10変化
白いドレスの少女がそこにいた。
―――リック―――
少女は囁くような声でリックを呼んだ。
「ヴィエ」
―――眠りましょ。傷を癒すために……―――
ぼくは頷いた。ヴィエに聞きたいことがいっぱいある。
『アレ』は夢なのか本当のことなのか。
ヴィエに答えを教えてほしかった。
―――答え? 例えばこんな?―――
ぼくはリッキーが駆けてくるのに気付かず、新しいBBを探し、土をそっと掘っていた。
「お兄ちゃん! ラ、ラモーナの容態がっ!」
ぼくは慌てて新しいBBを放り投げ、呼びに来たリッキーの所へと向かった。
「リッキー。ラモーナがどうしたんだ?」
分厚いメガネを不器用な手で押し上げながらリッキーはぼくを見上げる。
「息してないんだ。先生呼びに行ったんだけど、先生の家『空き家』の看板が掛かっていて、近所の人に聞いたら、せえふのお役人に連れてかれたって」
泣きそうな弟の頭をティモシーはなだめるように叩いた。
「聞きに行く。クレイン家の執事に聞けば何かわかるだろうから。呼吸確保や人工呼吸は?」
「ママとデューイ兄さんが」
リッキーは頷いて答えた。
ぼくは頷くとべそをかいてるリッキーに帰るように促がし、自然解体寸前のポンコツカーの所へ急いだ。
政府の役人?
政府なんてホンの半径10キロの都市部分でしか機能していないと聞いていたのに。
こんな地方の、しかもクレイン家の私有地まで。
この辺りでたった一人の医者をどうして連れて行くんだ?
神様なんて嘘だ。
神様がいるんならどうしてあんな小さなラモーナを連れて行くんだ?
ラモーナはすっごくいい子なのに。
外で遊べなくても病気で苦しくても。ぼくのかわいい妹なのに。
教会に行って献金までしたのに。ラモーナを助けてくださいってお祈りもしたのに!
BBを定期的に渡してるのに。
なぜ?
なぜ! なぜなんだよ!
車が必要以上に派手な音を立てて屋敷の前に止まった。
豪邸。
たった一人のために作られた豪邸。
庭には緑や季節の花々。
池や小さな流れもある。
横幅も縦もある大きな家。
黒塗りの扉が開き、クレイン家の執事が慌てた様子で顔を出した。
今日はずいぶん楽な格好をしていた。
いつもの白と黒の制服ではなく、淡いブルーのシャツとブルージーンズ姿だ。
「どうしました? ティモシー、明日にでもこちらから訪ねようと思っていた所ですよ」
ぼくは彼の落ち着き払った様子に腹が立った。
知ってるだろうに。
全部。
それなのにとぼけている。
「先生が役人に連れて行かれたんだ」
実際、彼は驚かなかった。
「ええ、よそで不正をおこなってらしたそうですから、引き渡しました。ですから、明日にでも新しい先生を連れてそちらにお伺いするつもりだったんです」
ぼくはぽかんと口をあけた。
よっぽど間抜けな顔をしていたんだろう。
彼は少し笑って急に真顔になった。
「ラモーナさんに何かあったのですか? 待っていて下さい。すぐ新しい先生を連れてきますから」
彼は素早く踵を返し、家の中へと消えていった。
どれほど待ったんだろう。
実際はそれほど経ってなかったに違いない。
クレイン家の執事と妙な若い男が扉から出てきた。
若い男はクレイン家の執事セオドーラにどこか似ているようにも思えた。
「ったく、なんだよ。セオ。ようやくゴシュジンサマから開放されたトコだったんだぜ」
うんざりした嫌味な口調にクレイン家の執事は彼を睨みつけた。
ガラが悪い。ぼくも自分がガラが悪いのは知っているけど、こんなすねたガラの悪さは好きじゃない。
「レギス、彼はティモシー、彼の妹さんが息をしていないそうです。今なら助けられる要素があります。ああ、ティモシー、詳しいことは?」
ぼくは首を振った。
嫌味な男はぼくを見据えた。
そのまなざしは優しかった。
「大丈夫。助けて見せるさ。まだ心臓さえ動いているんならね、セオ、これよりマシな車出せよ。えっとティモシー? 私は医者のレギス。レギスって呼んでくれても先生って呼んでくれてもかまわないよ。で、妹さんの名前と年齢、それまで出ている症状は?」
ぼくは胸をなでおろして彼を見た。
彼は優しい思いやり深いまなざしでぼくを見ている。
「どうして怖いなんて思ったんだろう?」
ぼくの言葉に彼は驚き、心外そうな表情を作った。
「ふぅむ。どうしてだろうね? とりあえず、君の妹さんが怖がらないといいんだけど。ほら、病は気からって言うだろう?」
なぜ?
なぜ? ヴィエ、これは何?
嘘だ。
こいつがどうしてこんなことを言うんだ?
嘘だ。
病は気から。
だって?
ぼくを追い詰めるのはお前じゃないか。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
こいつがこんな言葉を言えるだなんて。
ぼくはほっとして笑った。頬に涙が零れ落ちる。
大丈夫。
きっと彼なら前の先生よりラモーナを真剣に診てくれる。
ラモーナは大丈夫。
それは嘘じゃない。
「レギス。ティモシー、乗りなさい。ティモシー、君の車は後で届けるから心配はありませんよ」
なだらかな流線。繊細なボディの蒼い車。
それは風を切って速く走るための車だ。
「セオはブルー系が好きでさ、自室や私服はブルー系が主なんだぜ。さぁティモシー、行こう」
ぼんやりしているぼくをレギス先生はクレイン家の執事の蒼い車に乗せた。
「行きますよ。すぐ着きますからね」
運転席からクレイン家の執事の声が聞こえる。
「安全運転頼むぜ」
からかうようにレギス先生がそう言ってぼくにウィンクして見せた。
「こっちがケガしたらどうしようもないもんな」
嘘だ。