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熊本地震  作者: icecrepe
4/11

公園には大勢の人々が肩を寄せ合っていました。

到着した私は早くもブルーシートが敷かれる様を見ました。工事現場で使われる赤いライトでの誘導も始まっています。

やけに手際がいいなと思えば、「地域防災」の腕章をつけた人々が率先して避難した人々を誘導しています。


凄いなあ、と思いながらも私は防災団の動きに加わりました。

と言うか、加わらざるを得ませんでした。

なぜなら防災団のほとんどが明らかに定年を超えた高齢者で構成されていたからです。


山ほど運び出されるパイプ椅子を配り、足腰の弱そうな高齢者に配布します。

とにかく声を出すことが大事だということは直感的に分かりました。

大丈夫ですか。

使ってください。

怪我をしていませんか。

そんな声を上げながら、私はせっせと椅子を配って回りました。

電話は切らざるを得ませんでした。

実家も地震に襲われています。片手が塞がるのは困るでしょうし、スマホのバッテリーは既に50%を切っています。

じゃあね、大丈夫だからね、と母に語りかけ、私は電話を切りました。

私より母の方が非常事態に慣れていましたので、実のところその言葉は私自身を落ち着かせるものでもありました。


余震は留まることを知りませんでした。

それも不定期に襲い掛かってきます。

どっと真下から突き上げられ、左右に揺さぶられる度に悲鳴が上がりました。

5の時もありましたし、3の時もありました。

私は福岡で一度大地震を経験しているので「常に足元が揺れているような気がする」という状態には陥りませんでしたが、それでも揺れが来る度に背の高い樹木が倒れないか、電柱が倒れないか、電線がちぎれないか、と常に上を注視していました。もちろん津波の気配を感じようものなら車に飛び乗り、建物の二階へ避難するつもりでしたので、いくつかの避難ルートに目星をつけてもいました。

私や高齢の女性が右往左往する中、「ああ来た」「そら来た」と男性の方々がタフに構えているのが印象的でした。


そうこうしている内に避難所は人でいっぱいになりつつありました。

私はその時、自分がいかに備えを怠っていたかを痛感しました。

私が手にしていたのは鞄一つだけで、上着は作務衣一枚です。

ですが遅れて避難してくる人々はヘルメットをかぶり、毛布を担ぎ、キャリーバッグを手にしています。ダウンジャケットを着ている人もいました。


私はあの夜、防災団の人々を除けばかなり早く避難できたと思います。

ですが事前準備は怠っていました。

私は14日の地震を甘く見ていました。ありていに言って、天災を舐めていたのです。


4月です。

桜も散っている時期です。

ですがその夜はひどく冷え込み、椅子を配る作業を終えた私は瞬く間にガチガチと震え始めました。血液が氷水になったかのような寒さでした。


本当に、真冬のような信じられない寒さでした。

翌日に雨が降ることは知っていましたが、それを差し引いてもとてつもなく寒く、地べたに座り込んだ私は雨に濡れた子犬のように震えていました。


やがて、避難がひと段落しました。

公園に集まる人々の群れはまばらになり、本当に少しずつですが安堵のため息が聞こえるようになりました。

ラジオも点いたらしく、焦るレポーターの声が聞こえます。

私のラインやフェイスブックにメールをください。

まずは落ち着いてください。

声を上げてください。

ガスの元栓を閉めてください。

そんな切羽詰まった声が聞こえます。


防災団の人々は地図のようなものを広げていました。

こことこことここが一人暮らしだ、助けに行く。

ここのお婆ちゃんは大丈夫。ここのお爺ちゃんも連絡が取れた。

ここがまずい。いやもう人を寄こしている。

●●さんには電話したのか。ここは避難所じゃないけど物資が要るんだぞ。

そんな勇ましい会話を繰り広げるのも高齢者ばかりで、若い人々はスマホに視線を落としていました。家族連れの避難者は親や子から決して離れようとしません。


別に彼らを非難するつもりはありません。私も上司に連絡した後は寒さに耐えるだけで精一杯で、「よそ者ですけど何かやれることはありませんか!」の一声を上げることができませんでした。

強い団結力を持つコミュニティは意図するとせざるとに関わらず、ある種の排外性を帯びるのです。しかもその排外性はコミュニティに属する彼ら自身には不可視という厄介なもので、てきぱきと動く防災団と、ぼうっと佇む避難民、という二極化が起こっていました。

いずれにせよ、防災団は動けない者に「動け」とは言いません。彼らは自主的に動く者のみを必要としていました。私は残念ながら前者でした。


先ほど椅子を渡した女性から寒いでしょう、と毛布を渡されました。私はありがたくそれを受け取り、地面にうずくまります。


防災団は物資の手配や一人暮らしの高齢者の安否確認のため町内に散っていきます。

車の誘導も始まりました。

避難民である私達もほっと一息をついたところで、それがやってきました。


サイレンです。

けたたましいサイレンが夜の闇に鳴り響いたのです。


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