9甘い薬
体中がきしむような痛みでぼくは泣きそうになった。
「セオドーラ」
ぼくは痛み止めの薬が欲しくてセオドーラを呼んだ。
セオドーラはこない。
反応はどこからも返ってこなかった。
ぼくはしかたなく痛みを我慢し、ベッドサイドの引出しを探った。
引出しの中には3本ばかりのチョコレートバー。
緑と赤の包みを破いて一口目。ほろ苦い甘さが口に広がる。
薬物混じりのチョコバー。舌で押しつぶし甘みを味わうごとにきしむ痛みが溶けていく……。
「没収」
ひとかけらでぼくのチョコバーは取り上げられた。
そこにはぼくの主治医が立っていた。
「渡した以外の薬物の摂取は控えなさい」
死体でも苦しむのだろうか?
いや違う。死体でも苦しむべきなのだろうか?
「リック・クレイン?」
怪訝そうにぼくを見ているぼくを死体だと言った彼。
いや、あれはただの夢でぼくが自分のことをそう思っているということなのだろうか?
ぼくにはわからない。
「ぼくは生きているの?」
口に出すつもりは無かったのに言葉にしてしまった。放った言葉は後悔しても巻き戻せない。
彼の視線が数段冷めたものになったのが感じられた。
嫌われているとわかっているのにその嫌悪の刃は防御を突き通して届くんだ。
「リック・クレイン。生きているからこそ痛みを感じることができる。生きていてこその肉体の痛み。死んでいればどのような痛みも感じないものだろう。死体は喋れないのだから、実際は分かりかねるが」
ぼくは彼を見上げた。なら彼は何をもととしてぼくを死体と言ったのだろう? それともただの夢?
「……痛い」
彼にこの言葉を告げるのは嫌だった。
弱みをひけらかして同情を引いて現状改善をしようとあがいているように見られそうで。
でも、痛みから解放されたかった。
「このお茶を。薬湯だ。これからは不用意に今まで口にしていたようにはいかない。すべて管理する」
彼は淡々と告げた。
ぼくが嫌だといっても意味はなさそうに思えた。
予想に反して薬湯は甘く飲みやすかった。
目覚めて間もないというのにぼくは再び睡魔に襲われた。
「眠い……。ねぇ、セオドーラは?」
彼はぼくを見下ろし、黙っていた。ぼくが眠りにつくのを待っているようでもあった。
「セオドーラにもあなたと関わらないですむ自由な時間が必要だ」
どくん
彼の言葉はナイフのようにぼくの胸をえぐった。
止まってしまいそうな胸の痛み、背を這い上がる寒気をこらえ、ぼくは眠るふりをした。
彼が出て行ってもぼくは結局、眠れなかった。
いつもならすぐ訪れる眠りがこない。あんなに強かった眠気がどこかへ行ってしまった。
ぼくは不安でなおさらセオドーラが恋しい。切なさが堪えきれなくなって、頬と枕を濡らした。
横を向くとささやかな光の点滅が見えた。BBが放つ光の明滅。
にじんで見える点滅はきれいだった。
「ヴィエ」
ぼくはサイドテーブルにおいてあるヴィエに手を伸ばした。
白いワイヤーフレームが黒い闇のなかで舞っている。
他の小さなBBをヴィエの傍に置いてやるとヴィエから延びたワイヤーケーブルが小さなBBを飲み込んだ。
きるきるきるきるカチンパチン
軽い接続音。
キュッィィィッィッィィッ
奇音を発しながらヴィエは小さなBBを取り込んだ。
数本の細いワイヤーケーブルがぼくを見ていた。
現実にありえるとは思えない光景。ただの物がまるで自らの意思があるものか何かのようにぼくにその先端を向けている。
蛇が鎌首をもたげているかのような状態で動きを止めているのだ。
先端恐怖症になりそうな緊張状態にぼくは動けなかった。
動けば、どうなるか解らなくて。
でも、もし、ヴィエとひとつになれるのかもしれないのならかまわないのかもしれない。
ぼくは力を抜いてケーブルを見つめた。
ただのケーブルが妙にかわいらしく思えた。
「なぁに? ヴィエ」
ぼくはケーブルに手を伸ばした。