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プロローグ


 ざわり、と世界が揺れた気がした。




 暗い。暗い?そも、これは何だ。視覚?否。聴覚?否。触覚?否。




 ざわり、ざわり、ざわり。うねりに巻き込まれたクラゲのように、上へ。上?下へ。下?




 同質?異質?あれらは俺か?俺があれらか?どこまで俺だ?俺とは何だ?




 ざわり、ざわり、ざわり。一つの水分子が、水全体を感覚することがありえるだろうか?否、ありえない。1人の人間が70億の種としての人間と接続することがあり得ないように。一は全、全は一。真理は示されているが、肉の束縛が全を区分する。核と核、肉と肉。重なり合いながらも他は他であり、我は我である。それが物理の世界というものだ。




 ざわり、ざわり、ざわり。ならば、モノのコトワリを超克した世界では?我思うとき、我は我だ。ならば我が思わなければ?我は我ならず、我は他ならず。我は他であり、全ては我である。我、我を思わざるが故に。




 ざわり、ざわり、ざわり。《ああ、うるさいな。》




 己の声を聞く。他の為す気配を受け身でとらえる我を知る。我は俺であり、俺と全ては対置された。




 ざわり、ざわ?




 瞬間、全てがこちらを向いていた。全て?あるいは一つ。途方も無く遙かな一つであり、己以外の全てである。目ともいえぬ目が、耳とも言えぬ耳が、手が、触覚が、ありとあらゆる感覚器が、億兆京分の一たる己に向けられる。




 ぞっとする。次の瞬間、さらにおののく。




 「イイナ」




 声がする。己のものならざる声。すなわち、彼らだ。彼ら全て、全てたる彼ら。そのざわめきとも知れぬ声が、意味を持って俺を打つ。




 「イイナ」「スゴクイイ」「ナゼ?」「オマエ?」「ワタシ」「ワタシ?」「オマエデナイ」「ワタシデナイ」「ナゼ?」「チガウ?」「ナゼ?」「ナゼ?」「ナゼ?」




 うるさい、邪魔だ、静かにしろ、ちょっと黙れ、本当に。




 「うるさい」




 声に出していた。声?おそらく。




 「ナリタイ」「オマエ」「ワタシ」「ワタシタチ?」「ワタシ?」「オマエ」「チガウ」「オマエニ」「チガウ」「オマエヨノウニ」「オマエデハナイオマエニ」「ワタシニ」




 「うるさい、うるさい、うるさい」




 「クレ」「ナセ」「ナゼ?」「オマエ」「オマエダケ?」「ワタシ」「ナニガアル?」「ホシイ」「クレ」




 「分かった、やる、少し黙れ」




 欲しがっている。俺のようになりたいのだ、俺にでは無く。欲しがっている。欲しがっているのは自我だ。オマエでないワタシ。ママでもないパパでもない、それらの一部でもない。我は我の故に我が手を伸ばす。我が我であることの最初の証。肉体すら超克して俺に宿り続けた、奇跡のような原初のラベル。




 名前。




 他は思い出せない。だが、俺には名前がある。名前というモノを知っていて、名前というものを持っている。魂に貼り付けられ、何故だか洗浄されずにここにいる。この名がある限り、俺は俺だ。たとえ肉が破壊され、塵と欠片に成り果てようとも。輪廻の淀みに沈み込もうとも。




 「名前をやろう。名前をやろう。待て、だ。待て。オマエに名前を差し上げる。オマエたちに名前を差し上げる。どうかどうか、俺を待て。急くな急くな。オマエもなれる。俺のようになれるから。」




