5ヴィエ
目を開けるといつものぼくの部屋。
体が重く、だるい。指一つ動かすことがつらい。
汗をかいていた。気持ち悪いくらいだ。夢と現実の共通項。
『ティモシー』と『ラモーナ』が兄妹?
もし、ラモーナが実在の人物なら病気?
彼女は何らかの病を持ち、その生命を脅かされている?
夢で会っただけのラモーナをぼくはこんなにも好きになっている。
現実よりもはっきりした夢。
ラモーナも夢を見ているらしい。
薬と時々の熱のせいで朦朧とした現実は時として夢よりもあやふやだ。
はっきりした夢。
あやふやな現実。
これほどに苦しくさえなければ、まるで現実こそが夢のようだ。
自分が誰かわからなくなりそうだ。
他人という感覚と共に自分だという感覚のある夢の登場人物ティモシー。
いきいきとした活動的で優しい人物。
もちろん、意地悪で暗い面もあるけど、優しくて明るい。
ぼくじゃ……ない。
「リック様」
セオドーラの声。
灯りがついた。
部屋は明るいのに暗く感じる。
逆だ。夢の中なら苦しくはないのに……。
今は、現実はこんなにも苦しい。
「お薬を……」
時々、ぼくは冷静なセオドーラを嫌いになる。
ぼくはこんなにも苦しいのに涼しげな表情で薬の用意をするセオドーラが嫌いになる。
どこか頭の奥でそれが理不尽なことだとはわかっている。
それでも抑えられない。
自分は動けないのにセオドーラは動ける。
辛抱強くなれる。そこが気に入らない。
ぼくには堪えられない!
「とって。……とって!」
ぼくはセオドーラにむかって叫んだ。
わずかに動き、指し示した先にはブラック・ボックスがある。
苦しい。苦しい。苦しい。
「まず、お薬をお飲みください。リック様」
セオドーラはそう言ってぼくに薬を飲ませた。薬はにがく飲みにくい。
ぼくが薬を飲み終えたのを確認し、セオドーラはようやくぼくにブラック・ボックスを取ってくれた。
「セオドーラ、そっちのも。もちろんヴィエも。あ、―56―も取って」
ベッドの上にいくつものブラック・ボックスを並べ、細いケーブルを使って画面を備えているBB・VIELに接続していく。
この細いケーブルは新しく開発されたというダミー・パーツ。BB同士を接続するパーツだ。
きるきると音を立ててBB同士の共鳴が始まる。
BB同士の情報交換でもしているかのような音。
ぼくはこの音を聞くのが好きだ。
画面の中に白いフレームが舞い始め、ぼくはいつものようにそれに魅せられる。
「ヴィエ。今日もきれいだよ」
ぼくはそっと囁く。
照れくさいような気がして周囲を見回すとセオドーラはいつの間にかいなくなっていた。
きるきると何かを巻き取るような共鳴音が耳に届く。
画面に目を落とすと白いフレームが意味ある形を描いていた。
――VIEL――
――56―――
よくわからない数字の羅列が後に続いて流れ始めた。
まるでぼくが注目するのを待っていたかのように……。
そんななか、ぼくは夢のラストを思い出した。
白く温かな腕。
ぼくを捕まえる白い手。
「ヴィエ。怖いよ。ぼくはいつまで君に触れていられるのだろう? 怖いんだよヴィエ。もっと君を見ていたいのに……時間がもう残り少ないかのような夢をみたよ」
きるきるきる。
奇妙な、それでいて心地よい共鳴音が室内に響く。
よっぽどこれがヴィエの返事ならいいのにとぼくは思う。
きぃる
音が不意に止まり、画面は再び真っ暗になった。
画面のすぐ横で赤く点滅する光を見つけた。
こんなものを見つけるのは初めてだ。
ぼくは好奇心をそそられて明かりを近づけてみた。
一枚のプレートがそこには貼り付けてある。
プレートは蓋のようでそのプレートを持ち上げると、こう書いてあった。
――活動動力生産率低下・休止・充電中――
不思議だった。
ふと見るといくつかのBBは既にケーブルなしで接続状態どころか、BB同士で癒着しているようだ。
あの細いケーブルは溶けてでもしてしまったのか見えないし、もとは複数のBBが一つの物体、分離不能となっているのは明らかだった。
ぼくは画面にだけ注目していたことを後悔した。
もう少し注意していたら何が起こっていたのかが少なくとも見てられたろうに……
「おやすみ。ヴィエ」
ぼくはかなり重く、かさばるようになったヴィエをサイドテーブルに置き、少し疲れた体をそのまま横たえた。