誰一人名前を語らない序章
一人の青年が、日に照り付けられた街道を歩いている、背丈は、一般の成人男性に比べるとやや小さい。
髪の色は暗い茶、顔立ちは良くも悪くも凡庸であるが、前を見据える黒い瞳は、彼の真っ直ぐな性格を容易に想像させる。
靴が黒ずみ、乾いた泥で汚れているのは、青年が少しの旅を経験している為だろう。
青年は冒険者であるのか、はたまた冒険者に憧れる一般人なのか、大きな旅袋を背負い、腰に一対の双剣と、一振りの反り刃を携えていた。
青年が進む街道、その先に見えるものは、世界有数の大都市アーケン。
「あれが、始まりの都市アーケン……」
青年は、アーケンに到達するまでの道中を思い出し、しみじみと呟いた。
始まりの都市アーケン。
それは、冒険者を志す者の多くが、一度は訪れる都市であり、冒険者達が所属する各ギルドの本部が、多数存在する都市だ。
青年も、ギルドに所属する為に、この都市にやってきた。
ギルドに所属すれば、様々な恩恵を受けられる。
例えば、スライム退治だとか、ハリネズミ退治だとか、そう言った簡単な依頼は酒場でも請けられる。
しかし、国や都市や町や貴族がギルドに持ち込む依頼は、ギルドから斡旋されなければ請けられない。
国や都市や町や貴族がギルドに持ち込む依頼は危険な物が多いが、確かな報酬が約束されており、依頼を果たした後に報酬の支払いを渋られる、という事もない。
ギルドに所属し、名声を高めれば、個人に対して依頼を斡旋される事もある。
最低限の居住施設は確保されるし、あるギルドと契約している武具屋等では、通常よりも安く武具を入手できる事もある。
要するに、便利なのだ。
その便利さが故に大半の冒険者はギルドに所属しているし、ギルドに所属する事は冒険者にとって当たり前だと言う認識もある。
所属したギルドと敵対関係にあるギルドが存在した場合は、顔を突き合わすだけで争いになる事もあるが、多くの場合は、ギルドに所属する事で得られる恩恵がそのデメリットに勝つだろう。
青年がギルドに所属する為にやってきた大都市アーケン。
その都市内へ足を踏み入れる頃には、空に赤みがかかっていた。
青年が足を踏み入れた都市は、青年の予想より遥かに大きかった。
地面や家はその殆どが石で作られていた、青年がたった今通り抜けた門、その周囲には多くの露天商が商いに勤しんでおり、こんな時間だと言うのに辺りはまだ活気に満ちている。
そこかしこで楽しげな笑い声が響き、また、よく耳を澄ませてみると、値切りの交渉をしているであろう声も聞こえる。
青年もその楽しげな笑い声に釣られたのか、少しだけ顔を綻ばせた、そして、旅袋へその手を伸ばす。
「思ったよりも時間がかかったし、先にご飯にしようかな」
青年は嬉々として旅袋から薄汚れた財布を取り出し、中身を確認する。
財布から取り出されたのは二枚の銅貨、これが、今現在、青年の全財産であった。
「……これじゃあ、今日の晩御飯だけでなくなっちゃうな、お金、稼がないと……」
現実を再認識し、青年は浮かれて居られない事をも思い出す。
青年は、明日からの路銀を稼ぐため、適当な酒場に入ることにした。
「いらっしゃい」
酒場の扉をくぐり、カウンターにつくと、酒場の主人に注文を催促される。
「一番安い奴をお願いします」
…店内は静かで、人の姿も疎らだった、外が明けの色に染まっているとは言っても、酒場に行くにはまだ早い
そのせいかも知れなかった
店主は顔も買えずに注文を受け取る、ジョッキに酒を注ぎながら、店主は青年に質問を投げかけた。
「はいよ、あんた、新参の冒険者だろ?」
酒場の店主にこういった質問を投げかけられるのは珍しいことではない、新参者用に、店主自ら簡単な依頼を出してくれる所もある
だから、青年はとりあえず、それを肯定して置く事にした
「はい、ギルドに加入しようと思いまして、この町に」
「そうかい、お前さんにちょっと頼みたい事があるんだが、いいかね?」
「頼みごとですか?」
「あぁ、そう、頼み事だよ、何、そう難しい事じゃない」
店主は、人懐っこい笑みで笑った。
「実は、近くの廃鉱に魔物が住みついちまってね、依頼主の話では、ゴブリンのような影を見た、と言う話だったんだが」
ゴブリンは、多くの場合、人間の住処に近づかない。
彼らは姑息で、見かけより知恵がある、そして、自分が狩られる事の恐怖を知っている。
だから、これは、明らかに、おかしい依頼だった。
こんな依頼を請け負うのは、余程頭のネジが外れた馬鹿ぐらいな物だろう。
だから、当然の事として、青年は断ろうとした。
「いえ、実は──」
「君もその依頼を請けるのか?」
不意に、青年の背後から声がした。
はきはきと遠くまで響くその声は、もし戦場に出る事があれば、指揮官として重宝される声だろう。
しかし、それよりも青年は、その声が発する、言葉の内容に驚き、後ろへ振り返った。
「君も、その依頼を請けるのか?」
はきはきとした声の人物はそう繰り返した。
それは果たして女性であった、しかも、青年よりも背丈が高い。
赤色の髪を肩まで伸ばし、重装備に身を固めた彼女は、背にランスを背負い、青年の前に仁王立ちをしていた。
彼女は、三度聞いた。
「君も、その依頼を、請けるのか?」
青年は、気圧された様に言ってしまう。
「あ、あぁ、うん、あ、いや──!」
「そうか!では私の仲間だな!よろしく頼むぞ!」
ここに、余程頭のネジが外れた馬鹿が、一人。
そして、頭のネジを外された馬鹿が、もう一人。
久しぶりに小説を書きました
元々頑張って小説を書いていた訳でもないので、至らないところは多分に存在すると思われますが
どうぞ刃砥ぎでもしながら心を落ち着かせつつ、生暖かい目で見守っていただけたら幸いかと思います