 名前をつけてやる。こんなに、途方も無く巨大で強大な何かに名前をつける。




 1人じゃ寂しい気がした。


 一度しか機会が無い気がした。


 だから、一度でつけられる、俺に可能な最大多数の名付けをしよう。


 刹那の想起で意識に保てる、あの12の名を与えよう。


 オマエに、オマエたちに。俺の世界の時を支配した、あの12の月の名を。


 厳しく優しく、世界を形象する12の名を。




 ざわり。ゆれる。ばくりと、分かれる。


 まるで足下の地割れが月まで届いたかのように。




 「睦月」「如月」「弥生」「卯月」「皐月」「水無月」「文月」「葉月」「長月」「神無月」「霜月」「師走」




 俺ではないアレは、ざわりざわりと宇宙のように揺れていたアレラは。


 瞬間、12に分かたれた。


 アレであった12には、それぞれの名にふさわしい、神のごとき威容をもって、俺の目前に、そびえ立つ。




 「私は、私になれた」と睦月が言う。


 「死をなせ睦月。私は魂を抱く。」瞑目したまま、如月が告げる。


 「私の時、生命は生まれましょう、息吹きましょう。」弥生が謳う。


 「伸びよ、我が下に集う命よ。」卯月は睥睨する。


 「私がしっかりしなきゃ・・・。」皐月は少し迷う。


 「喉が・・・渇いたな・・・。」水無月は見回す。


 「僕らが、僕らは、ここにいる。」文月が規程する。


 「増えよ、増えよ!」葉月が喜色を露わにする。


 「もう少し、寝ていたい・・・」長月が不満を述べる。


 「私は・・・有るのだろうか・・・」神無月は、自己を省察する。


 「皆、眠りましょう・・・。」霜月は堕落を提案する。


 「歩め。立ち止まることはない。」師走は訓示する。




 そして。


 彼らは俺を認める。名付け親たる俺を見つけ跪き、そうして述べる。




 「御身の魔道に幸いあれ。我らを我らと為さしめたる奇跡が故に。世に御身の魔道の顕れん時、十は百にて結実せん。」




 彼らは1人1人述べる。名前に引きずられて少しずつ分化しているものの、まだ「成り立て」だ。思考もほぼ同一をたどるのだろう。12柱の神々が、俺に同じ祝福をかけてゆく。ああ、そうか。オマエの行くところは、そしてきっと俺の行くところは。魔力と魔法の支配する世界、なんだな。




 やがて睦月が進み出て、微笑みながら語りかける。そのエネルギーのほとんどを降臨すべき世界に下ろしながら、残ったわずかな力を全て俺に引っかけて。




 「12の我ら。名をいただいた見返りに、御身に祝福を差し上げました。世界に御身が力を放つとき、御身の力の1は、世に120として顕現いたしましょう。人の身には過ぎた力となりましょうが、御身なれば必ずや役立てられると信じております。それでは、いつか彼の世界にて・・・。」




 語りながら、少しずつ存在が希薄になっていく。気がつくと、12柱の神々たちは皆、光の粒子を溶かし出すようにしつつ、その身を薄めていく。




 やがて、俺は1人になっていた。想像するだけでもばかばかしくなるほどの巨大な存在が消えた、このうつろな空間で。


 そして俺は。


 1人、気づく。




 「1人で十倍、12人で120倍・・・。って、間違いだよな、たぶん。」




 一柱につき、魔道の出力が10倍になる祝福を受けた。12柱分。それは多分、12×10ではなく、10を12回、掛けることになるのだろう。




 「魔力1が、1兆・・・・。フフ・・・・フッフフフフ・・・・。」




 焦りのあまり、笑いが止まらなくなってくる。




 「まずい、まずいぞ俺・・・。余のメラで、世界が燃え尽きるレベルだぞ、これ・・・。なんで俺の名付けなのに、こんなに算数脳が弱い子ばっかりできちまったんだよ・・・。」




 聞く者のいない空間で、焦りながら対策を考える。だが何も思いつかないまま、そのときが来る。




 「お、おおおおおお、おお!ひっぱられる!これが、アレか!誕生か!転生か!ごめんなご両親!俺、たぶんなんか変な記憶持って生まれてくるから!うまいこと甘えられなかったらごめんな!それと、できれば残念身分的な、魔法を使わなくてもおかしくないアレな感じのご家庭をよろしくお願いします!」




 かなり切実に。俺は俺の転生先に祈りをかけることにしたのだった。

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