とある師団長の憂鬱 (第二師団長視点)
三話入っています。そして時間が飛んでます。
でもどれも第二師団長の視点なので、同時に上げます。
主人公がお父様の職業に気づいた後に入れたいので、時間軸が行ったり来たりしますがここに入れさせてください。
「弓兵に興味はありませんが」の話が「王子殿下について」を前提で書いたので、先にアップしておきたかったのです。
● 幼馴染について(「女公爵になりたくない!」の頃の話。主人公八歳)
その時、汚い話ではあるが、私は飲んでいた酒を噴き出してしまった。それ程に衝撃的な内容の発言だったという訳だ。
何しろこの国でも有数の名誉ある地位についている男が、その地位を放り投げるような言葉を吐いたのだ。
これが五十歳も過ぎた老齢に差し掛かった男であれば、このような驚き方はしない。だが、目の前の男は、私と同じ年の友人である。私といえば、まだまだ壮健で丁度脂がのり始めた頃だ。引退などとんでもない話で、後二十年は最低でも地位にしがみついてやろうと考えている。
実のところ、我々は三十歳にも満たない若造で、先の戦で先人が亡くなったり傷ついたりしたために高い地位についているにすぎないヒヨッコなのだ。引退など考える年齢ではなく、上昇志向で野心溢れる若者だ。そのはずなのだ。
それが、久しぶりの酒の席で口にした言葉が、師団長の辞め方とは、誰が想像できるというのだ。時間が欲しいから辞めたいと、飄々と告げるこの友人の頭を殴りたくなった。私はやっと第二師団長の地位を手に入れた所だって言うのに。
元々奴が望んでいた地位ではないし、十七歳のあの時から、奴が前陛下を恨んでいることも知っている。それでも、リンスター公爵位にしても、王室師団長にしても、辞めることはできないだろう。辞めさせてもらえないはずだ。
前国王と故王弟殿下の策略だったとしても、奴が全く望んでいなかったことだったとしても、リンスター公爵であり、現在の王室師団長が七年前の戦争の英雄であることは厳然たる事実だからだ。
私は自らを落ち着かせるために、殊更酒を喉へ流し込んだ。
「やりたいことでもあるのか?」
「子育て」
再び、私は酒を噴き出す。
今、子育てと言ったか? お前、いつ子供を持った? 荒れてた頃の落としだねか?
息子にしろ、娘にしろ、私生児とその母親をそのまま放っておくほど無責任な男ではない。それがどのような方法であれ、責任を取ろうとはするだろう。
「二人とも八歳なんだ。俺達が八歳の時って、毎日泥まみれになって冒険してさ、いつもワクワクして、怒られても楽しかったよな」
遠い目をして奴が言う。こんなことを言う奴ではなかった。少なくともここ八年は。しかし、確かに子供の頃は違った。
奴がリンスター公爵家に引き取られるまで、私達は毎日遊び回っていた。剣術も勉強も、私達にとっては遊びの延長だった。
「八歳の頃なんてさ、お前の親父さんや叔父さんに怒られながら、それでも楽しくて毎日笑ってた。子供はそうじゃないと駄目だと思うんだ」
友人の言葉に、十二歳の時の彼の顔が思い出された。あれは、リンスターの炎を暴走させた後のことだった。親友は親友ではなくなっていた。一人だけ駆け足で大人になったような不自然さを感じたものだ。
その五年後、友人はいつの間にか戦争の英雄になっていた。十七歳の時だった。その時から、心から笑っている姿を見たことがない。まあ、辺境暮らしの長かった俺が、奴の八年間を本当に知っているのかと言われれば否定せざるを得ないが。
この友人がこんなことを言うのなら、彼の子供達は子供らしくないのだろうと推測できた。
ふと半年前に耳にした報告を思い出した。
近衛騎士団と第三師団が連携を組んだ件があったはずだ。その時は古巣の力を借りただけだと、特別なことは考えなかった。
しかし、リンスター公爵、魔術部隊、子供と並べば、思い当たる事象が一つある。
十二歳の頃の記憶がよみがえる。友人の魔力の暴走。恐ろしいほどの力。
暴走を止めたのは当時第三師団の魔術部隊にいた女性だった。そして、その後の友人を支えたのは第三師団副師団長であった前公爵だった。
あれと同じことが半年前に起こったのかもしれない。八歳の子供の一人は、かつての十二歳の時の友人と同じなのかもしれない。
