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6白い腕

 




『嬉しい! ねぇ、フィロアもそう思わない? でしょぉ。めっずらしいよねぇ。あたし、おにぃちゃんにまた会えてすっごく嬉しいの! あ、ラモーナのこと覚えていてくれているよねぇ?』

 明るい暗闇の中、少女の嬉しげな声が響いた。

 ラモーナがそこにいるらしい。

 でも、ぼくの目には見えない。

 声だけが他の気配にかき消されることなく響いてくる。

『リックおにぃちゃん?』

 ラモーナの声が心配そうに響く。

「ごめん、ラモーナ。ちょっと目の調子が悪いらしくって」

『大丈夫? 心配だな……。もう! フィロア!』

 ラモーナのそばにいるらしいフィロアがラモーナに何か言ったらしい。

 いや、もしかしたらぼくに向けて何かを言っていたのかもしれない。

 ぼくが見えないのと同様に聞こえないだけで。

「ラモーナ?」

 少しの沈黙とためらうような空気。

 夢の中は感覚で捉えた印象が全てだ。

『あのね、フィロア、悪気はないの。ホントよ。あたしには優しいし、大事にしてくれるの』

 声の調子から見上げられているのであろうことがなんとなく想像できる。

 心配そうな上目遣いの表情で、一生懸命ぼくにもフィロアにも嫌われないように……。

「フィロア、ラモーナ、君達を見られなくてごめんね。ぼくもはっきりとラモーナのかわいい顔が見たいし、すっごく美人って言うフィロア、君にも会ってみたい」

 ―――見たいの?―――

 ぼくはどこからともなく聞こえた声に頷いた。

 この声がフィロアだろうか?

 ぼくは違う気がした。

『おにぃちゃん。ホントにあたし、見えないの?』

 ラモーナの声。

 ぼくはまた頷く。そこにいるのは分かるのに……。

 ―――本当に? そんな気になっているだけかもしれない……。だって、手を伸ばしても触れないでしょ?―――

 意地悪く指摘する声にぼくは首を振った。

 たとえ幻のように触れられなくても、ラモーナはそこにいるし、ラモーナのフィロアもそこに確かにいるのだ。

 ぼくにはそのことのほうが大事に思える。

『おにぃちゃん?』

 心配そうに見上げる金の散った茶色い目。

 茶色い髪にかわいいワンピースの少女。

 ラモーナはそこにいた。

 ほっと安堵が押し寄せる。

「ラモーナ。髪形変えたね?」

 今日のラモーナは髪をふたつのゆるいみつあみにしていた。

 ラモーナの表情がパッと輝いた。

『おにぃちゃん、見えてるんだ!』

 嬉しそうな声を上げてラモーナはぼくに飛びついた。

 柔らかな重み。違和感があるのだがそれが何なのかぼくにはよくわからない……。

「うん、ラモーナ、君が見えるよ。みつあみのおちびさんがね」

『じゃ、フィロアは?』

 期待するようなラモーナの声。ぼくはその期待に応えたくて周囲を見回した。

 ……誰も他には見えない。複数の気配だけ……。

 ぼくは落胆した。

「ごめん、ラモーナ。ぼくにはフィロアを見られないみたいだ……」

 笑う声が聞こえた。

 それはラモーナではない別の誰かだ。他の気配に紛れて識別しきれない何か、誰かだ。

「ねぇ、ラモーナ」

 ぼくはラモーナを呼んだ。尋ねたいことがあるからだ。

 ラモーナはぼくを見上げ……白い腕がぼくの視界をさえぎった。

 ―――今日はもうおしまい。さぁ、ちゃんとラモーナにお別れしなさい。リック―――

 フィロアでもラモーナでもないとぼくが感じた声が囁いた。

 その途端、今まで感じられた複数の気配がまったく感じられなくなった。

「ラモーナ」

 呼びかけても返事はない。

 ラモーナはもうここにはいないのだ。

 もしかしたら、ぼくの方がラモーナのそばにいなくなっただけかもしれない。

 心配しているかもしれない……。

「お前は誰だよ! どうしてぼくがラモーナに会うのをじゃまするんだよ! どぉして!」

 ぼくは叫んでいた。叫んでいるのに周囲は静寂が満ちている。

 静寂にぼくは泣きそうになる。会話ができる相手。ぼくに明らかな好意と好奇心を寄せてくるラモーナ……。

 それは子供の執着。奪われたくない時間。ままならない世界。答えの得られない癇癪。


 ―――当たり前だ。


 声は未知なるものだ。ラモーナでもあの声でも多分、フィロアでもましてぼくの声ではない未知の声。


「どうして」

 ぼくは問い掛ける。


 ―――ここは静寂の世界だから。


 答えが返ってくるなんて思っていなかった。静寂の世界?

「ぼくはしゃべって音を出しているのに? ラモーナだって」

 どうやら静かさについての答えらしい。でもぼくはそんな質問を口にした覚えはなかった。


 ―――それは適合者だから。


「適合者?」


 ―――今はまだ早い……。さぁ、迎えが来る。彼女と共に帰るのだ。知るべきことはいつか知ることができるものだ……


 声は途切れた。

 一方的な答えだけを与えて。

 ぼくにとっては謎を与えて。

「彼女って、ラモーナ?」


 ―――さびしい人。いじわるねぇ―――


 そうでないことを示す言葉と共に白い腕がぼくの胸元で組まれた。


 ―――さぁ、帰りましょう―――




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