昼休みと神様
本来、昼休みだろうと校外へ出ることは許されないわけで、学校裏手の神社にいるなんて知られたら大目玉、というものだろう。
お弁当箱を広げ、詰め込んだいなり寿司を頬張りながら考えた。
生憎、お昼を一緒に過ごす友達はいない。
そもそも、そんな友達がいたならば、わざわざこ校外まで出てこないだろう。
もぎゅもぎゅ、と咀嚼して、お茶で流し込む。
転校して来てからというもの、お昼を過ごすのは神社と決まっていた。
「うん。美味いわ」
ひょい、とお弁当箱からいなり寿司が一つ消える。
目をひん剥いた私が顔を上げれば、目の前でもくもくと消えたいなり寿司を咀嚼する男。
釣り上がった金目に、夜明けのような濃紺と薄青と黄色の複雑な髪。
何より、その頭上でピンッと立ち上がった耳と、背中で揺れる複数の尻尾が変だ。
「え、なっ……」
カンカラ、と乾いた音を立てて箸が転がった。
男はそれを一瞥して、指を差す私を見る。
闇夜でも猫のように光りそうな金色が細くなり、その中の光が鋭いものに変わった。
「前々から思っとりましたけど、境内で食事とは無作法ですわ。まぁ、これは美味しいんですけど」
「いや……はぁ、どうも」
男はまた一つ、お弁当箱の中で行儀良く並んだいなり寿司を取り、口の中に一度で全て放り込む。
もぐもぐ、と咀嚼する様子を、私は静かに見届けた。
この男は神社の関係者だろうか。
耳と尻尾のついた関係者とは、これ如何に。
男は、深緑で無地の着物を着て、濃紺色の羽織をその上に着込んでいた。
首元には、足首まで届く赤く長い襟巻。
靴はその様相に合わせた草履だった。
「……あの」
行儀悪く指先を舐める男に声を掛ける。
男は「はい?」と私に視線を向けた。
金色の目なんて初めて見たもので、そんな目を向けられると、妙に体が強ばる。
肩を揺らしながらも、乾いた唇を舐めて言葉を続けた。
「どちら様でしょうか」
男が、大きく目を見開いた。
***
夜明け色の髪に金色の瞳を持ったその男は、自分自身を神様だと告げた。
ピンッと立ち上がった耳と毛並みの良さそうな複数の尻尾を持つ神様は、九尾の狐だと言った。
つまり、狐の神様か。
最近、不躾にも、神様が祀られている神社の境内でお昼ご飯を食べている不届き者がいて、それを何とかしたかった、とのこと。
ちなみに、何とかどころか、勝手にその不届き者のお昼ご飯を摘んでいる始末。
それで良いのか、日本の神様。
きゅ、と唇を真一文字に結んで、神様が最後のいなり寿司を口に放り込む姿を眺めた。
結局、この神様は現れてから私のお昼を全て食べており、私は午後からどうすればいいのだ。
「神様は信じてませんか」
「……や、そういうわけじゃないですけど」
箸を拾い上げ、ケースに戻す。
神様は相変わらず突っ立ったまま、座り込む私を見下ろしている。
「見たことは、なかったので」
「……これはまた、えらい素直ですね」
襟巻の位置を直しながら、温い吐息を吐き出す神様。
無神論者、というわけでもない。
ただ、幽霊も神様も妖怪も妖精も、どれにしたって何にしたって、自分の目で見て確認しなければ、信用に値しないのだ。
静かにお弁当箱を仕舞う。
腕時計を見下ろせば、後十分足らずで昼休みが終わる時間だ。
そろそろ戻らなくてはいけない。
「お友達が出来るまで、来てもええですよ。おいなりさん、美味しかったです」
無理やり手を取られ、立たされた。
神様にも体温があるのか、触れた手は人肌と呼べるものだ。
友達はいないのに、神様の知り合いが出来た。