第12話 聞き取り調査? いえ尋問です。
ギルド内4階にあるサーシャの部屋に連れ込まれたユータ。美人エルフの部屋に連れ込まれると聞けば羨ましいと思う人間もいるかもしれないが、ユータは今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
「さて、できれば虚偽なく報告してもらえたらうれしいのだけれども?」
「あの、その……」
言いよどむユータ、審問官という職は威圧するスキルでも持っているのか? と思うくらいの圧力だった。
「冒険者には、ギルドに関係する出来事を見た場合、それを報告する義務がある。」
(黙秘だ、これしかない)
ある種決意をするユータだったが、その希望も打ち砕かれる。
「ああ、君には黙秘権が有るので喋らなくても大丈夫だよ、まあその場合は帝国軍に引き渡すけどね。軍はギルドと違い優しくはないよ?」
軍に引き渡された後どうなるかは言わずもがな、という奴だろう。言外にしゃべらないと拷問されるぞ、と言ってるようなものである。
滝のような汗を流すユータ、自業自得である。調子にのった付けを払わされているだけなのだ。
なかなかしゃべらないユータにサーシャは言葉を続ける。
「現在、帝国は今回のことを重く受け止め、都市駐屯軍の動員のみならず、帝都の中央軍の派遣準備も行われている。戦時体制というわけだ。飛行性のモンスターの可能性も考え、夜間は都市の灯火管制も敷かれる予定だ。教会騎士も動き始めている」
ユータの考えより事は大事になっているようだ。だが都市ケルンは帝国経済の要衝だ、その都市の付近に強力な魔物が現れたと考えるならば、帝国の行動も正しいだろう。
(逃げよう、王国でも共同体でもいいから帝国の外に!)
ユータが魔法をぶちかまして帝国から逃げ出す事を考え始めたとき、サーシャの口調が変わる。
「さて、経済的にも得るものが無い帝国軍の動員だが、もし誤報であれば話は変わってくる。例えばどこかの賢者が大規模な魔法実験をおこなったとかね」
(バレてらっしゃる!)
「それなら、物資の消耗は最低限で済むしギルドとしても都市としてもうれしいことだよ。悲しい勘違いでも早めに解ければ誰も不幸にならない、違うかい? なに、協力的な情報提供者をギルドは丁重に扱うとも」
「はい……」
厳しい言葉の後の少し希望を与える物言いにユータは落ちた。自分が魔法の実験をしていたことなどをすべて喋ったのである。
「最初は王国の嫌がらせや侵攻前の陽動を疑ったものだが、まあ違うようでよかった」
都市に戻って来た時点でその点は心配していなかったがね、と少し笑いながら続ける。
確かに、侵攻前の陽動や嫌がらせとしては最適だろう。戦力の分散や戦闘前の物資の消耗は王国にとって利点しかない。
「まあ、誤報と分かってよかった。でもさすがにおとがめなしというわけにはいかない。私はこれから事態の沈静化にあたる。明日の昼頃にギルドに顔を出してくれ」
「はい、わかりました」
何とか軍に引き渡されるのは避けられたようだ。さっさと帰って酒飲んで寝てしまおう、と現実逃避をしながら宿へ向かうユータだった。向かう宿はもちろん猫の尻尾亭である。
次の日ユータはギルドに来ていた。いる場所は例によって副ギルドマスターサーシャの部屋だった。
「よく来たね、逃げるんじゃないかと思っていたところだよ」
まあその場合は帝国中に手配書が回ったがね、と言われればユータとしては苦笑するしかない。
少し逃げようかな、なんて考えたのは内緒だ。
今現在都市ケルンの混乱は沈静化していた。ギルドが手を伸ばし誤報だと広めたのだ。帝国中央軍の動員も中止され何とか平穏が戻ったという事だろうか。
「さて、今回のことは意図していなかったとはいえ、君が起こしたことだ。冒険者をかばうのもギルドの仕事ではあるが、相応のメリットが欲しい」
「というと?」
今回の対応で冒険者ギルドはユータをかばった。それに対する見返りはとてつもないものになるのでは? 内心震えるユータだった。
ユータに1枚の紙が渡される。
「今回ギルドが冒険者を拘束するのにかかった費用と依頼遅延などで起きた損害、関係他所からギルド宛に来た請求所、その合計金額だ」
その金額は金貨1万枚であった。とてもじゃないが今のユータに払える金額ではない。自己破産待ったなし、である。
「これは……!」
高すぎると言いたいユータだったが反論を飲み込む。
「払えなければ、奴隷行きだが……まあ、さすがに払えないだろうな。こちらの提案を飲んでくれればチャラとは言わないが、ギルドで立て替えてもいい、利子の発生や取り立てなんかは凍結することもできる」
「条件は?」
条件を聞くだけなら何も問題ない。最悪他国に逃げ出せばいいのだ。
「ギルドに入らないか?」
この場合はギルドの職員になれという事だろう。
ギルドの職員! なんて素晴らしい職だろうか! 冒険者の上前を撥ねる組織に入るのだ。ある意味で勝ち組である。しかも借金も事実上なくなるのならユータからすれば罰ではなくご褒美だ。
「ギルド職員に、ですか?」
今すぐにでも「入ります!」と叫びたいところだったが一応は訝しむ様子も見せねばなるまい、まったく面倒なことである。
「まんざらでもなさそうだね、でも事務職員ではないよ」
「そうですか……」
ユータは落胆が隠せなかった。まあわかってはいたが求められているのは戦闘力だろう。
「冒険者は存外臆病でね、彼らは体が資本だから仕方がないと言えばそうだが……今回逃げ出そうとした者も多いんだよ。今回の件では早急に冒険者を確認に行かせることができていれば、ここまで混乱することは防げたはずだ」
冒険者という性質上、騎士のような忠誠は望むべくもない。仕方がないと言えばそうだった。
「前々からギルドで自由に動かせる戦力が欲しいと思っていたんだ、とてもじゃないが警備部では力が足りない。そこで新たに執行隊を新設しようと思う。もちろん秘密裏にだが」
ギルドが戦力を持つ事を嫌がる人が多いのでね、と付け加える。
「なるほど」
「部隊は私の直属になる予定だ。普段は冒険者として自由にしておいてくれ、なるべく都市の中にいて欲しいがね。やって欲しいことが有るときは受付で指名依頼として支持を出す」
「ギルドマスターではなくサーシャさんですか?」
そういえばギルドマスターを見たことがないな、相当忙しいのだろうか?
「ああ、君は来たばっかりで知らなかったね、ギルドマスターは遠いところに出張中だ。いつ戻るかは……解らないな。だから副ギルドマスターの私が最高責任者になる」
「そうですか……」
ここのギルドの闇はそこそこ深いようである。そしていらないことには首を突っ込まないに限る。
「報酬は?」
雇用条件を確認する事は大切なことだ。
「月々拘束料として金貨3枚、これは拘束料だ、指名依頼がなくても払う。指名依頼の依頼料ももちろん払おう。その分少し危ないこともしてもらうが。借金を返済すれば抜けるのは自由だよ、これでどうだい?」
聞いてはいるが、ユータには了承するしか選択肢は無かった。まあ、この条件なら借金がなくても了承するが。
「よろしくお願いします。サーシャさん」
「よろしく頼むよ」
ユータとサーシャはがっちりと握手するのだった。
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