第2章(6)
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「っしゃあ!バッチ来いやーー!!!!」
響く雄叫び、バットがボールを叩く金属音、ボールを捕球した際に鳴るミットの乾いた音、そして少し鼻につくような土のにおい。
土曜日のグラウンドは、昨日までの静けさとは打って変ってやかましいほどに賑やかだ。いつものメンバーが全員集まって、グラウンドを所狭しと駆けまわっている。
それはいつもの週末の風景。だがそこには、一か所だけいつもと違うところがある。
暑い太陽の下、必死に汗を流しながら練習をする男たちを、ホームベースのすぐ後ろ、そこから見つめている一人の少年がいた。
俺はキャッチャーのマスクをかぶり、その少年の一番近くでミットを構えていた。
「いきなりこんなの見せられて、なんになるんだよ……」
久我は他のメンバーに聞こえないように小さな声で不満を漏らすが、その気持ちはもっともだ。野球を教えてやると豪語していたはずだが、練習風景を見せるばかりで教えることをしようとしない。
だが、時間が経つにつれてメンバーの身体にエンジンがかかると、練習にも熱がこもり始める。一つ一つのプレーの精度が上がっていき、メンバーの表情も変わっていく。
始めは斜に構えたような態度で練習を眺めていた久我だったが、次第にその目の色が変わっていった。練習の熱気に圧倒されたのか、グラウンドを駆けるメンバーに視線が釘づけになっていた。
打席に入っていた城崎さんがボールを打ち上げて一区切りつくと、東野が突然練習の中断を告げる声を上げた。指示を出すのはキャプテンである大坪さんの役割のはずで、少しだけ困惑したような空気がグラウンドに流れた。
そして、マウンドに立っていた東野がゆっくりと久我のもとへ歩いていき、強引にその手を取った。
「次はおまえの番だぜ。おまえが、俺の球を打つんだ」
その言葉に驚いたのは当の久我だけでない。全くの素人に東野の球を打たせるなどと言う無茶な提案に、グラウンドにいた全員が驚いた。
「ちょっと待ってください!俺にはあんな球打てないですよ!野球なんてほとんどやったことないんですから」
当然の反応を見せる久我に東野はさらに追い打ちをかける。
「いいから打席に入れ。何のために練習を見させたと思ってるんだ。それに、いきないヒットを打つことなんて誰も期待してねえよ」
腕を引っ張られ無理矢理バッターボックスの中にまで連れて来られた久我へ、グラウンドに立っているすべてのメンバーの視線が集まった。
打席に入った久我はバットを握りしめて一応はバッティングの構えを取っているが、一見して分かるほどに緊張で身体が固まっている。構えもぎこちなく、バットをボールに当てている未来が想像もつかない。こんな状況でも、東野はやらせるつもりなのだろうか。
少しでも落ち着かせるために何か声をかけようかと迷っていると、東野は腕を振り上げて容赦なくボールを投げる構えに入った。
才能がない、筋肉が付きにくい、そんな風に言われていた東野だが、それはあくまで経験者を相手に比べた時の話だ。このチームのエースは東野であり、投げるボールは一級品だ。
だから、わざわざ目を開けている必要もない。結果は火を見るよりも明らかだ。
そこから先の光景は、まるで頭の中の想像がそのまま現実になったのではないかと思ってしまうほどに想像通りだった。
東野が投げた渾身のストレートは、何に邪魔をされることもなく俺のキャッチャーミットの中に収まる。ボールが放たれてからミットに収まるまでのわずかな間に、久我のバットが振られることはなかった。ピクリと動くことも叶わずに、目の前を通過するボールを見送ることしか許されない。
“やっぱりか”、そんな空気が漂い始める。誰もが久我に対して興味を失っていき、どうせボールが飛んでくるわけがないと腕を組んで立っている。
だが、マウンドにいる男だけは違う。文字通りに手も足も出なかった久我の態度に、憤慨し、怒りを見せている。
「なんだよ、今のは。バットを振らないで打てるわけがないだろ!ぼうっと突っ立ってるんじゃねえ!!」
マウンド上から怒声を飛ばし、固くなっている久我を鼓舞しようとする。はたして効果はあったのか、早くも東野は2球目を放る構えに入った。
それを見た久我は少しだけバットを握る手に力を込めて、真剣な面持ちでボールが放たれるのを待っている。少なくとも、完全にやる気が削がれたわけではないようだ。
だが、そんな脆い覚悟は簡単に砕かれる。東野の指先から放たれたボールは、胸元をえぐるような厳しい位置にコントロールされ、高速で襲い掛かる。自分の身体のすれすれにボールが飛んでくる恐怖に久我は耐えられず、小さな悲鳴を上げて身体をのけぞらせる。
「なにビビってるんだよ。今はストライクだぞ?」
「こんなの打てるわけないだろ!俺は野球なんてやったことないんだから……」
