入学式(前編)
ここは本当に学校ですか。
入学式の20分前に無事学校についた私と花は、その式の会場である体育館へと足を運んだ。
もう一度言おう。ここは本当に学校かっ!?
「何うろたえてるのよ」
「だっ、だだだだって!周りみんなcolorful頭なんだよ!?」
黒髪なんてほんの一部だけ。多いのが茶色だけど、金髪はもちろん中には赤や青や灰色やらもいる。入学式だって言うのに制服をまともに来ている人なんていない。それでも皆センスがいいから、別に悪くは無いんだけど。いや、ギャル系女子のあのメイクはどうかと思うけども。
こんな高校生がいるなんて、世界は狭いね。私は花の黒髪が落ち着くよ。
なんて、花の方に手をやると、ギロりという効果音が出そうなほど睨まれた。え、怖いよ。
「痛い肩掴まないで。あと、その無駄にいい英語の発音なんなのよ。その流れなら頭も『hair』って言いなさいよ」
「今更こんなヘアカラーで騒ぐこともないでしょ。この学校、ヤンチャで有名なんだから」
「花ってば冷静!」
「あんたがうるさすぎてあきれてるの」
そんなこと言わなくても、悲しいなぁ。
それにしても、陽兄よくこんな中で3年生になれたな。私なら無理。絶対怖いよ。
噂に聞く限り、陽兄は学校の中だとかなり上位の位置にいるみたいだけど。
「ねぇねぇ、花さんや」
あ、この目はウザがっている時にするやつだ。ちょっと怖い。
花はそんな私を呆れ顔で見たあと、次に私がしがみついている花の腕に視線を落とす。
気づいた時には、私は花の腕を縋るように握っていた。それはまぁ、自分でも申し訳ないほどに強く。もちろんわざとなどではない。今は、この荒れた学校の現状を目の当たりにして、制御できないのだ。
それに、今の私はなにか話してないと怖くて家に帰りそうなんだよね。もう衝動的にバーンて。
とりあえず、思っていたことを話が続くように口に出す。
「この人たち、皆1年生だよね。女の子とか、化粧濃すぎない?」
「ギャルはそんなもんよ。将来よりも今を取ってるんでしょう」
「だ、男子もガン飛ばしてるよ?」
「周りに下だと思われたらこの学校では終わりだもの」
「ふ、不安だ、なぁ」
「今更何言ってるのよ」
「……な、なんでそんな花は冷静なのさっ」
「同じことを二度言うのはめんどくさい」
「あ、え、はなぁ! 待ってよぉぉぉ」
結論。
花と話が続かない。
え、私がヘタレ? めんどくさい?
それが何か。
え、自分で受験したんだろうって?
ええ、そうですが。そうだけどさ!
兄に勧められて適当に滑り止めにしただけです!あの頃は第一志望校に受かる予定だったんです!
まさか今回、私の苦手な社会と国語の難易度だけ上がるとは思ってなかったの!
受付で名前を言うと、ハッとした様子で見られた。
「えっと、篠村、さんですね。クラスと出席番号を確認して、舞台前の椅子に座って待機してい下さい」
この先輩は優しそう。化粧も濃くないし、この学校の全生徒がイケイケな感じでもないみたいだな。というか、美人だなぁ。清楚系って言うのかな。目立った感じじゃないのに、あの先輩には華がある。
なんか、初めてあった時の花の感じに似てるかも。まぁ、花は一匹狼感やばかったけどね。
ここかな。
そう思い、先程渡された紙にもう一度目を向ける。うん、あってるみたい。初日から間違えたら恥ずかしいもんね。周りにも迷惑かけるし、何しろ目立つよね。
目立つのは、避けたいからな。
まだ開始まで暫くあるので、席に座り適当に周りを確認する。兄いわく、この学校の教室の席は男女関係なく出席番号順だそうだ。つめり、ここで横に並んだ人が私の近くの席になることになる。出来ればかわいい女の子が良いな。話しやすくて、優しそうな……そうそう、あの受付の先輩のような人。
ああ、うちのクラスにもあんな子いないかなぁ、なんて自慢の妄想力を働かせてみた。ついでに、確認してみようかなぁー……やめよう。大変なことに気づいたかもしれない。
まともに自分の席座ってるの、私くらいじゃね?
