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女騎士はやっぱり無理ですか?

 外出中に、部下の方が父を探しにやってきた。


 親子での初めてのお買いものだったからだろうか、父がとても不機嫌になった。


 部下の方があまりにも可哀そうだったので、助け船を出してみると、私も一緒に王宮へ行くことになってしまった。


 お茶会や貴族の集まり以外で王宮に行くのは初めてだ。


 あ、「お茶会」で思い出してしまった。


 悪役令嬢である私の没落の未来を。いや、悪役令嬢だから没落する訳ではないと思うのだが、どうしてかこの二つをセットにしてしまう。


 しまった。これ以上、国政にかかわるような変な出会いをしたくない。王宮なんて、厄介事の巣窟ではないか。


 揺れる馬車の中、私は向かいに座る父の膝に手をつき、小首を傾げながら見上げた。


「お父様。私、修練場を拝見させていただきたいですわ。近衛兵の広い修練場が外郭にございますよね」


 父は何故か視線を彷徨わせながら、私のお願いに眉を顰めた。


「楽しい所ではないと思うぞ」


「きっと楽しいですわ! 先生からお話に聞くたびに、一度拝見したかったの! こんな機会はもうないと思いますし、お父様が戻って来られるまで大人しくしております!」


 私の熱心さに、父は何も言えなくなってしまったようだ。


 兵士が多く、危険のなさそうな修練場なら父も頷くだろう、と思ったのだ。


 どこにも行かずに、修練場で父を待つという約束をさせられたけれど、私の計算通り許可を出してくれた。子供じゃないのだから、迷子になったりしないのに……と言いたかったが、父にとっては子供だったと思い直して素直に約束した。


 外郭を入った所で急いで馬車を降りると、父が止めるのも聞かずに走り出す。


「では、お父様、後ほど!」


 後ろから、父の部下が追いかけてきたが、私は気にせず修練場へ駆けて行った。


 行儀が悪いのは分かってる。でも、外郭で馬車を降りるなんて初めてのことだし、知らない場所に行くので、ワクワクして、気が急いてしまうのだ。


 広く開けた広場に辿り着いたが、昼下がりだからだろうか、予想していたよりも人が疎らだった。


 子供がいると不審がる人もいるだろうから、兵が少なくて良かったのかもしれない。


 広場の奥からは互いの掛け声と剣を打ち合う音が響いてきた。


 うん。何だか訓練してるって感じがする。


 先生はいないかな、と周囲を探してみたが、さすがにそんな偶然はない。残念だ、少しは期待していたのに。


 しばらく訓練を遠目に見学していた私は、ふと視界をずらした。いつからいたのか、傍らに子供が立っていた。


 子供とはいえ、私よりも二、三歳年上だ。


 服が華美でないので貴族の子弟ではなさそうだ。近衛騎士の従者だろか。この年齢なら、年齢制限のある兵団の兵士ではないだろう。


 穏やかそうな人だ。華のあるタイプではない。平凡という言葉がぴったりくるかもしれない。


 もったりとした濃い茶色の前髪の隙間からのぞく青い瞳が、さわやかな印象を残す。 


 人に安心感を与える純朴な笑顔を浮かべて話しかけてくる彼の声は、ホッとするほど耳に快い。


「どうしたの? 迷子?」


 きっと、この人は優しい人だと、直感する自分がいた。


「いいえ? 父が王宮に用事があるので、ここで待たせてもらっています」


 彼は不思議そうに首をかしげた。


「女の子が待ち合わせするには、相応しくない場所に思うけど」


「皆さんの訓練を見ていれば、学べることも多いですし、私も張り合いが出るのではないかと考えたのです」


 何度か大きく瞬きして彼が口を開く。


「張り合い?」


「私、以前から、騎士という職業に興味があるのです」


 嘘ではない。女騎士の文字が出てきた時に興味を持ったのだ。


 特になりたい訳ではないが、剣の腕を上げれば、女騎士の隣に騎士団員の文字が現れるかもしれないと考えると、かなりワクワクしたものだ。


 エリートの近衛騎士団員の制服を身に付ける私って、カッコイイと思うのよ。


 女性の近衛騎士は極端に少ない。


 もちろん、女騎士の絶対数が少ないので当然ではある。だが、実の所、騎士の力量に魔術の実力も加味されるので、女性にとって騎士が狭き門という訳でもないのだ。実際、剣術、体術の肉弾戦は苦手だが、魔術の腕はぴか一という女騎士も少なくない。


 しかし、近衛騎士になるためには物理攻撃系の腕も一流でないといけない。それが他の騎士団に比べて、極端に近衛騎士団に女性が少ない理由だ。全く女騎士がいない世代もあるという。


