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いつまでも籠の鳥じゃないのです

 最近ずっと浮かれてる。


 毎日地に足がついていない、現実感が薄いこの感覚には覚えがあった。


 義弟が屋敷に来た時の高揚感と同じだった。あの時は初めての友達、今回は初めての女友達だ。


 前回は舞い上がりすぎて失敗してしまったが、同じ失敗は繰り返さないようにと心に強く誓った。


 今日も先生と一緒に彼女が顔を出してくれる。


 毎日美少女を間近で眺められるなんて、幸せで嬉しくて楽しい。


 そう幸せを噛みしめながら朝食室でベーコンをつついていると、義弟にバカ面と言われてしまった。そんなに顔に出ていたかしら。


 咄嗟に頬に触れてみた。無意識に自分がどんな表情をしていたかなんて、解るはずもない。


「恋でもしてるように見える」


 義弟が苦々しい口調で言った言葉が可笑しくて、私は笑ってしまった。


「見えると言っただけだ。その顔は前にも見てるからな。毎日楽しそうだ」


 そんなことを言って、彼は朝食室を後にした。


 彼は近頃忙しい。


 今日も午前の練習の前に人に会うと言っていた。例の商会関係の人らしい。


「そっちだって、楽しそうよ」


 父も義弟も去って一人になった朝食室で独りごちてみる。誰もいなくなると、やけに声が大きく聞こえた。まあ、従僕が入口の所や食べ物を置いてあるテーブルの傍に立っているので、厳密には一人じゃないんだけど。


 皿へのせた物を食べきると、私は席を立った。


 慌てて従僕が寄ってくるが、私は片手でそれを止めた。


 怪我をしてから二週間経っている。もう、とうに痛みもないし、引き摺りはするが自分で歩けるぐらいに回復しているつもりだ。


「お父様も呼ばなくて結構よ。このまま一階のソファーで先生達がお越しになるのを待ちます。あ、私の部屋から読みかけの本を誰かに持って来させていただけるかしら」


 躊躇いながらも従僕が頭を下げて一歩後ろに下がった。


 ゆっくり移動する私を心配そうに見守る目。もう痛くもないし、放っておいてほしいんだけどなあ。とは思うものの、従僕達の主人の娘に何かあっては困るという気持も理解できない訳ではないので、この視線にひたすら耐えるしかないのだ。


 開けてもらった扉を通って廊下に出ると、向こうから父がやってくる。結局従僕が父に知らせたらしい。


 この屋敷では私の命令は二番手だ。父の命令に優先権があるのは当たり前。


 本当に必要ないのになあ。


 抱き上げようとした父を止めて、腕を貸してもらうことにする。ただ、この身長差で腕を借りるのは結構つらいものがある。義弟に肩を借りる方がよほど楽だ。


「お父様、もう二週間です。そろそろ一人で歩かせてくださいまし」


「しかし、骨折はおかしな形で骨がくっついたり、後遺症が残ったりするではないか」


「それは戦時中の体験でしょう? 私はすぐに先生に応急処置をしていただきましたし、お医者様にも診ていただきました。何も問題がないと、昨日もお医者様に言われた所ですよ?」


 そうなのだ。父は何やら骨折にトラウマがあるらしく、本気で後遺症が残ると信じているらしい。


 戦時中に骨折しても私のように恵まれた処置がないだろうことは理解できる。きっと、当時の父の部下や戦友に骨折の後遺症が残った人がいるのだ。


 部屋についてソファーに腰を下ろすと、父を見上げて言葉を紡いだ。


「私の指は曲がっていません。ご覧にいれましょうか?」


 そう口にしてスカートをたくし上げようとすると、父は慌てて私の手を押さえた。


「レディのすることではない」


「そうですね。でも、見ていただかないと、お父様が信じてくださらないのでしょう?」


 と言って、もう一度スカートをたくし上げようとしてみたが、すかさず父が止める。


「君は時々ワザと不躾に振舞うな」


「はい。だって、親への悪戯は子供の特権ですもの」


 そう応えて私が笑うと、父はそっと視線を外した。


 あら? 照れていらっしゃる?


