8レディ
―――嫌なやつ―――
ラモーナじゃない。
でも彼女はぼくの味方の気がする。
多分、白い腕を持つ人。
―――そうね、敵じゃないわ。リック、あなたの味方でありたいわ。あんな嫌な奴よりはね―――
彼女でいいんだよね。
君は。
―――そうね。正確にはどちらでもないけど……。よくレディとかミスとか呼ばれていたし……、問題はないのじゃないかしら―――
「レディ。……君に名前はないの?」
―――あるわよ。決まっているじゃない―――
彼女の小ばかにした言い方がぼくを笑わせた。
「教えて。レディ。君の名前を」
―――だめ。リック、あなたが見つけて。さぁ、ラモーナを見つけたわ。ほら、あそこ―――
そこにはラモーナと女性がいた。
きっと彼女がフィロアだろう。
―――そう、あれがフィロアよ。ああ、フィロアもこちらに気がついたみたい……―――
==ハイ♪ ****==
どうやらフィロアはぼくを見る気はないらしい。
ぼくのレディに手を振り、呼びかけている。
『おにぃちゃん』
ラモーナがぼくの袖をそっとひいた。
「なぁに、ラモーナ」
ラモーナがぼくを心配そうに見上げている。
『おにぃちゃん、何か嫌なことがあった? 誰かにいじめられたの?』
ぼくはラモーナの勘の良さに驚いた。
それともそれほどまでに見え見えだったのだろうか?
「フィロアって美人だね」
ぼくは話題を変えた。
『うん。でしょお。あ! 今日はおにぃちゃんにも見えるんだねぇ』
ラモーナは話題を変えられたことを気にも留めず、こんな素敵なことはないとばかりに嬉しそうに手を叩いた。
かわいいワンピースがそのしぐさに合わせてふわりと揺れた。
「ラモーナのほうがぼくは好きだな」
『うそつき』
そう囁くラモーナの声が妙に大人っぽかった。
「嘘? 本当にそう思っているのにひどいな」
ラモーナは騙されないっと言わんばかりに顔をしかめ、ぼくを睨んだ。
疑われるだなんて思いもしなかったぼくは少しまごつく。
『あら、フィロアは誰よりも美人だもん。そんなフィロアよりあたしの方がいいなんて嘘以外の何なの? ほら、ね』
ラモーナの言葉にぼくは笑った。
「ラモーナ、フィロアは確かにすっごい美人だよ。でもね、一歩引いて見る分にはいいけど、側にいてほしいと思えるのはぼくにはラモーナだもの」
ラモーナは照れくさそうにそっと頬を染め、ぼくを見上げた。
だって、ぼくを見てくれるのは『素敵なフィロア』でなく、『かわいいラモーナ』だもの。ぼくにとっての比重の重さはラモーナにある。
『ほんと?』
ぼくはゆっくり頷いた。
そのとき、ぼくは視線を感じた。
観察し、分析するような冷たい視線。
顔を上げるとフィロアがぼくを見ていた。
==ありがと==
フィロアが口を動かさず呟いた。
ぼくは首を振った。
本当のことを伝えただけだ。
ぼくはフィロアを見ていて美人だとは思うけれど、会えなくなったらつらいと言うほどものではないだろうから。
そう、ラモーナに会えなくなる事は辛い。
たとえ夢の中だろうと。
―――フィロアったらふられちゃったわね―――
レディが楽しそうに囁くのが聞こえた。
ぼくはそっと後ろを振り返った。
「レディ?」
そこにはやっぱり白い手が見えた。ぼくの視界を覆い隠す白だ。
―――さあ、帰りましょう。リック。ラモーナも帰らなくちゃ。ね。フィロア―――
ぼくは帰りたくなかった。
多分、それを分かった上でレディは帰ることを促がしているのだろう。
ぼくは両親が死んだことなんか認めたくなかったのだから。
―――ふぅ―――
レディのため息。
優しい腕でぼくのすべてを包んでくれている。多分、その思考さえも……。
「ごめん。レディ」
―――いいのよ。あなたは知らなかったのですもの。知らされなかったんですもの―――
ぼくの視界から白い腕が少し外れ、何かが見えた。
そこにいるのはセオドーラとあの先生だった。
明るい落ち着いた色合いで統一された部屋。
場所は多分、セオドーラ専用の居間だ。
先生はセオドーラの淹れたお茶を目の前のテーブルにおいて、窓から空を見ているセオドーラを見ていた。
「レギス、あなたはなぜリック様を傷つけるようなことをおっしゃったのですか?」
ぼくはその答えを聞きたかったし、聞きたくなかった。
ゆっくりした動作でレギス先生はお茶のカップを手にし、口元に運ぶ。
「つまらない質問だ。誰よりもお前が理解しているだろう?」
そう言ってレギス先生は一口、お茶を飲んだ。
「わかりませんね。レギス。リック様を傷つけてかまわない理屈はどこにもないのですから」
「死体が傷つくものか! わかっているだろう?! セオ! あいつは何も知らないんだ! 俺達のことも、自分の病の真実も。残された時間も……。知ろうとせず、夢に生きている……。ブラックボックス? くだらない玩具に夢中になって何も知ろうとしていない! 生きようとすら!」
ああ、聞きたくなかった。