2ティモシー
「好きよ。ティモシー」
耳そばで少女の軽やかな声を聞いた。
ぼくは慌てて彼女から離れた。
振り返ると拗ねたような表情の少女がそこに立っている。
痩せた赤茶色の土とガラクタで出来たなだらかな斜面。
時々、鋭い金属片が見える安全とは言いがたい場所に不釣り合いなかわいらしい格好で。
「ティモシー?」
繰り返し拗ねるような、なじるような声でぼくを呼ぶ。
「なんだい。セルマ」
彼女の名前はセルマでぼくはティモシー。
セルマはハチミツ色の髪と小麦色の肌に淡い茶色の瞳の女の子。
急にセルマの声が聞こえたから驚いたけど、何とか落ち着いた声が出せた。
彼女をもう少し危なくない場所に連れて行かなくてはならない。
「また、ブラック・ボックス収集? いくらそれが一番お金になるからって、そんなに根をつめなくてもいいじゃない。結局、お金持ちの娯楽のためでしょ」
ぼくは苦笑した。
セルマはお金持ちではないが、貧乏でもない家の子だ。
ぼくが土いじりをして稼ぐのが理解できないのかもしれない。
「お金持ちの娯楽のためじゃないよ。セルマ。下の妹のためだよ」
セルマは言葉選びに失敗したことに気が付いてちょっとうつむいた。
それでも一人っ子のセルマは兄弟というものが今ひとつぴんとこないらしく、時々苛々させられる。
ぼくの妹、ラモーナは生まれたときから体が弱く、長く生きられないと言われている。
そのせいかもしれない。
きっとぼくが神経質すぎるのだろう。
薬代や治療費はばかにならない。
でも、このブラック・ボックス収集のおかげでかなり楽だった。
クレイン家の執事はいつだって支払いを惜しまない。
「ごめんなさい」
ぼくは慰めるようにセルマに笑いかけた。
第一、ぼくも悪いのだ。
「いいよ。気にしてやいないから。それに、ブラック・ボックスって結構面白いんだよ」
そう、ぼくはお金持ちの道楽のためだけに働いているわけじゃない。
自分の家族のためだ。
ほんの少しの楽しみをその仕事に見出して何が悪いのだろう。
「そう?」
セルマの疑い深い声にぼくは笑った。
ぼくも最初はブラック・ボックスのどこが面白いのかわからなかった。
ただ金になるだけだ。
ぼくが遺跡探索を趣味としているのを知ったクレイン家の執事であるセオドーラが声をかけてきたのはぼくが14歳の時。
その時には彼はもうラモーナの病を知っていて医者を紹介してくれた。
彼は言った。
「ブラック・ボックスを見つけたら買い取りさせてください。もちろん、相場より高く買いましょう。仲介料を取られる心配もないわけですから、いい話でしょう?」
きっちり足元を見られていたようにも思うけれど、彼は約束を守った。仲買人に売る2倍から3倍の値で彼は買い取るのだ。
理由はわからない。あえて聞いたこともない。
もともと、ブラック・ボックスは見つけることがあったから在庫はあったし、それを専門に見つけるようになってからはもちろん、発見率はあがった。
第一、遺跡にはブラック・ボックスはごろごろ転がっている。もちろん有益で珍しいものとなると難しい。ダミーが作られるようなものは既にブラック・ボックスとは言えない。売れるかどうかもわかったものじゃないのだから。
その上、見かけが同じでも機能が違う場合もあるらしいからなお難しい。
万が一にも、希少なブラック・ボックスが見つからなくても他の発掘品が売れたりする。だから基本的な生活には困らない。
ようやく借金もなくなり安定してきた。これからは弟や妹達を学校に行かすこともできるかもしれない。
「セルマ、今日はもうあがるって言ったらデートしてくれるかい?」
道具をしまいながら言ったぼくの言葉にセルマはにっこりと笑った。
「もちろん、よくてよ。ティモシー」
間違いなく彼女はこの言葉を待っていたとわかる。
少し身勝手なところはあるが、そこもセルマのかわいいところだとぼくには思える。