 僅かな沈黙の後、父の唇の端が微かに上がった気がした。


「そうだ。親子だ。怪我を確認してもおかしくない」


 冗談ではなく、自らへ言い聞かせているかのように口にして、意を決した父は隣に座ると、私の両足を膝にのせた。


 丁度、私の本を持ってきた侍女に替えの包帯を持ってこさせ、私のふくらはぎの部分にあった包帯の結び目を解く。


 するすると解ける白い包帯の下から、普段光に当たらない私の白い素足が現れていく。


 驚きすぎて声のない私を無視するかのように、作業を進める父。私はうろたえ過ぎて、どうすればいいのか分からなかった。


 指先まで露わになると、添え木を横に置いて、父は足首を持って少し持ち上げた。そっと私の左足の人差し指を撫でる。


 優しく触れる手がこそばゆい。


「お、お父様! もうよろしいでしょう!」


 慌てて出した声が、狼狽に掠れている気がする。顔だって赤くなってるはずだ。


「ふむ。確かにきれいなものだ」


 今にも笑い出しそうな口元と、悪戯っ子の様な目に私はドキドキした。


 父の手が、足の先からふくらはぎまで、殊更ゆっくりと、丁寧に包帯を巻きなおす。膝まで上げられたドレスがあまりに無作法で、私は顔も上げられなかった。


 明らかに逆襲されている。


「これも親から子への許される範囲だな」


 父は楽しそうに言う。


 何も返せなくて私が父を上目遣いに睨み付けていると、開け放たれていた扉から執事が顔を出した。


「失礼いたします、閣下。お客様でございます」


「書斎に通してくれ。すぐに行く」


 言葉に答えて執事が客への対応に行くと、父は包帯を巻き終わった足を床に下ろして、私のスカートを調えた。


「歩くなとは言わないが、無理はしないように」


 と残して、父は部屋を出て行った。


 その後姿を見送りつつ、負けた気がして悔しかった。


 一人で唸っていると、私の方にもお客様が来たので、慌てて平静を装う。


 この時間に来るのはマーレイ伯爵家の兄妹だ。


 執事に案内されて麗しの兄妹が部屋に足を踏み入れた。


 立ち上がりかけた私の元に美少女が駆け寄ってきて、私の動きを制したけれども。


「ごきげんよう。だめですよ、立ち上がっては。作法なんて気にしてはいけないとずっと言ってますのに」


「ごきげんよう。先ほど、お父様ともちょっとした口論になったのだけれど、私の足はもう立つぐらいなら何ともないのですよ?」


「でも、変な形のまま治ったり、後々問題が残ったりするじゃないですか!」


「それは碌な治療をしてもらえなかった時の話でございましょう? 何も問題がないと昨日お医者様に言われました」


 あれ? この会話に覚えがある。さっきも同じような会話をしたような気がする。父と。


 不思議に思って、首を傾げながら少女を見た。


「どうしてあなたもお父様も変形したり後遺症が残ると思い込んでるのかしら」


「思い込みじゃありません! 本当なんですよ!」


 拳を握り、頬を仄かにピンクに染めながら力説する様子が可憐だ。


 側に佇む先生から忍び笑いが聞こえた。


「おそらく、師団長も幼少時に叔父上に脅されたのでしょうね」


「お兄様?」


「師団長も、幼い頃は随分やんちゃだったようです」


 珍しく、先生が本当に楽しそうだ。


 詳しく話してもらったところ、叔父上というのは現マ―レイ伯爵のすぐ下の弟のことだそうだ。現在の役職でいうと「将軍」であるらしい。当主の弟が将軍で、長男が第二師団長というのは、かなりすごい家系なのではないだろうか。


