R4 屋上運動会
T高校の屋上には、緑化運動と称して盆栽が置かれた時期があった。校長の私物である。
これを受け、屋上係は『絶叫券』を販売した。屋上から校舎裏の芝生めがけて盆栽を落とし、校長の絶叫を聞くという楽しいレクリエーションを提供したのだ。教師からの評判も上々であった。
しかし形あるものはいずれは無くなるもの。盆栽も200個も叩き落とせば尽きてしまうのだ。
あるゲリラ豪雨が過ぎた午後、それは始まった。校舎裏に叩き落とされた盆栽たちに意思が芽生え、みるみるうちにその枝という枝が校舎を這い上り、屋上まで駆け上った。そして屋上にいる人間を無差別に襲いかかった。
「どういうことー!」
失恋した女生徒は、泣きながら空を見つめていたら盆栽に足を掴まれ宙吊りにされ。
「僕が何をしたというんだ」
ミューズの加護を失った美術教師は、絶望して飛び降りようとしたところを両腕を掴まれ宙吊りにされ。
「くっ今すぐ殺せ!」
母がスイハンジャーだとバレた男子生徒は、盆栽に体をグルグル巻きにされたが、とにかく母が来る前に生命を絶ちたがった。
「どうですこの枝ぶり。このカットは中々できるものじゃあないでしょう」
屋上係はニコニコ笑いながら襲いかかる盆栽を、枝切りハサミで切っている。
いつの間にか屋上は盆栽の枝で埋め尽くされ、時折「たすけてー」「ころせー」と宙吊り組から声が聞こえるのみだ。
屋上係は襲ってくる盆栽をいなしながら、枝切りハサミと草刈り用の大鎌で適度に動けるスペースを作り、屋上の入り口まで戻った。
入り口にはすでに生徒や教師たちが詰めかけて、一体何が起きたのかと様子を窺っていた。
「さあこれより『屋上運動券』の販売を開始します。襲いかかる盆栽を掻い潜り、囚われた人を救出できたら豪華賞品をプレゼント。日ごろの運動不足を解消するもよし、ちょっと気になるお腹まわりに刺激を送るのもよし、たまった鬱憤を晴らすのもよし!なお、利用時の怪我や事故、又は貴重品・手荷物等の盗難・紛失につきましては、一切責任を負いかねます。あ、今なら有料で枝切りハサミと大鎌も用意しておりまーす」
生徒と教師は券を求めて殺到した。
「現代社会のストレスとはかくも激しいものなのか」
屋上係は2時間で刈り尽された盆栽の山を見つめてひとりごちた。
運動券を買った者たちは意気揚々と盆栽に立ち向かった。囚われた人など無視して、盆栽を掻い潜っては反復横飛びをし、盆栽に向けてジャブを繰り返し、今ならできる気がすると呟いて手から炎を出したりした。最終的に受験に燃える進学組が枝切りハサミに神龍を宿して魂絶ちをして閉会となった。賞品を渡そうとしたところ、神龍の背にまたがってそのまま消えてしまったので賞品はサーブしている。
「先生、まだ立ち直りませんか」
膝を抱えて自失している美術教師は、ただゆるゆると首を振るのみだ。
他の宙吊り組はさっさと帰宅した。もちろん宙吊り手当として、『センパイ作成期末テストヤマ張りノート』を渡したところ、泣いて喜んだ。屋上係は禍根を残さないタイプなのだ。
「仕方ないですねえ。特別に来て頂きました。ミューズさん、ご降臨ください」
屋上係が天へ向けて手を差し出すと、夕日とともにミューズが降臨した。
「ああ…我がミューズ!なぜ私をお見捨てになるのです」
「契約期間が終了したので」
「では契約更新をお願いいたします!」
「5年契約を続けると守護神にならなければならないでしょう?だから今のうちに契約満了として頂戴」
美術教師は屋上係を見つめ、何か援護を、と助けを求めた。
「ではミューズ、こうしませんか。我が高校の美術の時間と美術部に加護を頂くんです。個人との契約ではありませんので、ミューズに契約したい方がいればそれは自由に契約してくだって大丈夫ですし。何より高校は入学し卒業していく、流れる場所です。きっとミューズの刺激にもなりますよ」
くわしい話をつめましょう、とミューズは職員室へ降臨し、美術教師は泣きながら後を追った。
「先生、仲介手数料はこちらとなります」
「そんなに?!」
「こちらも慈善でやってる訳じゃないんで」