前公爵のように、あの時握ってくれた手のようになりたいのだろうか。
奴の心中など、身に余る力を持ったことのない私には到底理解できるものではないし、恐ろしいほどの力を持ち英雄に祭り上げられた、かつての親友の心の闇など理解したいとも思わない。
だが、久しぶりに会った友人は、昔の親友を思わせた。何らかの心境の変化があったことは確かだ。その原因が子供達だったとすればなお良い。
友人の変化を歓迎し、喜んでいる自分がいた。
「子供ねえ。まあ、無理だろうけどな、辞めるってのは」
「側にいてやりたいのに、今のままでは、忙しすぎて夜にしか帰れない」
友人は困ったような、それでいて優しい顔で髪をかきあげた。
まあ、女受けする顔だし、どんなに悪評が立っても女が切れなかった理由が解るよな、こういう姿を見てるとさ。
地位や名誉がない時から、こいつはモテた。忌わしいことに、当時すでに子爵だった私の何倍もモテた。本人にその気がないから余計に腹が立ったものだった。
「夜遊びを止めたなら、少し余裕できたんじゃないのか」
「昼に自由が欲しい。まだ八歳の子供たちだぞ、夜は八時には寝てしまうんだ」
そりゃそうだと、納得するしかない。
「じゃあ、とりあえず、我儘でも言ってみればどうだ? 私は書類仕事のほとんどを部下がしてくれているお陰か、結構自由になる時間があるぞ」
そうアドバイスをしてみると、奴は名案だとでも言うように笑った。それは戦争前の、まだ子供だった時の笑いに似ていた。
後日、色々な人に泣きつかれることになるなど、予測していなかった。予測してしかるべきだったのかもしれないのに。
そして、奴の我儘ほうだい師団長時代が訪れるのである。仕事が回ってくる私達にはとんだ迷惑な話であった。
……墓穴を掘ったのは私だが。
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● 王子殿下について
(「あざとさも令嬢には必要です」の後の話。主人公十一歳)
元々は我が叔父上が、第一王子の武術指南役を務めていた。
叔父上は現マーレイ伯爵の弟で、現在、国王を除いたこの国の軍事最高責任者「将軍」である。
伝統的に、王家の男性に剣術を教えるのは、大抵マーレイ伯爵家の者だ。決まり事ではないので、時折マーレイ伯爵家とは関わりのない者が指導を行うことがある。しかし、国王の武術指南役は今まで例外なくマーレイ伯爵家の者だった。
始まりは偶然だったのだろう。おそらく、将軍を多く輩出しているマーレイ家の者が指南した国王が続いた時代があったのだろう。いつしかそれは慣例になり、王太子には必ずマーレイ伯爵家の者が指南するようになった。
だから、私は将来的に現第一王子の息子を指南することになるのだろうと漠然と考えていた。そう考えると、まだ生まれてもいないのに、未来の第一王子を待ちわびる気持ちがあった。……現在の第一王子がまだ子供だというのに。
きっと叔父上もこんな気持ちだったのだろうとは想像できる。なぜなら、王子を目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりだからだ。
叔父上が第一王子の指南役を始めた頃、つまり、隣国との戦争が和平交渉に入っていた時だ。私はたかだか第二師団第一連隊に所属する小隊長だった。隣国の兵と睨みあう最前線の砦に詰めていた。
そして、和平が成り、戦が終わった後も、中隊長として残された。
そうなのだ。私は戦後の十八歳から二十三歳の若さ溢れる五年を辺境の、敵意に晒された砦で過ごすことになったのだ。絶対に、叔父上の計略だったのだと思う。そりゃ、手足になって動く身内が緊張の国境線にいれば便利だろう。更にはその便利なコマは爵位がある。外交手段に使い易いのも理解できる。
小競り合いに近い問題が持ち上がる度に駆り出され、隣国との話し合いの席に着く。その時は中隊長としてではなく、マ―レイ伯爵嫡男としての子爵としてだ。兵士としての私は中隊長であったが、子爵としての私は何故か外務省に属しているという、不可思議な現象が起こっていた。これが計略と言わずして何と言うのだ。