バッターボックスで尻もちをついたままの久我を、マウンドの高みから東野は見下ろしている。二人の間に流れる空気はとても穏やかとは言えないもので、内野の守りについている彩はその様子を心配そうに見つめている。
――俺は、口を出すのはもうやめよう。東野が何をしようとしているのかはまだ分からないけど、必ずきっと意図がある。
他のメンバーがどれだけ久我のことを知っているのか分からないが、二人の対決を止めようとするものは一人もいない。それが優しさなのか、厳しさなのか、俺には分からない。
「立てよ負け犬。振らなきゃ一生ボールには当たらねえぞ。踏み出さなきゃ、一生てめえは負け犬のままだ。ぐだぐだ文句ばっかり垂れてないで、いい加減覚悟決めやがれ!!」
久我はバットを支えにして、ゆっくりと立ち上がる。そして、マウンド上の東野を睨みつけながらバットを構える。東野からの不器用な励ましに焚きつけられたのか、それとも反骨精神からか、どちらにしても最初の弱々しい雰囲気は微塵も感じさせない。
バットの持ち方など技術的な部分は不格好なままだが、雰囲気だけならすでに強打者のそれになっている。
「行くぜ」
そんな久我の変化に満足したのか、東野は不敵に笑うと投げる構えに入る。始めの2球と同じ、全身を大きく使って右腕に握るボールに全体重を乗せていく。
そして、ついに放たれたボールはうなりをあげて真っすぐに突き進む。外角低め、完璧にコントロールされたボールがホームベースの上を通り過ぎるその瞬間、久我のバットが振り出された。
初心者らしいぎこちない下手くそなスイング。だが、全身全霊の力を込めたそのスイングは、今の久我が出せるだけのありったけの一振りだった。
ミットの乾いた音が鳴り響き、次に見えたのはガックリと肩を落としてうなだれる久我の姿。
結果は、空振りの三振だった。
「なにを一丁前に悔しがってるんだよ。お前にまで打たれたら、今度こそ俺は引退だよ」
そう言って少し自虐的に笑うと、再び久我の腕をとった。
「まさかこれで終わりだなんて思うなよ?今日は俺が野球のすべてを教えてやるからよ。次は守備練だ」
ちょうど全員がバッティングを終えたところで、次に練習は守備に移っていく。本来であれば2つのグループに分かれてそれぞれ練習を行うのだが、今回はその2つのグループに加えて東野と久我の2人だけのグループがもう一つ出来上がった。
東野がバットを握り、延々と久我に向かってボールを打ち続ける。普段から野球をしている人間にとっては当たり前の練習だが、初心者にとっては苦行以外の何物でもない。
案の定、久我は何度も繰り出されるボールを一つも捕球できないで振り回され続けている。
「おい、そんな態勢で捕れるわけねえだろ!もっと腰を下げろ!ぼさっとしてねえで、もっと身体動かせ!今のは追いつけたぞ!」
右に左に正面に、あらゆるところに飛んでくるボールを追いかけるだけで、久我の額には汗が浮かびあがる。さらに、土の上で走るものだからジャージにも土の汚れがついていく。
身体の横に来るボールを取ろうとした瞬間、足が絡まって顔から地面に倒れこんだ。もはや今までの小さな土の汚れが目立たなくなるほど、胸にべったりと土汚れがこびりついている。
それでも東野は特に気に留めた様子もなく、次のボールを打とうと構えている。
「ほら、さっさと立てよ。まだまだ行くぞ」
少しの情けもなく放たれたボールに対して、地面にしゃがみ込んだままの久我は少しも反応することができず、それがまた東野の機嫌を悪くする。
「なんだよ、もうへばったのか?」
「うるさい!こんなに服汚しちゃってどうするんだよ!これじゃあまたお母さんに怒られる。これ以上嫌われるわけにはいかないのに……」
もうそこに、凛々しい顔をしてバットを振り抜いていた面影は欠片も見られない。弱々しく地面にうずくまっている。
「なあ、てめえはいつまで甘ったれてんだ?そんな甘えた考えで、誰かに認めてもらおうなんて思うなよ」
東野はバットを地面に置くと、ゆっくり久我のもとへ近づいていく。その足取りは緩やかだが、それが逆に東野の迫力を強調させる。
ついに二人が手を伸ばせば触れ合える位置にまで近づくと、異変に気づいたのか二人のもとへ走り来る彩の姿が見えた。
「ちょっと、何してんの!?何か考えがあるんだろうと思って口出ししないようにしてましたけど、いくらなんでもこれはやり過ぎだって!!」
今まで見せたこともないようなあまりの剣幕で詰め寄る彩だったが、東野はそれに怯んだ様子もない。
「なんだよ、何か文句でもあるのか?」
「大ありだよ!こんなの……ほとんどいじめじゃん!!」
それでも東野の顔は変わらない。これだけの感情をぶつけられてもなお、冷徹なほどに静かな瞳を向けている。その瞳の奥にある感情は、怒りなのか呆れなのか、はたまた憐みなのか、一切読み取ることができない。
