ることじゃないと思うけど……むしろ助けてくれたし」


しかし、ヴィオは首を振って答えた。


「ううん。僕が近くに居れば、夜の女王が出てくる前に抑えることもできた。カノンと離れてしまったのは僕のミスだよ」


「そんな……!!」


否定しようとした瞬間、そっとヴィオの人差し指で唇を抑えられ、花音の言葉が途切れた。


「これからはもうカノンから離れない。カノンを危険な目になんか二度と合わせない……だから、安心してバイオリンを弾いていいよ」


ヴィオはそう言って、花音の唇から指を離した。


そのまま、花音は何も言えず、真っ赤な顔でこくんと頷いた。




「……ただいま戻りました」


いつの間にか、アルプがぶすっとした顔で二人の近くに立っていた。


「ア、アルプ!? おかえりなさい!!」


花音は慌てて、ズザッとヴィオから距離を取った。


「アタシが居ない間に、マスターとイチャイチャするのやめてくれない?」


少女の姿をしたアルプは花音をジロリと睨みながら、ベリーのたくさん入った駕籠をドサッと地面に置いた。


「し、してないってば! バカなこと言わないで!!」


花音が真っ赤な顔で言う。


「ガーン。アルプ、お前!! 余計なことを言うな!!」


ヴィオに叱られて、アルプが肩を竦める。


「畏まりました。マスター」


「はぁ……さ、朝食にしようか」


ヴィオが気を取り直すように花音にそう言って、アルプの持ってきたベリーの駕籠を持ち上げた。


「う、うん」


花音は今だ冷めない顔の火照りを気にしながらも、素直に頷いた。


ヴィオは手慣れたように、焚き火の火でパンを炙り、きつね色の焦げ目のついたトーストを3つ作った。それに先ほどのベリーをジャムにしたものをたっぷり塗って、花音とアルプに渡した。


「アルプも人間の食事もできるだろ? せっかくだから一緒に食べろ」


「はい! マスター」


案外部下思いのヴィオの言葉に、アルプは目を輝かせる。


いつの間にベリーがジャムになったんだろう……。渡されたトーストを眺めながら、花音は相変わらず不思議なヴィオの調理法に興味を掻き立てられる。


「ねぇ、私も料理のできる魔法って使えるのかな?」


「うーん……」


ヴィオがトーストを齧りながら、花音の質問の答えを考える。


「カノンの魔法は、バイオリンの曲を演奏することで増幅されたカノンのイメージに、精霊が影響されて引き起こす事象だから……カノンが料理を強くイメージできる曲を弾けば、できる可能性は高いかもしれない」


ふーん、なるほど。


「料理をイメージできる曲か……」


しかし、考えてはみたものの、そんな曲まったく思い出せなかった。ああ1個だけ、キュ〇ピー三分間クッキングの曲『おもちゃの兵隊の観兵式』だけふっと頭を掠めた。


……うん、イメージ出来る気がしない。


「思い浮かばない……」


「そもそもなんで魔法に頼ろうとするわけ? 料理したいなら自分で料理すればいいじゃん」


それまで黙ってパクパクとトーストを食べていたアルプが至極真っ当な意見をズバッと言う。


「!?」


全くもってその通り。そう言われると、花音はぐぅの音も出ない。


「カノンってさ、もしかして料理できないの?」


更にアルプが追い打ちをかけ、グサッと花音の気にしていることを指摘する。


「……できないけど……私も手伝いが出来たらな……って思っただけだもん」


真っ先に魔法に頼ろうとしてしまった自分の情けなさに若干ヘコみながら、花音は答える。


指を怪我するといけないからと言って、母親は花音に料理の手伝いを全くさせなかった。花音も花音で料理なんてめんどくさいと思っていたし、料理をしてみようと考えたこともなかった。


しかし、この世界に来てみて、改めて自分が何にもできないことを認識して、基本的に真面目な性格の花音は大変ショックを受けていたのだった。


「ああ! 鬱陶しいなぁ!! いちいち落ち込まないでよ!」


アルプはそう言って、最後のトーストをパクっと口に放り込むと、立ち上がった。


「こら! アルプ!」


花音に辛く当たるケルプをヴィオは叱る。


「マスターはカノンを甘やかし過ぎなんです!」


アルプはヴィオにそう言い放つと、花音へ向き直った。


「仕方ないから、アタシが料理を教えてあげる!」


「「ええ!?」」


花音とヴィオは予想もしていなかったアルプの提案に二人同時に驚きの声を上げたのだった――。

















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