隣国との交渉に駆り出され、王都との連絡役を兼ねながら、第二師団の兵士も全うしていた。全権大使として隣国に赴いたことすらある。
気がつけば、私の肩書は恐ろしいことになっていた。更には中隊長として残ったはずなのに、大隊長となり、砦の司令官として砦全体を掌握することになったのは三年も過ぎた頃だった。その頃には、戦も過去になり始めていた。国境線のいざこざも数を減らし、平和な日々が続くようになっていた。
そういう状況にあった私が、幼い第一王子と出会う機会など殆どなかった。個人的に話す機会なども持てるはずがなく、私は王子のことを全く知らなかった。二十歳そこそこの地方勤務の若造が、国家の中枢で起こっていることに興味がないのも仕方のないことだったと思うのだ。
国境の砦に赴任して五年。国王の崩御と共に、私は王都に呼び戻された。
新国王の新体制作りのためだということは簡単に察せられた。
友人は王室師団の団長になり、私は第二師団の副師団長となった。当時第二師団長だった叔父は将軍になっていた。
そして、後に、叔父から何故か第一王子の武術指南役を譲られた。
第一王子の評判は、良くも悪くも普通だ。
友人は弟の第二王子の方が聡明で国王に向いているのかもしれないと口にしたことがある。
王としての資質がそのまま人物の好悪に繋がる訳ではないが、イメージとしては残った訳で、私が十一歳の王子と会った時には凡庸な印象しか持てなかった。
真面目でおっとりしていて、覇気が薄い。我が強くなく、大抵は生母である第一側妃の影に隠れている。金髪碧眼で整った顔と、同年齢の中でも高い身長は人目を引いてもおかしくないのに、どことなく目立たない方だった。
第二王子は七歳にしてカリスマがあるように感じるのに、この王子には人を圧倒するような何かが決定的に欠けている気がした。しかし、そういう資質は平和な時においては望ましいものだ。前国王は我が強く自信家だった。だからこそ戦争が起こってしまった。現在の国王に似ていながら、より消極的な王子なら、平和を壊そうとはしないはずだ。それに、この王子は特に優秀ではないものの、どうしようもないほど愚かという訳ではなかった。温厚であるということは、それだけで特筆すべき長所でもある。
更には、その恵まれた体格と、生来の身体能力で、剣術、体術、槍術、馬術、弓術などの武術に関しては目を見張るほどの能力を見せた。穏やかな性格ゆえか、弓術においては大人顔負けの命中率を誇る。背が伸び、身体ができ始める頃に、より大きな弓を扱わせたらその威力は凄まじいことになりそうだ。
本人も、机に座って本を開いているよりも、武術の訓練の方を好んでいるようでもある。
第一王子の武術指南役について二年。総じて私の殿下への評価は出会った頃と比べて、かなり高くなっていたのだ。
ただ、無口ではないのだが、おしゃべりではなく、大体において物静かで、彼は一般の子供より大人しいのが引っかかる。精神的には年相応ではあるが、いわゆる反抗や抵抗をしない。この年齢なら、そろそろ子供特有の反抗期に入っていても良いようなものだが、そういった部分は全く見受けられなかった。弟達のその頃の様子に比べても、穏やか過ぎるきらいがある。
二年も指南しているというのに、私事の話は数度しか交わしたことがないほどだ。
まあ、王子と臣下なのだから、私事を軽々しく話す関係ではないと言われれば、その通りではあるのだが。
そんなこんなで、二年間上手くやってきたし、これからも同様の調子で、十五歳で進学するまで続くのだと思っていた。
しかし、ある日、変な所で第一王子を見つけてしまった。
近衛兵団の修練場で、目を引く太刀筋の少年がいた。
歳の頃は十三、四歳の赤毛の少年が、王室師団の若い兵士と木剣で打ち合っていた。少年が兵士を鍛えているように見える。
年齢に似合わない上級者の太刀筋を持っているなと思った瞬間、その太刀筋に覚えがあることに気がついた。すぐに答えが頭に浮かぶ。
外見を変えていても、動きを見れば一目で判る。髪の色は金ではなく赤毛ではあったが、明らかに第一王子だった。
慌てて周囲を見回すが、気づいているのは自分だけだった。
何をしているんだ、あの方は!
