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あざとさも令嬢には必要です

 ここ最近、私は父と義弟に依存しているような気がしてた。


 一人ぼっちだった三年前を考えると、劇的に私の置かれている環境は変化した。


 仕事一辺倒で忙しかった父は何があったのか家で朝食と夕食を一緒に食べてくれるし、義弟と共に一流の教師達から様々なことを学び、余裕のある時間にはテーブルゲームやカードをして遊んでいる。


 それまで、ずっと一人でご飯を食べていた。たまにマナーの授業の一環で、先生と食べることがあった。叱られながら食べる食事でも、いつもより美味しく感じたものだった。


 授業のない、暇な時間は一人で本を読むか、散歩するしかできることがなかった。


 寂しいとか悲しいとかは考えたことがなかった。


 それらの感情を覚えたのは義弟と出会った後だったからだ。


 だから、私は命綱のように父と義弟に依存している。それを彼らが許してくれているから。


 でもそれって、とっても世界が狭い。


 家出する前にこの狭い世界を壊して、外の世界を知らないといけない。


 と、思ったのは、きっと従者君と出会ったからだ。


 一緒に戦いたいと言ってくれたからだ。









 それでもね、やっぱり、困った時のお父様頼りだと思うのよ。


 父の書斎の扉の前に佇んで、どんな風におねだりしようかと頭を悩ませる。


 どうしても、あれから王城に行く機会がないのだ。


 三週間も経ってしまった。


 また行くと言った手前、従者君を待たせているのではないかと心配になってくる。それ以上に、忘れられているのではないかと不安が強くなってきた。


 生まれて二人目の友達だもの、絶対に失いたくなかった。


 それに、私の未来で気になってることもある。


 脳裏に突然浮かんできて、私を愕然とさせた「没落令嬢」の文字が二番手から消えていたのだ。まあ、それで次点に浮上してきたのが「没落貴族」ってのは、リンスター公爵家の凋落を指す訳だから、もっと問題だとは思うんだけど。


 要因は従者君だと思うのだ。


 なのに、父といえば、ずっと家にいて、王宮に伺候する様子がない。時折、出かけたりもしているようだけれど、それは私的な用事らしい。


 父について行こうと計画していたのだが、それを待っていては、いつ従者君に会えるか分からないのだ。


 これでは困る。困るので、自分から行動を起こそうと決心した。


 首をかしげて「お願い」の一本調子じゃ、最近の父はすぐには頷いてくれなくなってしまった。そろそろ次のお願い方法を考えないといけない。我ながら、あざといなあとは思う。でも、娘から父へのお願いなんだし、許されるよね。


 そんなことをつらつらと考えていると、扉が開いた。


 突然、内側から開いたドアにびっくりしてしまった。


 開いた本人の方がよっぽど仰天したようで、細い目を何倍にも見開いていて、うわっと大きな声を上げる。


「し、失礼しました」


 その人は、私に頭を下げた後、部屋の中の父へも謝罪する。そして、扉はそのままに、玄関へと向かった。


 父が私を呼ぶ声が聞こえる。


 でも、私、いいことを思いついてしまった。


「お父様! また後で!」


 そういうと、不審げな声で私を呼ぶ父を無視して、先程の父の部下を追いかける。


 丁度、彼が馬に乗る前に捕まえることができた。


 三週間前に修練場で見守ってくれていたことを感謝すると、彼の目が泳ぎ、顔色が悪くなる。


「いえ、職務……ですので、勿体ないお言葉でございます」


 いやに恐縮した様子で応えてきた。


 どうしてこんなにも怯えた様子なのかしら。


「あの時、私とお友達になった従者君、覚えていらっしゃるかしら? 言伝を頼みたいのですけれど」


「ひっ!? 『従者君』でありますか!?」


 彼は何故か素っ頓狂な声で聞き返してきた。


「修練場で私とご一緒してくださっていた、赤毛の青い瞳の、私より二、三歳お年をお召しになっていらっしゃった方のことですわ。お名前を存じ上げないので、従者君と呼ばせていただいております。私、あの方とまたお会いすると約束しましたの。それで、王城に行きたいのですが、お父様ったら、王宮へお仕事に行かないものだから、私もついていくことが出来なくって、とっても困っておりますのよ!!」