 当の将軍だが、若い頃に骨折し、左手の指が見て判断できるほど曲がっているらしい。更には、その指を見せながらのお説教が大好きなのだそうだ。無茶をする子供達を戒めるために、怪我の恐ろしさを語るらしい。


「師団長は幼少期のほとんどを兄と過ごしていたそうですから、その時に刷り込まれたのではないかと思いますよ」


「でも、お兄様。叔父上の手は本当に」


「だから、適切な処置を迅速に行えば、あんな風にはならないんだよ。叔父上の状況は特殊なんだ」


 先生の物言いが少し引っかかった。特殊ということは戦時中だったからという訳ではないらしい。でも、敢えて言及しないのは明らかにしにくいことなのか、もしくは明らかにしてはいけないのかもしれない。


「先生は刷り込まれてませんのね。応急処置も的確でしたし」


 普通は十歳ぐらいで気づくと思うんですけどね。と彼は思い出し笑いをする。


「兄も二十歳ぐらいまで信じていましたよ」


 兄とは父の友人である第二師団長のことだろう。父と彼女のトラウマは幼少時の将軍の説教な訳だ。


 私は先生と目を合わせて笑った。その傍らで、マ―レン伯爵令嬢が頬を膨らませて拗ねている。


 ああ、可愛らしすぎる。


 しばらく美少女ぶりを堪能していた私は、先生が義弟の授業へ向かうのを横目に、彼女に話しかけた。


「もう歩いても大丈夫だと、納得していただけまして?」


 尚も言い募ろうとした少女。けれど、機先を制して言葉をたたみかけてみた。


「このまま、また部屋でおしゃべりしたり本を読んだりだけでは、少々物足りなく感じませんこと? いえ、おしゃべりが楽しくないと言ってる訳ではございませんのよ。ただ、この二週間、まともに外の空気を吸っていないのですのよ、私。短い時間なら庭を散歩しても良いのではないかと思いますの。父にも許可をもらえたことですし、肩をお貸しくださいますか?」


 私の言葉を聞きながら、何度も口を挟みかけ、何度も瞬きする美少女の様子に笑いたくなってしまう。


 意地悪でごめんなさいね。そう心の中で思いながら、口を閉じ、答えを待った。


 僅かの逡巡は、告げられた内容を理解しようとしていたのだろう。今、戸惑った表情をしているのは、上手く私にのせられているとでも考えているのかしら。


「はい。是非お手伝いさせてください」


 表情は若干固かったけれど、微笑みと共に肯定を返してくれた。


 うっ……何故かしら、ほんの少しの罪悪感を感じてしまったわ。


 立ち上がって彼女の肩に手を置くと、そのまま庭へと足を向けた。駆け寄ろうとする従僕へは眼差しと手で牽制する。


 私の幸せな時間を邪魔しないでいただきたいものね。


「先生の授業を見学に参りましょう。あなたも興味があるのではないかしら」


 美少女の夢は近衛騎士団に入ることなのだと、先日教えてもらっている。なら、その近衛騎士の兄の授業に興味があるのではないかと思ったのだ。普段教えてもらえないとも言っていたし。


 彼女の黒曜石の瞳が輝いて、嬉しそうに笑った。


 あまりに素敵で、私の心臓はまたもドキドキが止まらくなってしまった。

 

 どうしましょう。


 このまま彼女と近衛騎士を目指すのも悪くないのではないか、と考えてしまう私がいる。


 だって、従者君にも一緒に並んで戦えたらいいねって誘われていることだし、三人で近衛騎士なんて素敵じゃない?


 嘘から出た真、なんて無理かしら?


 何てことを考えて心の中でミーハーしていた私は、夜寝る前になって思い出すのである、近衛騎士団の上に父である王室師団長がいることを。


 ……それは嫌だな。

2話連続で、何が書きたいのか解らなくなってしまいました。

主人公が怪我して動けないので何もできない;;

とりあえず、日常ってことで……。

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