驚いた私は、呆然と立ち尽くして王子を見つめることしかできなかった。
やがて、訓練を終えた二人はその場を後にする。その足は王宮に向かっていた。
ややパニックになってしまったが、何事もなかったようだし、何らかの息抜きだったのかもしれないと自分を納得させ、とりあえず忘れることにした。
たまに破目を外すのは良いことだしな。たまになら。
そう思ったのだが、後日、妹と歩いている時に二回目に遭遇してしまった。
今度は同じ年ぐらいの少女と一緒だった。秘密の恋人か?と、思わず下世話なことを考えてしまったのは許して欲しい。私もまだまだ若いのだ。
どこかで見たことのある少女だとも思ったが、もし相対して話しかけるとするならば、はじめましての挨拶で良いはずだ。
少女と楽しそうに剣を合わせる赤毛の少年を遠目に見ながら、私は頭を掻いた。
以前剣を合わせていた若い兵士が傍らで見守っている。普段から王室師団の者を側に付けているようだし、心配することはないのかもしれない。
「大兄様?」
可愛い妹が腕に縋りつきながら見上げてくる。
「あそこで修練しているご令嬢を知っているか?」
「私が知っている訳ないって解っていて聞いていますね。子供のお茶会やパーティが嫌いなの御存じでしょう? でも、お手合わせしてみたいです。私の方が強いと思いますけど」
「同じぐらいの子供でお前に勝てる奴などいる訳がない」
「でも、悔しいけど、相手の方には勝てないと思います」
「それは当然だ」
そう返した後、「お前に負けるようでは私が困る」と呟いた声は妹には届かなかったようだ。
私はどこか懐かしい気がした少女と第一王子に背を向けて、妹と共にその場を後にした。
誰に似ているのか思い出したのは数日後のことだった。
少女は、私達の少年時代、暴走した親友の手を取った第三師団魔術部隊の女性の姿に良く似ていた。
彼女が数年前に、友人が言っていた二人の子供の内の一人なのだと気づいたのは更に後のことだった。
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● 王子の友人、つまり友人の娘について
(「伯爵令嬢は風と共に」の裏です。主人公十一歳)
王室師団本部に団長が顔を出しているという情報は瞬く間に王城内を駆け巡った。
師団長の地位を退きたい彼は、事あるごとに我儘ともとれる注文を突き付ける。そのうちの一つが、子供達との時間を邪魔するなという命令である。
王室師団長の姿を見ない日はないと言われるほどの仕事の鬼だった奴が、一転百八十度態度を変えたものだから、周囲の人間にとってはたまったものではない。焚きつけたのは私なので、それをとやかく言う資格はないのだが、とにかく徹底しすぎなのだ。
昔から要領が良いのか悪いのか分からない奴ではあった。
それはそうとして、丁度第一王子の指南が終わって王宮にいた私は、せっかく二人とも同じ所にいるのだから久しぶりに会っておこうかと、王宮の方の奴の執務室に顔を出してやった。
そこで妹が引き起こしたとんでもないことを聞く羽目に陥るとは予想すらできなかったがな。
奴に報告に来た王室師団員に覚えがあった。第一王子と修練場にいた兵士だ。
話を聞くと、どうも彼は王子つきの兵士ではなく、王室師団長の娘が王城にいる時の護衛に選ばれているだけらしい。
その娘が怪我をして動けなくなっているそうだ。今は怪我の時にその場に居合わせた私の弟と妹が側に付いているようだ。弟に関しては公爵令嬢の剣の指南役なので、理解できる。しかし、なぜそこにトラブルメーカーの妹がいる?
