11死神
―――摘み取り時期だ。美味く育ってる―――
ぼくはその声を仰いだ。
何もない。誰もいない。
「誰?」
―――お前はまだだ。待っていろ。順番は直ぐ来る―――
期待していなかった答えがあった。
ぼくは声が意識している方に意識をあわせた。
そこには真っ暗な中、横たわるラモーナがいた。
ぱちりと音を立てて何かが結びつく錯覚。
彼はラモーナを摘み取ると言っていたのだ。
「摘み取る?」
ざわざわと背中をはしるのは悪寒。摘み取る。
死ぬ。終わる。苦しみからの解放?
摘み取る?
―――うるさいな。子供達を成長させるエサにお前達はちょうどいいんだよ―――
「ダメだ。ダメだ。ダメだ! ラモーナを連れて行かせはしない!」
ぼくは声のした辺りに跳びかかった。
―――ダメ!―――
声はぼくのレディ、ヴィエのものだった。
ヴィエがぼくの前に立ちはだかっている。背になびく髪がさらさらと揺れている。
「ヴィエ?」
―――ヴィエ。フィロアは黙ってるぞ―――
―――黙りなさい。マスターは現状を許しはしないわ。お前のしていることは違反行為よ。……残念だけど、フィロアも同罪だわ―――
ヴィエは声の主に強く言い放った。
―――フ、ン。どうせ、こやつらがここでのことを記憶している訳でもあるまいに―――
―――記憶に残らない潜在に残ることもあるわ。あんたが自分の子供達のエサにしなければ彼ら自身が生きていけるの―――
―――偽善、だな。適合できない者はどうなる? すべてが平等な訳があるまい。ここでヌシ達が守り導いても適合できず崩れ去る者がなぜあのように多い? ほれ、答えてみろ。ヴィエ―――
二人はぼくなどいないかのように言い合っている。
以前、ぼくに誰かが言った『適合者』と。
世界に適合できないぼく、どこか異世界なら適合できるのだろうか?
―――甘いぞ。ボーヤ―――
そいつは面白そうに答えをよこした。
―――この世界にすら適応できずにいながら他の世界で適応できるという自信はどこからくる? ボーヤ、ボーヤには無理だ。適応できまいて……。そして結局は我が子らのエサとなる……。魂でなく、血肉となれば多少質は劣ってしまうが仕方ないのだろうな―――
ぼくは見えないそいつを睨みつけた。
ヴィエの髪越しに見えた赤黒い光。
真っ直ぐに伸びる紅い光がラモーナに振り下ろされてゆく。ヴィエはラモーナを助けようとはしない。ただぼくの前に立ちはだかっている。
ラモーナの虚ろな瞳が虚空を見つめている。
もしかしたら見えていなのかも知れない紅い光を見つめるかのように。
「ラモーナ!!」
ぼくはヴィエの制止を振り切って紅い光の下に身を滑り込ませた。
―――!!!―――
―――!―――
焼け付くような痛みは………なかった。
ただ、紅い光がぼくを切り裂いたことは……、わかった。
「……どうして?」
何もないのだろう?
ぼくはそっと首を傾げた。
すっごく怖かったのに。あの紅い光に触れることはすごく怖いことだと感じたのだ。
『リック、おにぃちゃん?』
ラモーナの声が下から聞こえた。その姿は眠ったまま動かない。
次にぼくの耳に届いたのは……。
『ひっ、きゃああああああああ!!!』
かん高いラモーナの悲鳴だった。
ラモーナの気配がふっとフィロアの存在に包まれ、消えた。
―――チッ!―――
そいつの舌打ちが聞こえた。
―――信じられない! ラモーナは有力な適応者だったのに……あそこまで再成長するのにどれほど私達が苦労したと思っているの!―――
ヒステリックな罵声が聞こえた。
ヴィエ?
―――ヴィエ、シークレットボイスまでボーヤに聞こえてるぜ。いいのか? それに放っておけばボーヤはこのまま完全消滅の道だ。惜しいよな。ヴィエ―――
意地悪くヴィエを追い詰めるそいつ。
ぼくがヴィエの弱みになっている。
ヴィエはぴたりと怒りを隠した。まるでシーツで包むように。
―――お帰りなさい。リックは渡さないわ。他のエサを見つけることね。それにマスターがもうじきこの違反行為にお気づきになられるに決まってるし。そうなったらまずいのはあんたでしょ―――
そいつが肩をすくめるのがなんとなくわかった。
―――どのみち傷物など必要ないさ。惜しいと思っているのはこちらも同様だ―――
捨てゼリフを残し、そいつの気配がかき消える。