 あ、思わず最後、握る拳と共に台詞にも力が入ってしまった。すると、またもや彼は「ひっ!?」と身体を竦めて、十一歳の小娘ごときを恐る恐る見下ろした。


 こんなに小心者で仕事は大丈夫なのかしらと、ついついいらぬ心配をしてしまいたくなるほどの怯えっぷりだ。


「お父様ってば、ずっと家にいらっしゃるじゃない? そんなので、ちゃんとお仕事を全うできていらっしゃるのかしら? だって、以前は家に帰って来られないぐらいお忙しかったのよ? 王宮へ行く用事がない訳ではないのでしょう?」


「あ、それは……」


 何か言いかけてた父の部下は口をつぐんで、誤魔化すようにぐるりと目を回した。


「できるだけ王宮に伺候しなくていいようにというのが……師団長の意向ですし、私達はそのためにいるといいますか……この間怒らせてしまいましたし……それで」


 随分、歯切れが悪いもの言いである。


 ん? 今、何か重要なことを聞いたような。


「……師団長?」


「は、はい! 陛下も副長も、師団長がご令嬢とご一緒とは知らなかったのです!」


 すみませ~ん。と弱々しい声の幻聴でも聞こえてきそうなほど、情けない顔をしている父の部下。


「師団長って、お父様?」


 私の頭の中で盛大な鐘が鳴り響いた。


 苦節一年と数カ月。やっと父の職業が分かった瞬間だった。


 この人が師団長と呼ぶのは、所属師団の団長だけだ。所属師団以外の団長には「何某師団長」という敬称になるはずだ。


 彼の所属は、王国の五大師兵団の一つで、近衛騎兵団、近衛兵団など、王室と王都を守る兵団を統括する王室師団。王国の要である、その師団の長だけが、王室師団長の名を冠する。


 ……えっ?


 王室師団長?


 ええええええっ!!


 ちょっとばかり、パニックになってしまった。


 現在の王室師団長といえば、十一年前の戦争の立役者で、英雄だ。


 世間のことに疎い私でも、基本学力の授業中に学んだことは知っている。そういえば、他の内容に比べてさらっと流すなあとは思ったものだ。今考えると、父親のことなので、既に知っていると勘違いされていたのかもしれない。