嫌な予感がして、一瞬血流が下がったような気がした。
そんな私の傍らで、私以上に動揺している奴がいる。
慌てて近衛兵団の本部へ走って行こうとした奴の首根っこを捕まえて、我に返らせてやった。
「お前、今、走って行こうとしただろう。王宮まで馬車で来ているなら馬車で行くべきだ。お前の可愛い娘は歩けないのだろう? ほら、そこの君、師団長の馬車の用意だ」
最後に扉の所に立っていた近衛騎士へ命令すると、彼は急いでその場から走り去った。
友人と報告に来た兵士を伴って王宮を後にする。もちろん奴の馬車がちゃんと用意されていた。
「馬で駆けた方が早い」
「今すぐ死ぬような怪我や病気じゃあるまいし、数分到着がずれるからと言って何かが起こる訳じゃないだろうが。落ちつけよ」
彼を無理やり馬車に乗せ、私は出発を促した。
友人の変わり様には驚いたが、私は純粋に嬉しかった。
随分昔に、隣国の密偵の捕り物を偶然手伝ってもらったことがあった。あの時の密偵への容赦のなさは背筋が凍るほどだった。それが友人だとは認められない自分がいた。
今は明らかに違う。あの頃の面影など何処にもなかった。
近衛兵団の師団長室に駆け込むと、見覚えのある少女が、妹の手を握っていた。第一王子と共にいた所を見かけた少女だった。その顔が恍惚としているように見えたのは気のせいだろうか。
妹が私を呼ぶと、少女がこちらを一瞥する。私が誰か知っているようだ。
初めて彼女を近い位置から見た私は、言葉を失ってしまった。
一度見ると忘れられない、希有な瞳だ。以前遠目で見かけた時は、その瞳の色までは気がつかなかった。美しい紫の瞳が、友人を見つめている。
そして、少女を見る友人の瞳が、今まで見たこともないほど優しい色になる。
なるほどと思う。彼女がこの男を変えたのだ。
目の前で繰り広げられるホームドラマに、思わず笑い出したい衝動に駆られたが、何とか踏み留まった。弟の方を見ると、私と同じような表情をしている。
冷酷な炎とまで呼ばれた戦争の英雄の、この崩壊ぷりは何なんだ。
弟から多少話を聞いていたものの、ここまでとは予想していなかったのだ。少女の外見だけでも聞いていれば少しは推察できていたかもしれないが。
移動のために、照れながら娘を抱き上げる友人を呆れたように見てしまう。照れを感じる羞恥心など遠い昔に捨て去った癖に。と、毒づきたくなるのも仕方がないだろう。
まあ、微笑ましい光景であることは確かで、友人の不幸を望んでいる訳ではないので、幸せそうで良かったなとも思っている。
結局の所、友人の様子に、私は楽しくて仕方がなかったのだ。
だから思わず、昔のように苦言も呈してみた。
公爵令嬢の出自は姿を見れば明らかだ。
今はまだ子供だから問題にはならないだろう。しかし、数年後に社交界へデビューすれば取り沙汰されるに違いない。
そして、今現在、そのことに気づいているのは恐らく当事者を除けば私だけなのだ。
友人の奇妙な親子関係が崩壊するまで、私は失言しないように肝に銘じなければいけないらしい。
それはまた、難しい注文だな。
去って行く馬車を見送りながら、私はため息をついた。
「で、何故お前は公爵令嬢に怪我何ぞさせていたのだ?」
逃げ出そうとしていた妹の首根っこを掴まえる。
「あの、えっと……階段を降りるのが面倒だったの」
「階段の壁を乗り越えたのか」
弟が呆れた口調で言葉を受け継ぐと、妹は言いづらそうに更に続けた。
「そう。そうしたら下に彼女がいて、受け止めてくれたの。勢い余って倒れてしまったのだけども」
うちの家系は、どうしてこうやんちゃ者ばかりが生まれるのだろうか。
「リンスター公爵家への訪問と義母上の買い物の付き添い以外の外出を禁止する。しばらく、深窓の令嬢でいてもらおう」
そう告げると、妹はこの世の終わりとばかりに情けない声を上げたのだった。




