第1章(3)
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「うわ、きっも。浮浪者じゃん。いつの間にこんなのが住み着くようになったのよ」
目を開くと、真っ先に視界に飛び込んできたのは少女の顔だった。
ツリ目が特徴的で活発的な印象を与える高校生くらいの少女が、覗き込むようにして俺の顔を見つめている。
いつの間にか夜が明けたのか、鬱陶しいほどの朝日が彼女の顔の奥から降り注がれている。
「誰が浮浪者だって?俺はただ寝る場所がないからこの河原で寝ていただけで、浮浪者とか不審者とかそう言う類のものじゃないぞ」
「どの口が言うんだよ。こんな立派な段ボールハウスまで作っちゃって。なんか大きさ的に大型犬のハウスみたい」
「あんた、俺が一晩かけて頑張って作った段ボールハウスをバカにしたな?これ、いろんなお店から段ボールを集めて回って、大変だったんだぞ!?」
草薙さんと別れた後、しばらくのあいだ町を放浪していたが野宿に適した場所は見つからず、いくつもの段ボールを組み合わせて寝床を作ることにしたのだった。
いざ段ボールハウスを作り始めてみると、凝りはじめてしまって予想以上に時間をかけてしまった。改良に改良を重ね、妥協を許さずに作り続けた結果、完成するころにはすっかり日が暮れていた。
全身を入れてもなお余裕があるほどの大きさで、スライド式のドアまで付けて居住性は完璧だ。それ以外にも細部の見た目にまでこだわって作り上げた、そんな段ボールハウスをこの子娘はバカにしてきたのだ。
「ちっ、あんたみたいな小娘に、この段ボールハウスの美しさが理解出来てたまるかよ」
「ところで、おじさんはいつからここに住んでるわけ?この辺りではホームレスなんてめったに見ないし、結構珍しいよね」
「そうなのか?この辺りのことは詳しくないから」
「この町の外から来たわけ?なんとなく分かってたけど、おじさんって相当怪しい人だよね。ただのホームレスかと思ったけど、なんか訳ありっぽいし」
「そう見えるか?」
「うん。どこからどう見ても」
記憶喪失であるということをこの初対面の少女に説明してもしょうがない。なんの助けにもならないだろうし、そもそも助けが欲しいわけでもない。
俺が欲しいのは――
「あ、やっば!そろそろいかなきゃ、補講間に合わないし!また先生に怒られる!」
少女は突然慌てたように走りだす。数歩だけ走った後、思い出したように俺の方を振り返り大きく手を振った。
「おじさん、じゃあねー!お巡りさんに捕まらないでよー!!」
それだけを伝えると、満足したように全力で走り出していく。少女の足は予想以上に早く、その背中はみるみると遠ざかっていった。
「なんだったんだ、あいつは」
いきなり現れてはすぐに去っていき、ずいぶんと慌ただしい少女だ。補講に行くと言っていたが、日曜まで学校に行くなんて頭の弱い子なのだろうか。
「俺も行かないとな」
一晩かけて作り上げた、渾身の段ボールハウスを一瞥する。居住性は抜群で住み心地は良いが、いつまでもここで暮らしていくわけにもいかず、布団以外の家具の一つもありはしない。
一刻も早く、自分の居場所を見つけなければ。
「そう言えば、まだ北の方には行ってないな……」
草薙さんからもらった、なけなしの万札がポケットに入っていることを確認した後、まだ見たことのない場所を目指して歩き始めた。