表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熊本地震  作者: icecrepe
2/11

飛び起きた瞬間、私は激しい揺れのことより、自分の手に握られている物に意識を向けていました。

黒い釣り鐘状のパーツに丸い輪っかのついたプラスチックのパーツです。

これは何だろう、と思っているといよいよ揺れが激しさを増しました。


福岡の地震の時は、道路の向こうから「ゴゴゴゴ」と音が迫って来て、その後に左右にシェイクされるような体験をしました。

今度は違いました。

上下左右への激しい振動はテレビで見た耐震実験を彷彿とさせます。

恐怖で身は強張り、口からは悲鳴も出ませんでした。

とにかく恐ろしさのあまり身動きが取れないのです。ただただ布団にしがみつき、じっとしている他ありませんでした。


バタバタと前日に片付けた文庫本が崩れていく音を聞きながら、私はようやく揺れが収まるのを感じました。

すぐに間接照明を点けようとしてコンセント(穴が複数あり、それぞれにスイッチがついているタイプ)に手を伸ばします。


そして気づきました。

点きません。電気が死んでいます。


スマホからは緊急地震速報のブザーが鳴り響いています。

数日前は冷静に受け止めたその警報が、今の私にとっては死を告げる不吉な音にしか聞こえませんでした。


幸い、靴は履いています。

冷蔵庫にはペットボトルのお茶もある。鞄もその辺に放り投げたままです。

布団から飛び上がった私は作務衣の下をデニムに履き替え、鞄を引っ掴み、リビングを飛び出したところで急停止しました。

何かが行く手を塞いでいます。


何だ、と思って見ればそれは冷蔵庫と電子レンジでした。

普段は通路の壁面に寄せているのですが、激しい振動の余り、スライドして通路のど真ん中に居座っているのです。

冷蔵庫のドアは開いており、ペットボトルが飛び出しています。キッチン上部の棚からは薬箱が飛び出し、床に胃薬とマスクの山をぶちまけていました。キッチン下部の棚も開き、缶詰が転がっています。空の牛乳パックも飛び散り、廊下には足の踏み場もありません。


あ、出られない。

そう思った瞬間、私は「地震で死ぬ」ことがどういうことなのかを理解しました。

どんなに若かろうと体力があろうと、人は天災に見舞われれば死ぬのです。

こうやってあらゆるモノが人を死に追いやろうとするのですから。


冷蔵庫が道を塞ぐという事態に私はパニックに陥りました。

とにかく出なければ。出なければマンションが崩れて私は死ぬ。もうそれだけしか考えられませんでした。

ここは5Fです。倒壊すれば確実に死にます。


ヒイヒイと悲鳴を漏らしながら冷蔵庫を押しのけ、牛乳パックを踏み潰し、ドアへ駆け出したところで、鍵が無いことに気づいて部屋へ引き返します。

鍵を閉めずに外へ出ることは怖くありませんが、再び戻ってきたときにオートロックで立ち往生してしまうのが恐ろしかったのです。そうこうしている間にもマンション中からガシャガシャ、ガシャガシャ、と金属とプラスチックが混ざり合うような音が聞こえます。


点くわけもない電気のスイッチをカチカチと叩く私は、パニック映画なら「間抜けA」といったところでしょう。ですがそれが死の恐怖を自覚した瞬間の偽らざる私の姿でした。


スマホの存在に気づき、部屋を照らしました。

私は部屋と正面玄関のオートロックを外す二種類の鍵を名刺サイズの小さなキーケースに結んでいます。

それは普段、作業机の上に放りだして寝ていました。

今、机の上にはポットとPCしかありません。

それ以外のすべては床に散乱し、文庫本の海に埋もれてしまっています。


私は恐怖と混乱の余り、辺りの物品をめちゃくちゃに引っかき回しました。まさかこんなホラー映画のようなことが起きるわけがない。鍵が見つからないなんて。そんなことあるはずがない。

恐慌状態に陥った私はまたしても電気のスイッチをカチカチやり、スマホで部屋中を照らしました。靴で本を蹴飛ばし、椅子も蹴飛ばしました。膝はがくがくと笑っていましたし、呼吸は寒さに耐える小学生のようでした。


ふと、本棚の上部が見えました。

そこには普段、実家で良くしていただいているお坊さんに頂いたお札が飾ってありました。

14日の地震で本棚の中身は散乱しましたが、お札は無事でした。凄いなあ、と思いながら拝んだことを覚えています。


そのお札が、消えていました。

震動に負けて床に落ちたらしいのです。

ぞわっと押し寄せた恐怖のあまり、私は泣き出しそうになりました。


もう一秒たりともその場にとどまることはできませんでした。

私は鞄を引っ掴み、岡っ引きから逃げ出す盗人のような格好で部屋を飛び出しました。

手には新旧二台のスマホ、その充電器と携帯ゲーム機、それに財布とペットボトルを詰めた鞄だけを握っていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