第18話 ケモミミ篭絡作戦1
領主と会った後、いつも通りにユータは猫の尻尾亭で夕食を取っていた。普段なら料理と共に酒も頼むのだが今日はのみたい気分ではなかったので控える。
ユータにも酒を飲みたいと思わない日もたまにはあるのだ。まさか酒を注文しなかっただけでミミに体調を心配される事になるとは思わなかったが。
そんなに飲んでいるつもりではないが、考えてみればこの宿に来てから夕食には毎回酒を注文していた事を思い出す。飲んだくれの駄目人間と思われない為にもこれからは酒を飲むのは少し控えようかな、と思うユータだった。既に手遅れである。
では今回、ユータが酒の代わりに飲んでいるものはというと
「果実水お待たせしました!」
果実水は水に果汁を混ぜただけの飲料だ。レモンのような酸味を持った果物の果汁を入れているので、口の中のさっぱりとしてくれる。酒以外でユータが気に入っている飲料の一つだった。
「ありがとう」
お礼を言いつつミミの頭をなでる。最近ではミミが頭をなでさせてくれるようになった。この前机の下を掃除していたミミが頭をぶつけた時、回復魔法をかけつつ頭を撫でたのが気に入ったようだ。
人族とは少し違う髪質の頭をなでる。ミミも心地良いのか目を細めていた。心なしか喉が少しなっている気がする。
残念ながらリリは頭を触らせてくれない。ミミの髪はフワフワしているがリリの髪は見た目からしてサラサラしている。これもいずれはモフりたいと思うユータだった。
あまりモフりすぎると宿に泊まっている同志ケモナー諸兄に睨まれるのである程度で押さえる。
この宿に泊まっている者でミミの頭を触れるのはごくわずかなのだ。優越感すらユータは感じていた。これが持つ者と持たざる者の違いだろうか。もし許されるのなら、触れない同志達に触った感触やミミの反応を懇切丁寧に教えてやりたいところではあるがぶん殴られそうなので自重する。
今日の夕食はハンバーグのような料理だった。なかなかに迫力のある肉料理だったが、果実水のおかげでさっぱりと最後まで楽しめる。たまには酒以外も良いものだ、とユータは思った。
「ふう、ごちそうさまでした」
夕食を食べ終わったユータは宿の自分の部屋に戻る。
部屋でベッドに寝転がりこれからの事を考えていた。現在借金は金貨1万枚、今は無利息無催促だが借金が有るというだけで精神衛生上大変よろしくない。返そうにも手持ちは金貨千枚とちょっと、残りを稼ぐには今回の規模の盗賊をあと300回は刈る必要がある。
しかし、そんなに盗賊が狩れるわけが無く盗賊退治だけで借金を返済する事は不可能だ。迷宮にも潜りたくはない。しかし返済を考えないと言うのはあり得ない。もしこの借金に利息が付き始めればユータは帝国から逃げ出すしかないが、ケモミミ娘達を愛でる今の生活が気に入っているので、できればそれは避けたいところ。
「はあ、どうすっかな・・・・・・」
借金の額は10億円相当、あまりにも膨大な額にため息を吐く。手持ちは10分の1しかない。
領主にお願いすれば何とかなりそうではあるが軍隊に入れられそうなので却下。
やっぱり良いのは現状維持で少しずつ金を返して行くという事になる。適当な依頼を達成しギルドに貢献していれば、執行隊から追い出されて利息が付き始めるなんて事にはならないだろう。
「どうしてこうなった……」
せっかくこれからの事を考えるため酒を控えたというのに、現状維持が最善という結論。
こんな事なら酒を飲めばよかったと後悔するユータだった。
次の日、ユータは朝からギルドに来ていた。指名依頼が来ていないか確認するためだ。
いつも通り、アデーレの受付へと向かう。他の受付嬢もいるがケモミミはアデーレしかいないのだ。ユータが他の受付に向かうはずがなかった。それに情報漏洩を防ぐため執行隊の事について知っているのが受付ではアデーレしかいないという事も一応関係はしているが。
「おはようございます。何か依頼はきていますか?」
「おはようございます、ユータさん。指名依頼は今のところありません」
「そうですか」
「あと依頼というわけではないのですが。
少しお願いがありましてユータさんは賢者という事は回復魔法も使えますよね?」
「使えますよ」
「獣人向けに治療所を開いては貰えませんか?」
「どういうことですか?」
開いていいというのなら是非とも開きたいものだが、教会勢力と真っ向から喧嘩することはユータとしてはしたくない。
「人や獣人、魔族が信仰する神は違っていて教会も別々にあるというのはユータさんもご存知だと思います」
「ええ、知っています」
もちろんユータがそんなこと知っているわけがない。だが常識なようなのでとりあえず頷いておく。
「獣人の信仰するテュールを祭る教会で司祭様が亡くなってしまい、
今いる僧侶の方だけでは手が回らなくなっていまして、
治療を受けられない獣人の方が大勢いらっしゃるのです。
教会間で対立しているわけではないので他の教会では治療を受けられるのですが、
行こうとしない方が多すぎて……
さすがに他派の教会から応援を頼むことはできないので」
ユータとしては宗教の問題で治療を受けないなどバカバカしくて理解に苦しむが、そういうことを大事に思う者もいるのだろう。
教会も来るもの拒まずの精神で来た者なら治療をしてくれるようだが、さすがに他派の教会で治療をおこなうことまではしてくれないようだ。
「なるほど、そういう事ですか」
「やってもらえますか?」
ユータとしては何の問題もない。ケモナーとしては諸手を挙げて喜びたいところだ。
ギルドからお願いしてくるという事は教会との関係や治療場所の手配などの問題もギルドのバックアップがつくだろう。なんにせよ楽に金を稼ぐ手段が手に入るのだ、喜ばしい事である。
「ええ、やりましょう!」
ケモナーのユータにとって断るという選択肢はなかった。ユータの返事にアデーレも喜ぶ、彼女も獣人なので他の獣人の事が気になっていたのだろう。もちろん冒険者にも獣人がいる、そして冒険者は怪我をしやすい。治療が受けられないというのは冒険者にとっては死活問題なのだ。
「ありがとうございます! 詳しい話は上の会議室でしましょう」
さっそく受付から出てユータを引っ張っていくアデーレ。手を握られ引っ張られているので冷たくて柔らかい感触がユータに伝わる。周りの冒険者が凄い目でユータを見ているが、イヌミミ美女に手を引っ張られているユータがそれに気が付くことはなかった。