魔法使いの子孫
やっぱ自分にはホラー書けませんね
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒィィィッ!?」
そんな情けない悲鳴をあげながら儂は地下へと続く階段を転げ落ちるように降りていく。
ドリームキャッスルというこの裏野ドリームランドの中でも屈指の人気を誇るアトラクションでも地下室の存在を知っているのは副社長の儂だけ。あのボンクラの社長は儂にこの遊園地を任せきりにし海外を飛び回っているはず。まあここを見られるわけにはいかぬがな。見られたら誰であろうと始末せねばならぬしの。
「ひとまずここに逃げれば安心……か。しかし誰だあの馬鹿どもは」
今、地上では暴漢連中が暴れまわっており混乱している。儂は命の危険を感じてここに逃げ込んだのだが、最後に見た様子ではジェットコースター光ってなかったか?
ドンという音がし、天井からパラパラと埃が落ちてくる。
「ヒッ!?」
またも情けない声をあげて儂はその場にうずくまってしまった。もう嫌だ、何で儂がこんな目に合わなければいけないんだ。
だが儂はこの裏野ドリームランドの副社長。客と社員を守る義務というものがある。何より被害額がいくらになるか想像するだけで死にたくなってくる。……いや、死にたくはないんだがな。
儂は地下への階段を降り切ると一直線になっている通路を駆ける。腹が痛い。呼吸がつらい。普段から少しは運動をしておけばよかったと、昔から出ている腹を恨めし気に見る。
「あの部屋にさえ、辿り着けば!」
あの部屋にさえ行けばこの騒ぎもどうにかできるはず。そう思うことで心を落ち着かせる。今こそあの部屋にあるものを使う時が来たのだ。
通路の奥には一つの部屋がある。その扉は二つの別の鍵、それに指紋認証とパスワードによって厳重にロックされており儂にしか開けることができない。
扉を開けるとまた扉が現れた。儂は急いで今開けた扉の鍵をかけるとまた前方の扉に向き直る。また別の鍵を2つ取り出し、さらに声門認証とまた別のパスワードを解除し扉を開ける。正直、厳重すぎる気がするが、仕方がない。以前は何やら拷問か何かのために使われていたらしいが、儂には関係ない……いや、その道具は使わせてもらっているから有難いことだ。
ガチャ、という音がしてようやく扉が開き目的の部屋へと入る。
「く、らえ!」
部屋に入るや否や何かが儂に投げつけられる。それは儂の服に当たると汚いシミを付けて床に落ちた。
ふん、昨日与えたパンではないか。せっかくの餌を無駄にするとはやはりガキ。いや、まだ元気があるということか。まだまだ楽しめそうではないか。
「っと、今はそんなことを考えている場合ではないか」
部屋の中には10人に満たない程度の少年少女たち。いずれも裸で足は鎖で繋がれている。身体中には痣などの殴られ蹴られた打撲根や火傷の跡が残っている。
……まだ動いているのはほんの2,3人か。その中でも身体を起こしてこちらを睨みつけている少女が今儂に向けてパンを投げてきたのだろう。
「そこで大人しくしておれ。貴様らにはこれから名誉ある生贄に選ばれたのだぞ」
儂は懐から一冊の本を取り出す。
これこそが儂の先祖代々伝わってきた悪魔召喚の儀式に使われる魔法陣やその後、悪魔を従わせる術が書かれた儂の家の家宝である。もう魔法使いとして研究や魔法を実際に使うことはできないが、触媒を用意し、正しい魔法陣を用意することで一般人でもかろうじて悪魔召喚はできる。
研究や実験はしないがこうして魔法使いとしての人の身体をいじくりまわす欲望だけは儂にも受け継がれてしまった。とりわけ子供はいい。儂は何かあるたびにここに来てストレスを発散させていた。副社長という身分を利用すれば遊園地内を歩き回っても何も言われないし、こうして子供を連れてきてもバレることはない。
