R2 屋上井戸端会議
T高校2年4組に怪人が襲来した。数学の授業中のことである。
昨年からS県を騒がす、ご当地怪団『むしゃくしゃしてやった団』の怪人は、生徒と数学教師を人質に立てこもった。
すぐにT高校は休校となり、人質を救出すべくヒーロー待ち状態となって5時間が経過していた。
「だからね、言ってやったのよ。そんなことするよりさっさと就職しなさいって」
「そうよねえ、やっぱり働かないからおかしな事しでかすのよねえ」
主婦戦隊スイハンジャーが屋上で話に花を咲かせていること約5時間。
「救出しに行かなくて大丈夫なんですか」
屋上係はお茶を継ぎ足しながら尋ねた。そろそろお茶菓子が切れそうだ。
「だってねえ、あなた。見てよこれ。このスーツ。これを着ることによって戦隊として成り立つのよ、私たち」
「アイデンチチーよねえ」
「それをね、うちの息子ったら、恥ずかしいから人前に出ないでくれぇ~って言うのよ」
「やあよねえ、思春期って。こっちだって仕事で着てるんだから」
「やだ奥さん、ノリノリで着てるじゃない」
やあねえ、と声を合わせて笑い合うスイハンジャーに、屋上係は感心した。
「でもその息子さんが今人質になってるのに、ずいぶん穏やかですよね。さすが貫禄が違います」
「それは違うわ」
スイハンジャーの空気が一変した。
「いま私たちが教室に行けば更に危険な状態になるの」
「怪人を倒したのがパツンパツンのスーツを着た母親だと、クラスメイトに知られたら息子はグレるわ」
「そしてきっととんでもない非行に走るでしょうね」
「そしたら奥さんも心が悲しみでいっぱいになり、いつしか闇に魂を乗っ取られて怪獣ゴッドマザーとして大暴れよ」
「ゴッドマザーを倒すには、スイハンジャー最終奥義『ヒルナンデス出演拳』しかない。でもそれには奥さんの力が必要不可欠。つまり………世界は滅ぶしかないのよ………」
「いきなり世界の危機」
屋上係はお煎餅を片手に驚くしかない。そいつあ大変だ。あとこのお煎餅すごく美味しい。
「まあ子供たちも非日常を経験できて、今頃大興奮でしょ」
「あれよね、ラインとかツイッターとかでピコピコしてるはずよ」
「そこで私たちが登場してみなさい。スマホの嵐よ」
「え、待って、それ悪くないわ」
「フラッシュを焚かれて輝く中、怪人をやっつける私たち」
「明日のワイドショーは私たちの独壇場よ」
「良いわあ、ちょっと怪人倒してきましょう」
スイハンジャーは髪を整え、ファンデを厚塗りし、真っ赤な口紅を塗りなおした。
「息子さんは」
世界の危機はどうした。
「そんな柔な息子に育てた覚えはないわ」
ヒョウ柄のマントをたなびかせてスイハンジャーは怪人の元へ駆けていった。
「かあちゃん!」という悲痛な叫び声と、爆発したような笑い声が屋上まで聞こえたのは10分後のことだった。
「まさか皆のアイドルみっつんが力士になるとは思わなかったわ」
「とんだ伏兵よね」
「でもみっつんの廻し姿が見れるなら、ワイドショーくらい譲るわよねえ」




