本当のわたしでびゅう
意識が戻ると、あのロックがいくつもあるドアの前だった。そこまでは戻してくれたらしい。どうせなら建物の入り口まで戻してくれると良いのに。
頭の中にメモがあった。なんだこれ気持ち悪い。
「異空間創造おめでとう。普通はこのまま引き渡しとなるが、お前の空間をそのまま使わせるとちょっとまずいことになるので、祝福という形でオマケを入れておいた。後はよしなに。」
メモは、読んだはしから消えていく。いや、記憶には残るんだけど。なんだこれ気持ち悪い。
ちょっとまずいことって何だろう。まあ神様がいじってくれたってんなら大丈夫かな。
それより、魔法だ。神の加護を手に入れて、ようやく魔法が使えるようになった。爆発しそうな魔力から解放されたってのもうれしいけど、生まれて初めて魔法が使えるってことも同じくらいうれしいね。
とりあえず使ってみよう。異空間創造か。なんか、頭の中がどっかに接続してるのを感じる。言葉にするとまるっきり電波だなこれ。接続感覚に集中して、具体的イメージに固めて・・・うん、やっぱここは、空間に開いた黒い穴的な何かだよな。ワームホールみたいな。
OK,現実に転写しよう。眼前1m位か?もうちょっと遠くにしようか・・・。最大でも2m位だな、感覚的に。穴の直径は50cm位でいいか。よし。
「接続」
その瞬間、ドムっと低い音がしたように思う。思う、と不確かな言い方をしたのは、次の瞬間に起こった全てに翻弄されて、俺の記憶があやふやだからだ。
穴を中心に、まるで俺が居る空間が引きずり込まれるようにして、ありとあらゆる全てがずりずりずりと動き始める。実験器具や筆記用具、そして周囲の家具も音を立てて飛んでいき、メキメキと破壊音を立てながら穴に飲み込まれていく。もちろん、空気も。
穴を中心に、建物の中身が洗濯機になったかのように、渦を巻く。渦の中心にある穴は、触れるもの全てを破壊しながら飲み込んでいく。俺はその渦に巻き込まれ、目を回していたけど、何とか一言発した。
「解除」
そのまま慣性の法則にのっとって俺は吹っ飛んで壁に激突したように思う。その先は覚えていない。
***
「なんでそうおぬしは考え無しなんじゃ。」
「いやアイテムボックスが真空とか、イメージわかないでしょ。」
「アイテムボックスとか言うとらんものワシ。異空間て言うたもの。」
「そこはそれ、浪漫耳ってやつ。」
本文のふりがな部分で意訳してるアレだ。
「そんなんおぬしのさじ加減一つでどうにもなるじゃろがい。とにかくおぬしの空間は全き真空じゃ。この世界に接続すれば、もちろん全てを吸い込む。」
「吸引力の落ちないただ一つの異世界。」
「そうじゃの。」
「あるいは宇宙船の外側空間。」
「何それ。」
「エイリアンを倒したいヤツには必須の知識よ。」
「創造物のくせに、創造神に意味分からん話をするでないわ。どっから来たんじゃおぬし。」
「外なる宇宙から。」
「嘘じゃなさそうで嫌じゃな。ともかく、ワシの祝福で、おぬしの空間の最下部には『地面』を用意しておる。」
「地面?」
「そうとしか良いようがないからの。別に土とかそういうのを入れた訳では無いぞ。足場としての地面を用意し、空気を入れ、安定の為に重力概念を導入した。おぬしの空間は全ての地点で1Gの重力が影響する。」
「大きさどれくらいだっけ。」
「おぬしはただでさえ魔力が多めなのに、そのやっかいな祝福らしき何かがあるからの。だいたい1辺が10兆メートルの立方体と思えば良いわ。」
「10っちょうめーとる。」
「100億立方キロメートルと言っても良いぞ。」
「ああ、太陽系が全部入るくらいね。」
「だから外なる宇宙の話はやめいて。」
想像してみた。できなかった。でっかすぎるわ。
「え、1辺100億キロの正方形の地面があるってこと?」
「そういうことになるな。」
「それこの世界の地面の総量より多くない?」
「ワシの世界を舐めるなタコ。おぬしの空間よりよほどでかいから安心せえ。」
「ははあ。で、地面の上には空気があると。」
「そうじゃ。」
「上空ではどこまでいっても重力が存在すると。」
「そうじゃ。宇宙的活動があるでも無し、無駄に上方空間が広がっていても使いようが無かろう。」
「ん~?重力があるほうが無駄になる気もするけど。まあいいや、地面は助かったぜ。」
「ではの。慣れるまでは、接続時は空気のある部分を選ぶんじゃな。」
創造神がそういった次の瞬間、俺は、例のドアの前に立っていた。
***
「OKOK。つまり高度十兆メートル分の位置エネルギーをいただいた訳ね。」
想像してみた。無理だった。十兆メートル分加速した物体が他の物にぶつかったらどうなるんだろう。ニュートリノとか出てくるかな。
「恐ろしいことしてくれやがったな。俺の異空間内、ほぼ永遠に加速する隕石だらけかよ。」
そう呟きながら、俺はそこらにあるものから重そうな順に、アイテムボックスに取り込んでいく。対象物にまといつかせるようにして、内側に向かせた「穴」を出現させれば、求めるもののみがしゅるりと吸い込まれていく。
数十点を超えた辺りで切り上げた。そのそれぞれが、俺の異空間の中を落ちていく。真空の中、謎の一G重力によって加速されながら。
「それじゃあ、行こうかな。」
生まれて初めての冒険に。
生まれて初めて、魔法使いとして。
とりあえず、真ん中の森のモンスターを討伐してみよう。