ガキの中から一番死にかけているやつの首をナイフで切ると周りから悲鳴が漏れる。……うるさいな。しかしまあ、儂も先ほど悲鳴をあげていたから何も言えないが。
これで魔法陣を描くための準備は整った。ガキを数発殴って黙らせると、慎重に本に書いてある通りの魔法陣を描いていく。
……無駄にこぼれてしまった血がもったいない。足りないし、次のガキも殺してしまうか。2人目のガキもさっくりと首を切ると、今度はすぐに魔法陣作成を再開する。
「よしできた。なかなか良いのではないか? そうだろう?」
儂はガキどもの方を見て自慢げに見せつける。ガキどもは血でできた魔法陣が恐ろしいのか無言でいる。この素晴らしさが分からないとはやはりガキだ。
「在りし日に栄えた文明の開拓者よ。在りし日に栄えた文明の破壊者よ。かつて全てを統治した英知の欠片よ。かつて全てを凌辱した暴力の化身よ。今こそその知識と力をもってして我の答えに求めよ。我が呼びかけに応じよ。生贄は用意した。道はつくられた。我が前に姿を現せ! 悪と魔の象徴ウォーレムよ!」
儂の詠唱とともに魔法陣は光り輝く。儂の身体からは力が抜け、これが魔法を使っているのだなという実感が沸く。儂の身体には魔法使いの祖先が残してくれた僅かな魔力が通っている。魔法陣しいては魔法を使えば魔力、もしくは命を削られると言う。儂が悪魔を召喚しても生きていられるのはこの魔力があるおかげだろう。
光輝いた魔法陣に思わず目を閉じてしまい、しまったと慌てる。これでは悪魔に対して無礼を働いたと思われてしまうではないか。すぐさま目を開けるとすでに光は消えていた。
魔法陣の上には誰もおらず、失敗したかと落胆した時、
「我を呼び出したか人間よ。さて、まずは生贄を頂こうではないか」
ガキどものそばに黒い靄のかかった何かがそこにはあった。
儂はその場に跪くと精一杯の礼儀を示す。
「御出でになられましたかウォーレム様。私がこうしてあなた様を呼び出したのは地上の……」
「黙れ人間。ふむ、こいつらをまずは頂いておくとしよう」
そう言ってウォーレムはガキどもを靄の中に取り込む。ガキは苦しむ表情をしながら靄に吸い込まれていった。
ん? 1人残っているな。あれは……儂にパンを投げてきたやつではないか。さては好きなものは残すタイプだな。うむ好感が持てる。あいつは生意気な小娘だからじっくりと調教しようかと思っていたが、ウォーレムにやるとしよう。
「さて、では生贄を頂いたということは儂と契約を結ぶということでよろしいですかな?」
「生贄? 何を言っている人間。これはたまたま落ちていたのを我が拾っただけ。第一、生贄と言ったが召喚者自身が苦しむものを差し出さなければ我は満たされん。先ほどのはここまで来てやった駄賃代わりよ」
「そ、それでは一体何を用意すればよろしいのでしょうか……」
儂が苦しむような生贄? そんなもの……この遊園地の客か? 従業員か? 遊園地そのものを要求されればそれこそ呼び出した意味がない。儂はもっと楽にこの状況を打破できると思ったからこそ呼び出したのだぞ。
「それにだな人間。どうやら勘違いしているようだが」
そう言って靄は人間の形を作り始める。靄は固まり、色が付き、壮年の男性の姿となった。
「我を召喚したのは貴様ではない。そんな粗末な魔法陣で呼べるのは下級の悪魔だけだ。我を呼び出しのは貴様だな?」
そう言ってウォーレムは残されていたガキのほうを見る。
は? おかしくないか? 何でこんなガキに召喚できるんだ?
ガキの指は血に濡れ、その血で魔法陣を描いてようだが、大きさもその形も儂のとは全く違う。儂のに比べれば落書きではないか!
