第19話 ケモミミ篭絡作戦 sideアデーレ
時系列は数日遡る。
冒険者ギルドではイヌミミ受付嬢ことアデーレが頭を悩ましていた。
教会の一派、獣人の信仰するテュール教会獣人高位司祭の死亡は、獣人冒険者のみならず一般の獣人の活動にも被害を与えていた。
特に獣人冒険者の被害は目に余る。獣人はその性質上、戦闘による怪我をあまり厭わない。だからこそ回復役が倒れたことにより、治療ができず怪我が悪化したりして療養している獣人冒険者が増えた。
彼らの気質が狩猟民族であり、信心深い分始末が悪い。他の教会で回復魔法を受けようとしないのだ。
根源的な問題としてテュール教神官の数が獣人連合王国と比べ少ないことがあげられるが、帝国が種族平等を掲げてから間もないのでそれは仕方がない。
それでも獣人を奴隷階級と定めているズッファ王国よりは恵まれてはいる。
通常なら連合王国のテュール教教会本部から代わりの司祭を派遣してくれるようだが、連合王国は王国と現在進行形で戦争中だ。教会の神官も軍にかなり引き抜かれているようで、向こうは国内問題で手一杯。いつこちらに司祭が派遣されてくるかわかったもんじゃない。
獣人冒険者がギルドに与える影響が限定的で、ギルド運営には問題が無いことはギルドには幸いだったといえる。それがこの問題に対しなかなか本腰を入れない原因でも有る。もちろん宗教関係の問題がデリケートな問題と言うことも理由ではあるが。
冒険者ギルドとしても、宗教と関係を切っている帝国軍の回復要員を回してもらうように要請をしてはいるがズッファ王国が帝国国境付近できな臭い動きをしている今、こちらに人員を回してもらえるかどうかは微妙だ。
アデーレは報告書を作成していた。
獣人の治癒問題を放置していた場合、ギルドの被りうる損失について報告するようにサーシャに頼まれたからだ。獣人冒険者について一番把握していたのは同じ獣人のアデーレだった。
(私の報告一つで対応がかわる)
できれば損害が大きいと報告し、冒険者ギルドに本格的な対応をして貰いたいところではあるが、現実は非情だ。獣人冒険者はまだ数が少なく、ギルドに与える影響は非常に限定的。
はっきり言って本格的にギルドが動くほどでもない。
それに通常なら都市執政部が解決するべき問題でもある。しかし、都市執政部は仕事が遅いことで有名だ。酷ければ一年以上対応をしないことだって考えられる。
しかし、今ケルンのテュール教会の処理能力はパンクしている。怪我や病気が治療できない状況が一年続けばどうなるか。
もちろん他の教会に行く獣人もいるが、それはごくごく少数派。
結果としてこの都市で回り始めた獣人の生活基盤やコミュニティは崩壊するだろう。
虚偽の報告をしてギルドを動かすことはできる。
幸いというか、報告書として求められているので、サーシャに虚偽がすぐばれることはない。一度ギルドとして本格的に動き始めれば途中で投げ捨てる事はギルドにはできない。
アデーレとしては路頭に迷っていた自分を雇ってくれた冒険者ギルド、ひいてはサーシャに恩義を感じていた。
できれば嘘は尽きたくない。
しかし今この瞬間にも治療を受けることができず、苦しんでいる同胞がいるのだ。
彼らを助けたい、それがアデーレの思いだった。
(私は試されているのだろうか)
冒険者ギルドの職員として行動するか、獣人を助けるため虚偽の報告をするか。
何とも意地の悪い選択肢だろうか。
アデーレにはなかなか結論が出せなかった。それでも時間は過ぎていく。
報告書は今日中に提出を求められているのだ。
(どうすれば良いの……)
悩んでも答えは出ない。
そしてアデーレは聞きたくない声を聞く。
「アデーレ、報告書はできたかい?」
サーシャだ。
「いえ、まだです……」
「そうか、正確に頼むよ」
それだけ言うとサーシャは去っていった。
(正確に、ですよね)
あの人は、何もかもお見通しでしょう。
私に求められているのは当たり前だがギルド職員としての働き。
(みんな、ごめんなさい)
同胞を見捨てるという選択をした。
その気分は最低だ。
ふと、酒場スペースを見る。ユータが酒を飲んでいた。
自分が何回依頼を持って行っても受けようとしない、怠け者。
ギルドの執行隊に入っているのに。
何回張り倒してやりたいと思ったことか。
(私にもあれぐらい、自由に振る舞うことができれば)
獣人を助けたい。その思いを副ギルドマスターに伝えることぐらいは許されるだろうか。
アデーレは報告書を作る。正確に、間違いが無いように。
それが冒険者ギルドの職員として求められていることだから。
報告書を作成したアデーレはサーシャの部屋の前にいた。
ドアをノックする。手は少し震えている。
「入りたまえ」
「失礼します。報告書をお持ちしました」
「ご苦労様、さっそく見ようか」
アデーレの役目はここまで、あとは退室するだけだ。
しかし、アデーレは部屋を出ていかなかった。
「ん、どうしたんだい?」
サーシャが訝しむ。
「失礼を承知で申し上げます。今回の問題に対してギルドとして対応してもらえませんか?」
アデーレは言った。自分の気持ちを。
「え? するよ、対応はね」
サーシャが報告書を読みつつ答える。
「え?」
アデーレには言われた意味が理解できなかった。
「なるほど、獣人冒険者がギルドに与える影響は限定的。君はギルドとして対応はしないと思っていたのかい?」
「は、はい……」
「残念だよ、私がそんな冷酷な人間に見えていたのか」
「! いえ、そのようなことは……」
思っていなかったとは、言えない。実際に少し思っていたのだ。
「確かに、短期的に見れば影響は少ない。しかしこの都市において獣人の人口は増え続けている。獣人冒険者の数もそれに比例し増えるだろう」
新たにケルンに来る者もいるし、獣人が出産したりしてその人口は増え続けている。手っ取り早く稼ぐには冒険者が一番だ。
「だったら、今獣人を支援することは将来的にギルドの利益になる。例え少数派でもギルドは見捨てない。その信用は失いやすく、得難いものだ。もっと長期的な物の見方を覚えたほうがいい。」
「申し訳ありません」
いくら長期的な物の見方を覚えたところでエルフにはかなわないが。
「で、あるならばこの報告書は間違っているな。早急に直し再提出するように」
「はい!」
2日後、都市国家共同体より司祭の派遣が決まった。一体副ギルドマスターがどんな手を使ったのか気になるが深くは考えるまい。
こちらに来るまでにかかる時間は一か月ほど。
それを乗り切ればいい。
教会に関係が無い回復魔法が使える人で一時的に治療院を開く許可は出ている。
そんな人、アデーレは一人しか知らなかった。
「おはようございます。何か依頼はきていますか?」
ユータだった。