え、だって、みんな普通に話してるし。なんか初対面感ないし。あ、一部カッコつけたヤツらとかはノーカウントね。論外。
マジかー、花のところ行きたいなぁ。
「あの人達いるかなぁ!?」
花をみつけようとした時、後ろに座る女の子たちの声が耳に入った。昔から地獄耳なんでね。別に聞きたい訳じゃないんだよ。
その周りの女子達からはどこが残念な声が聞こえた。
「んー。やっぱり、いないね」
「会いたかったなぁ、Kの皆様に」
「私一昨日街で怜様見かけたよ」
「うそっ!?羨ましい!」
ゆうめいじんだなぁ、その人たち。
まぁ?Kが何かは詳しくは知らないけど、この学校の有名人って言う枠のひとりは私の知る人だけど。ていうか兄だけど。もしかして陽兄も様付されてるのかなぁ。あの人、差別的なこと大嫌いなんだけど。そもそも、昔はただのゲームオタクだったはずなのに。
人生ってほんと何が起こるかわかんないんだね。恐ろしい。
兄はともかく、同じ高校生なのに様付なんかしちゃって、変なの。そのKって言う人たちは相当この学校ではお偉いさん達らしい。花ちゃんも、私がこの学校を滑りとって言った時に、
『え、本当に言ってるの?まさか、Kねら……ってはないよね。陽介さんの妹なのに美希そのへんの話だけは疎いからね』
なんて事言ってた気がする。
せめて『先輩』とかならありだけどさ。そのKとかいう人たち変人だよね。私だったらそんなの恥ずかしすぎるもん。へ、今どき様とかやめてよw、的な。
それにしてもまだ始まんないのかな。不良高校にしては入学式サボらずに結構時間内に来てる。かなり集まってきたし、そろそろ始まってもいいんじゃないかな。
ふとそう思い、舞台の横についている少し古い時計を見ると、開始時刻まであと1、2分という所だろうか。
周りがずっと騒がしいので気が付かなかった。それに、ここには新入生と先生しかいない。そう、ここには親がいない。多分だけど、不良高校だから親がそこまで子供に興味が無いとか、危ないからあまり来ることをオススメしていないとか、そういった所だろう。
本当にここは治安が悪いらしいから。
「静かにしろ」
時間になろうというときでも、騒がしかった体育館内に、一瞬にして沈黙が走った。そして、生徒達は一斉に舞台を見上げ、そこに立つ男を見てさらに唖然としたようだった。
そのマイク越しの、あの舞台に立つ男の声で、ざわめきが一瞬にしてかき消されたのだ。
それと同時に、動きすらもまともに出ていなかったことに気付き、私は反射的に教師であろう男を見ていた目を見開いく。
誰も、話そうとしない。と言うよりかは、動けないし、話せないんだ。
それほどの、圧力。
何この、殺気。何この人。私がまだそれに敏感っていうのもなんか嫌だけど、そもそもおかしいでしょ。こんなの生徒に向けるようなもんじゃないし、教師が放つもんでもない。
それに、この生徒達の目は何だ。
怯えだけじゃない。
「……尊敬?」
こんな明らかに異常な男に、尊敬?
有り得ない。
「これより、第48回入学式を開式する。」
その男は、私たち生徒の姿を一瞥し、淡々とそう告げた。
どうやら彼のセリフはそれだけらしく、すぐに舞台を降りてしまったけど。このパターン、もしや閉式の言葉も彼かもしれない。
えー、こんな人学校にいていいんですか、総理。捕まえてください。せめて教員免許持たせちゃいけませんよ。天才なら認めるけど。てか天才なら研究所行ってくれないかな。
「おい、あの人って『長塚さん』だよなっ?」
「びっくりしたよ。まさかほんとに教師だとは。噂だとばかり思ってた」
「この学校やばくね」
「今更なにいってんの。お前この学校入りたがってたのに」
「いや、でもあれ見るとビビるだろ」
「それ口に出すとヘタレ感出るよ。せっかく見た目誤魔化してんだから」
なんか情報ないかな、なんて周りの小声を聞き取っていたら聞こえたそれ。お隣の男子ズの会話が、なんか私と花のように思えたのは気のせいかな。何気、優しそうな方面倒くさそうに会話流してる感じするんですけど。金パの方の気持ちわかるんですけど、私。
傍から見たら怖いのは金パだけど、本性黒いのはもうひとりの方だな。
人は見た目じゃないよ!みんな!
でもそうか。あの人もやっぱり有名人か。それだと納得かな。教師だとは正直思いたくないけど。
きっと20代であろう彼は、黒髪をきちんとセットして、ちゃんとスーツも着ていた。崩したりは決してしていない。真顔で恐怖心がかったから、あの時はただ警戒してたけど、顔も確かに整っていた。
見た目で判断しない、なんて言ったけど。
「かっこよかった、な」
誰にも気づかれないように、つぶやいた。