「……どうやらアンタも魔法使いの家系だったらしいわね。私も同じ。まあアンタのような二級魔法使いと違って私の家系は本物だったようだけど」
「して娘よ。貴様は何を望み何を我に差し出す」
「私の全てをアンタにあげるわ。だから、私を自由にして」
何だその願いは。そんなものウォーレムが承知するはずがない。
「ク、カカカ! 良いだろう。貴様はこれより我のもの。まずは我は貴様を自由にするためにこの劣悪な人間を殺せばよいか?」
「ええお願い」
馬鹿な馬鹿な馬鹿な。勝手に話を進めるな。こいつは儂の悪魔だ。なんで儂のいう事を聞かない。なんでこんなやつのいう事を聞く。儂が魔法陣を用意した。儂が呼び出した。儂が儂が儂が儂が儂が儂が……
「儂が儂が儂が儂が儂が儂が儂が――」
「五月蠅いわ人間ごときが!」
「あうっ」
ぷちっと頭の中のどこかが切れた音がした。
それだけで身体が動かせなくなった。何も見えなくなった。
「なるべく苦しめてほしいのだけど」
「ならばこれで良いか?」
ザザザと身体を何かが這いずる廻る感覚と音がする。何だ、何が起きているんだ!?
「ちょっと待って、やっぱり殺さないでほしいのだけど」
「む、どうしてだ。 今こやつの身体を這っている蟲はこやつを生きたまま食らう我の子飼いの魔蟲だ。貴様はこやつに恨みがあるのではないのか?」
頼む。殺さないでくれ。儂はお前を殺さなかったじゃないか。そう、あの折檻は愛だ! 儂は貴様を愛していたがゆえに躾けていただけにすぎない!
「ええ。恨みはあるわ。だからこそこんなに簡単に殺させはしない。生きたまま永遠に苦しませることはできないの?」
「ふむ、少し手間はかかるがまあ良かろう。ならば今我が取り込んだこの小僧小娘どもに任せるとしよう」
儂の身体を這っていた何かがいなくなり、代わりに冷たい手が儂の身体に触れてくる。
「こいつらは霊体。霊体が実体を傷つけることはできない。ゆえにこやつはこれから肉体は無事なまま魂だけを凌辱されることになろう。ああ、ついでにこの部屋に溜まっていた霊も全て呼び起こしてある。こやつがこれまでにしてきたこと、それがそのまま返ってくる。なにせこいつらが知っていることはそれしかないのだからな」
「十分よ、それで。身体も心も汚された私たちの恨みはもっと深い。何人が犠牲になったのかは分からないけど……悔い改めて苦しむといいわ」
そして人の気配は消えた。残されたのは儂。そして人ならざるなにかの気配。
やめろ、近づくな。儂に触るな。なんだ、何を押し付けている!? 目に何を入れているんだ!?
「ギ、ギィヤァァァァァァ!?!?」
地上で虐殺犯と暗殺者が闘っている頃、地下では1人の男が生きた状態のまま皮を剥がされ、血を抜かれ、手足をもがれ、目をくり抜かれ、内臓を弄ばれ、心臓を掴まれていた。常人ではいつ死んでもおかしくない状態ではあるが、男はそれでも生きていた。死ぬことを許されなかった。生かされ続けた。
『ねえねえ、まだ生きてるよね?』
『生きてるよ。だって動いてるじゃん』
『えっと、返事がなかったら叩いたり蹴ったりしていいんだよね?』
『火で熱した棒でつついてみたりもしようよ』
『じゃあ私お水持ってくるー。ちょっとお塩入れると痛いんだよ』
室内では無邪気な声が響く。だがその姿はどこにもなく、ただ影が揺られるだけであった。
無邪気な声に混じって時折聞こえてくるうめき声こそが未だ副社長であった男が生きている証である。
隠された部屋は誰にも気づかない。万が一気づかれても多重の扉のロックにより入れずそのままどこかへと行ってしまう。
少女とウォーレムの姿もそれから見たものはいない。元々行方不明であった少女が監禁場所から消えたところで誰にも気づかれない。行方を追うことはできない。
裏野ドリームランドもその後すぐに廃園となったことで副社長も誘拐された少年少女もそこから脱出した少女と悪魔も、いずれも闇に消えることとなった。