 確かに、誰でも知ってるよね。以前、義弟に物凄くバカにされた気がしたのだが、本当に馬鹿にされていたのだ。


 な、なんてこと……。


 これこそ恥ずかしすぎて誰にも話せないわ。


 ついつい、言葉なく項垂れてしまった私だけれど、逆に初めて知った事実に光明を見た。


「うふふふ」


 知らず洩れる忍び笑いに、「ご令嬢?」と、恐々とかけてくる声。


「どうして王室師団長のお父様が王宮に伺候しなくて許されるのかしら。駄目ですわよね? ちゃんとお仕事はしないといけませんわよね?」


 今度は、私の迫力に若干引き気味になる父の部下。


「お父様が王宮へいらっしゃる時は、あなたもご一緒してくださいますのかしら?」


「あっ……」


 何か言いたげな彼を、上目遣いに見て首をかしげながら、言葉を続けた。この体勢が癖になってる事は自覚している。最近父への効きが悪くなってきたお願いポーズである。


「従者君に伝えていただけるのですものね。私、がんばりますわ」


「かしこまりました」


 諦めたような表情で彼は頭を下げた。


 従者君に会うあてが出来て、私は晴れやかな気分で屋敷へ戻った。


 父の部下の態度に腑に落ちない物を感じていたが、深くは考えなかった。だって、奇妙な態度の人など、私の周りにはいっぱいいるのだ。


 書斎前に戻って扉をノックする。


 父の許可を聞いて、部屋へと足を踏み入れた。


「先程は失礼いたしました」


 私が謝罪すると、父の口元が僅かに綻んだ。


「突然で、驚いたがね」


「修練場でのお礼を伝えていたのです。あの日、私がお仕事の邪魔をしてしまったのではないと宜しいのですが」


 窓際に立つ、父の元へ足を向けた。


 午後の柔らかい光の中、見上げると、父が優しい眼差しで私を見下ろしている。


 うーん。いつもながら首がつらい。


「お父様。座っていただけませんでしょうか」


 私をレディとして扱おうとしてくれる父の気持も嬉しいけども、ずっと見上げながら話をするのも大変なのだ。


 僅かに逡巡したものの、私が「首が痛いです」と告げると、すぐに腰を下ろしてくれた。


 それでも父の方がまだ目線が上だけど、腰をかがめて、視線を同じ高さに合わせてくれる。


「私、心配なのです。お父様、以前は全く帰ってこられなかったでしょう? なのに、今はいつでも家にいらっしゃる」


 何だろう。後ろめたいことでもあるような、罪悪感を持っているような、奇妙な面持ちで父は私の言葉を聞いている。


「いえ、お父様の傍にいつもいられて、私はとても幸せなのです。でも、お仕事がちゃんとできているのか、他の方に迷惑をかけていらっしゃるのではないかと、少し前から、とっても心配なのです」


 できるだけ憂いを帯びた顔に見えるように頑張った。あまり表情に出ていなかったかもしれないけど、瞳はウルウルなるように努力してみた。


 その結果、父は……硬直してしまってるように見える。


 あれ? 予想と異なる反応だった。


 やましいことでもしているような表情は私の言葉に対してだったように思う。でも、動きを止めてしまった奇妙な様子は何だろう。息までも止まっているのではないだろうか。


「お父様?」


 私は座る父の膝に手を置いた。


 ハッと、我に返ったように、父は椅子の上で身を引いて、大きく息を吐く。


「き、君が心配するようなことはない」


 どう見ても異常なほど動揺している。父は時々こんな風に情緒不安定になる。だから、私は守ってもらう立場なのに、父を守りたくなってしまうのだ。


 でも、ここは引いてはいけない。私の目的のために。


「そんなことをおっしゃっても、三週間前には部下の方に迷惑をかけてしまわれた訳でしょう? 街中までわざわざ探しに来られていましたもの」


「迷惑をかけられたのはこっちなんだが……」


 と、呟く父を無視して、私は言葉を紡ぐ。


「もう、三週間も出かけられておりませんわ。それが理由だと思ってるのですが、毎日たくさんのお父様の部下の方達が訪ねて来られます。一週間に一、二度でも王宮へ伺候すれば、皆さまも助かるのではないでしょうか。それに、お父様が私のことを心配されているなら、たまに一緒について行かせてくださいませ。そうすれば寂しくありませんし、私の社会見学にもなります。引き籠りは良くありませんわ、お父様」


 畳みかけるように告げながら、父の手を取って、ぎゅっと握った。


 息を詰めた父の心が揺らいでいるのが分かる。


 駄目押しに、もう一度強く手を握りしめて、上目遣いで父を見つめた。


「私、外の世界に触れてみたい。それがお父様とだったらとても嬉しいです」


 にこりと笑みを浮かべた私に、父は挙動不審になりながら頷いた。


「わかった。考えてみよう。確かに、引き籠りはよろしくない」


 応えてくれる父は何処か可愛らしい。


 父の端正な顔を見つめながら、この人が英雄なんて本当のことなのかしらと、改めて不思議に思う自分がいた。


 十一年前の戦争ということは、私が生まれた頃の話だ。その時父は何歳だったのか。この謎はまだまだ継続中なわけで。


 三十才位に見えて、実は物凄く若作りなのかもしれない。昔思っていたように、やっぱり四十歳ぐらいなのかも。


「では、お父様。早速、明日、参りましょう!」


 父が目を丸くする。その顔は、とても壮年期にある男性には見えない。


 前言撤回、やっぱり若いかも。



主人公視点だけって難しいですね。

辻褄あってる?大丈夫?とか思いながら、ノリと勢いで書いてしまっているので、こまごました所を後々修正していくと思います。


流行りものって恐ろしいですね。

読んでもらえるのは嬉しい半面、とりあえず、ランキング外になっててホッとしている自分がいます。


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