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第15話 夜の女王

「……なんだ、これは?」


アルプは夢魔である自分すら飲み込まれそうな、深く(くら)い夜の気配に慄然(りつぜん)とする。


闇の属性を持つ精霊達がすべてカノンに従属したかのような感覚。そしてアルプの魔力すらも花音の魔力の糧とされている感覚。


「これが、異弦の聖女の力……」


巨大な夜の闇の力が一つの意思を持つかのように花音の周りに集まり始めた。更に美しい旋律がより大きく冥い夜を呼び寄せていることにアルプが気付く。


「おい、これ……マズいだろ……カノンッ!!!!!」


アルプは奪われそうな自我をなんとか取り戻して、花音の許へ降り立つ。


花音が突然アルプに名前を呼ばれ、驚いてバイオリンを弾く手を止めた。


しかしその瞬間、大きな轟音とともにアルプの作っていた結界が大きな力によって破られ、地面が大きく揺れた。


「きゃあああ!!!」


「くそ!! 来やがった!!!!」


花音の悲鳴とアルプの声が響く。静寂の夜が一瞬にして、喧騒に包まれた。



『……わらわを呼ぶのは誰じゃ?』



喧騒の中で、ゾクッとするほど美しい声が辺りに響いた。


「!?」


姿なき美しい声に花音は怯えたように、アルプを見る。


「まさか……。夜の女王を召喚するなんて魔法、聞いたことないぞ……」


アルプが震える声で呟く。


「……夜の女王?」


花音の声と同時に空が闇に包まれ、三日月の光が遮られた。


辺りが漆黒に閉ざされる、と同時に闇の精霊たちがアリアを歌いはじめた。



たじろぐ花音の目の前にひときわ深い闇が立ち昇り、次第に人の形を成していく。



闇から滲み出るように現れたのは、漆黒のドレスを纏った冷たいほどの美しさを持つ女性であった。



『お前か? 愚か者めが……』



そう呟き、残虐な笑みを口元に浮かべる。


夜の女王はそのまま花音に向けて手を伸ばした……その瞬間、


「避けろ! バカッ!!」


アルプが一瞬の判断で、女王の手の軌道上から花音の体を抱えて跳んだ。


その直後、音もなく夜の女王の手の先の空間が削り取られ、逃げ遅れたアルプの左足が巻き込まれた。


「ぐっ!!」


焼けるような痛みにアルプが顔を歪める。


「アルプ!?」


花音は何が起きたかもわからずに、けれどもアルプの表情を見て動揺する。


『ほう。夜の眷属がわらわに歯向かうか……』


すぅっと目を細めて、夜の女王はその美しい顔から笑みを消した。


その途端、周りの闇が花音とアルプを飲み込み始めた。


「い……嫌!? 何これ!?」


「くそ……」



永久(とこしえ)の闇の中で眠るがよい……』



二人を飲み込む闇を見ながら、夜の女王は再び唇を緩ませた。




――その時、突然闇が切り裂かれた。


「カノン!!!」


月光と共に飛び込んできたのは、煌めく剣を持ったヴィオだった。


「ヴィオ!!!」


花音が呼び掛けると、ヴィオは安堵したように笑った。


「良かった、間に合って。大丈夫? 今、出してあげるから」


「私は大丈夫だけど、アルプが!」


花音は半泣きでヴィオに伝える。


「うん。分かってる」


そう言って、ヴィオが剣を軽く振ると、花音たちを飲み込もうとしていた闇が切り払われた。


そのままヴィオは夜の女王へ向き合う。ヴィオの瞳には怒りが宿っていた。



『無礼者が……』



夜の女王がそう言って魔力を高めるのと同時に、ヴィオは剣を持つ手に力を籠める。



『死で償うがよい』



女王の周囲から闇がぐにゃりと溢れ出て、一気にヴィオに襲い掛かる。


ヴィオは無言で女王に向けて横薙ぎに剣を振るった。


煌めく剣閃が一瞬で闇を切り裂き、そのまま夜の女王の体を切り裂いた。



『な……』



夜の女王は目を見開くと、そのまま霧の様に姿を消した。


夜の女王が姿を消すと同時に空の闇も消え、三日月が何事も無かったかのように淡い光で地上を照らしだした。


「アルプ!! しっかりして!!」


左足を失い、苦しそうに目を閉じたアルプを腕に抱きながら、花音が必死で呼び掛ける。


「カノン!!」


ヴィオが駆け寄ると、花音がぐしょぐしょに泣き腫らした顔でヴィオを見上げる。


「ヴィオ!! 私のせいでアルプが!! 私のこと庇って……」


「カノン。大丈夫、落ち着いて」


ヴィオが冷静な声で花音を(なだ)める。


そして花音の傍らに膝をつき、アルプに話し掛けた。


「アルプ、カノンを守った褒美だ。お前に夜の女王の魔力を与える」


ヴィオはそう言って、持っていた剣の切っ先をアルプの心臓の辺りに向けた。


次の瞬間、剣の刀身から滲み出てきた黒い靄が剣の先端に集まり、アルプの体内に吸い込まれていくように消えていった。


最後の靄がアルプの体に浸み込むと、アルプの体が変化し始めた。若い男の姿から次第に女の姿に変わり、更に女の姿から少女の姿に変化していった。いつの間にか失ったはずの足も再生していた。



――変化が止まると、アルプが静かに目を開いた。


「アルプ、気分はどうだ?」


ヴィオが声を掛けると、アルプはいつもの調子で答えた。


「お陰様で大変良い気分です。マスター」


「アルプ……良かった……本当にゴメン……」


花音がまたアルプに謝りながら泣き始めた。


「……ま、お陰でこんなに強い闇の魔力を貰えたからね。結果オーライってことでいいよ、カノン」


アルプが花音の腕の中でまだ体に残る痛みを我慢しながらも、いたずらっぽく言った。


「む……! アルプ、カノンに馴れ馴れしいぞ!! しかもくっつき過ぎだ!!」


急にヴィオがむっとして、アルプをカノンから引き離しにかかる。


「ちょ……ヴィオ! いいってば!! アルプは命の恩人だし! 怪我してたんだし! あ! そんなに乱暴しちゃダメ!!」


「マスター。アタシ、夜の女王の影響でサキュバスに近くなったぽいから、心配しなくてもカノンになんか手出しませんよ」


「な、なんか、ってどういう意味!? アルプ?」


「どっちかって言うと、マスターのこと誘惑したい気分……」


「そ、それもダメだ!!」



国境の村へ向かう旅の初日の夜は騒がしく更けていった――。













~曲~

夜の女王のアリア~復讐の炎は地獄のように我が心に燃え~

作曲者:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト



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