「近衛騎士になるためには剣術も必要でしょう?」


 半ば本気で口にしてみた。すると、彼は真剣な表情になって応えてくれる。


「じゃあ、訓練している兵も少ないし、一度体験してみるかい? 服装が動きにくそうだから、ホントに軽くだけど」


 彼は私の言葉をからかったり、バカにしたりはしなかった。この年齢の子供にしてはとても紳士的で、非凡な対応だと感じた。


 この人、素敵だ。


 父や義弟のような艶やかさはない、地味と言って良い雰囲気と身のこなしだけれど、人として上等な人だ。


「よろしくお願いします」


 私が深々と頭を下げると、彼は僅かに口元を緩めた。


「練習用のは向こうだったかな。待っててね。持ってくるから」


 道具を取りに行く時に、父の部下と何やら言葉を交わして、二本の短めの木剣を手にして戻ってくると、一本を私に手渡した。


 彼に相対した私は、再度、丁寧にお辞儀をする。


「よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしく」


 お互い挨拶して、剣を合わせた。


 さすが騎士様に仕える従者である。


 剣術歴四年の私だって、この年齢では強い方だ。


 先生が変わってからの半年はすごく伸びて、年齢にはそぐわない使い手になっている自信があった。だって、女騎士が私の未来に現れるぐらいだもの。


 でもそうね、後三年、先生について学んでも、今のこの人のレベルには届かないのではないかしら。


 強かに剣を打ち払われた時には、私は肩で息をしていた。彼は息一つ切らしていない。


 体力の差は年齢の差? 体格の差? それとも鍛えている差なのかしら。


 いつしか周囲には人が増えていて、私達はちょっとした見せ物になっていたが、彼も私もそんなことに注意を払っていなかった。


「あ、ご、ごめん!」


 慌てて駆け寄る彼に、私はキラキラ輝く目で、尊敬の眼差しを送る。


「思った以上に君が強いから、上手く手加減できなかった」


 そんな風に言ってもらえることが嬉しかった。一瞬でも本気で相手をしてくれるなんて、本当にいい人だ。


「すごいね、君。なれるよ、近衛騎士にだって。いつか一緒に並んで戦えると良いね」


 破顔した彼を、もう平凡とは感じなかった。地味で目立たない人の喜色満面の笑みとか、凶器だとしか思えない。そして、紡ぎ出された言葉の破壊力といったら……一気に心を掴まれる。


 だって、並んで戦おうなんて、そんな素敵なこと言ってもらったことないもの。


 ドキドキしている私へかかる声。


「明日も来る?」


 期待を込めて聞かれた。


 頷いてあげたかったけれど、今日は父と出かけていたからここにいるのであって、用事もないのに子供が王宮に来るなんてできないと思った。


 正直に伝えると、彼は不思議そうに口を開いた。


 外郭までならよほどのことがない限り止められることがないのだという。そもそも私が貴族の子供なら、全く問題がないらしい。


「でも、お勉強もあるし、毎日出かけるなんて出来ないわ」


 彼は納得して頷いてくれた。


「君についている護衛は王室師団の者だね。ここに来る時は彼に伝言を頼んでよ。そうしたら、必ず顔を出すから。僕はまた君に会いたい」


 あら?


「君の時間を僕にくれないか?」


 あらあらあら?


 私が返事しないことで我に返ったらしく、彼は耳まで真っ赤になって口ごもった。


「ご、ごめん。僕、す、すごく恥ずかしいことを言ってるよね」


 うん。恥ずかしいだろうなと思う。もし言ったのが私だったら即行、踵を返しているところだわ。


 でも、他人が自分の台詞に恥ずかしがっているのって、こんなに楽しいものなのね。


 あまりに楽しかったので、私は父や義弟へ向けるのと同じ笑みを浮かべていた。


「はい。また来ますね」


 私が告げると、彼は嬉しそうに王宮へ向かって駆け出して行った。約束だよという言葉を残して。


 それほど時間を置かずに父が迎えに来てくれた。


 父が姿を現した時に、場の雰囲気ががらりと変わったような気がした。なぜかしら、先程まで感じていた暖かい眼差しが、一気に氷点下まで下がったように思えたのは。


 お仕事はもういいのかしらと見上げると、優しく微笑む父の顔があった。


 何の含みもないお父様の笑顔なんて珍しい。と、考えた私と全く同じことを父も考えていたようだ。


「機嫌が良いな。何か良いことがあったのか?」


 にこにこ顔で、そう尋ねられた。


 つまり、私はそれほど楽しそうに笑っていた訳ですね。


「お友達ができるって、素晴らしいことですわね」


 先程の少年の澄んだ青い瞳を思い出しながら、私は彼の名を知らないことに気がついた。


 便宜的に従者君と呼ぶことにする。


 固唾を呑んで私と父とのやり取りを見守っている多くの兵士たちが、父の視界に入らないように必死に息を潜めて距離を取っていたことに一抹の不安を覚えたけれど、概ね有意義な外郭訪問となった。


 自分についていてくれた父の部下が、私と従者君の間の手伝いをしてくれるようになるのはまだ先のこと。


 この時、彼がこの世の終わりのような青い顔をしていた理由など、私には全く思い当たる節がなかったが、どうやら父が原因ではないことだけは確かだった。








 身体が大きく揺れた。


 ハッとして僅かに身を起こす。


 隣には大きな父の身体があって、その左腕が私を抱え込むようにして支えてくれている。


 馬車に揺られながら眠ってしまった私に肩を貸すため、いつの間にか隣に移動してくれていたらしい。


 そんなことに思考を巡らせながら、またもウトウトとまどろみに入って行く私の脳裏へ浮かぶ文字。


 夢うつつで、ぼんやりと「没落公爵令嬢」の文字を見る。随分後ろに下がっているわと、むにゃむにゃ独りごちながら、私は夢の世界へと落ちて行った。



地味系キャラのつもりが、あまり地味にならなかった従者君。

ご都合主義の変な設定にしてしまいました。

……最後の部分で、誰か分かりますよね?

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