「彩、たぶんお前は自分がいいことをしてると思ってるんだろうけどよ。今回ばかりは優しさをはき違えてるぞ」
「どういう意味ですか?別に私だっていいことをしようと思ってるわけじゃないですけど、東野さんがしてることは間違ってると思う」
「俺のしてることが間違ってるかなんてわからねえけどさ。ただ一つ言えるのは、彩のしてることはこいつのためじゃねえ」
“こいつのためじゃない”その台詞を聞いた瞬間、過剰なまでに彩の肩が跳ねた気がした。彩の言い分は決して間違っていないはずなのだが、はたから見ていると東野の方が優位に立っているように感じてしまう。それでも静かなにらみ合いを続ける二人の争いは、次の東野の言葉で勝敗が決定づけられた。
「こんなこと言いたくないけどよ。これはおまえのポリシーから外れてるんじゃねえのか?そうやって優しいふりをしたって、そんな風に甘やかしたって誰のためにもならねえよ」
それは何か特別変わった言葉ではなく、いくらでも言い返すことだってできたはずだ。
だが、明らかに彩の様子はおかしくなり、必要以上にうろたえている。
「でも、でも私は……」
必死に何かを言い返そうとする彩に対して、話はもう終わったと言いたげに背中を向ける。そして、再び東野は元いた場所へと歩いていく。
「悪いな、嫌なこと言っちゃって。けど、俺はイライラしてるんだ」
地面に転がっていたバットを手に取ると、今度は久我の方へと鋭い視線を向けた。そして、片手でボールを放り、それを久我の少し横をめがけてバットで打った。その打球の鋭さに、久我は一歩も動けない。
「なあ。おまえは昨日、自分には居場所がないみたいなこと言ってたよな?むかつくんだよ。足掻きもしないで、そんな甘ったれたことを言ってるやつを見てるとよォ!!!」
もう一球、先ほどと同じような位置に向けて打球を放つ。今度はなんとかボールに追いついて見せたが、グローブの中で弾いてしまう。
「あっ」
ミスをして落ち込む久我のもとに、間髪入れずに次の打球が迫りくる。延々に続いていくかのようなその練習風景を、俺と彩は祈るように見つめることしかできない。
ひたすら、バットがボールを打つ音と久我の足が地面を叩く音だけが鳴り響く。気が付けば、他のメンバーは練習を終えたのか、二人の様子を見守るように少し離れた位置に立っていた。
最初は打球を追うだけで精いっぱいだった久我も、回数を重ねるごとにだんだんと上達を続けていく。やがて、正面の緩い打球なら難なく捕れるまでに成長していたが、そうなったころにはもう、久我のジャージは泥まみれだ。
「なんだよ、良い目してるじゃねえか」
バットを構える東野は不敵に笑う。もう何度目になるかわからないボールを放つ。打球は鋭く、飛んでいった場所も少しだけ遠い。
だが、届かない距離じゃない。
「くっ」
このボールに対し、久我は素早い反応を見せて走り出すが、あと一歩間に合わない。そう、この場にいた誰もが確信したその瞬間、
「――飛べ!!」
東野の叫び声がした。
その声に応えるように久我は精いっぱい腕を伸ばし、そしてボールに向かって飛びついた。
「うわああ!!」
叫び声と共に久我の身体が地面に叩きつけられ、土がこすれる音が響いた。身体が痛むのか、すぐには立ち上がろうとせずに、倒れたまま動かない。やがてゆっくりと身体を動かし膝をついたかと思えば、左手を高々と上げてグローブとその中身を掲げて見せた。
泥にまみれたグローブの中には、しっかりと白球が掴まれていた。
「やれば、できるじゃねえかよ……」
その時、誰かが手を叩く音がした。すると、それに呼応するように一人、また一人と手を叩き始める。気づけばグラウンド中が、懸命なプレーをした久我に対する称賛の拍手で包まれていた。事態が把握できていない久我は、困惑したように辺りを見回している。
「ま、合格かな」と、そんな声が聞こえてきた。
東野は一人、まだ地面に倒れている久我のもとへと歩いていく。
「よく、飛びついたな」
「こんなの、マグレです。それに、あそこで“飛べ”って言ってくれなかったら、きっと俺はボールに触ることさえできなかったから……」
「いいんだよ、そんなこと。とりあえず条件はクリアだ」
「条件?」
いまいち事情を把握できていない久我をよそに、東野は一人納得した顔でうなずいた。そして、ふとなんてことのないように、こんな言葉を口にした。
「久我宗谷、だったよな?おまえ、うちに来いよ」
あまりにも唐突過ぎる発言に、誰もが己の耳を疑った。勧誘を受けたはずの久我さえも目をぱちくりさせて困惑している。
「えええ!?」
そんな間の抜けた驚きの声は、俺のすぐ隣に立っている彩のものだ。彩の目には二人が険悪な関係に見えていたのか、その驚きは人一倍だ。だが、東野はそんな周りの様子を気にすることなく、まっすぐな視線を久我に対して送り続けている。
「誘ってくれたのは嬉しいですけど、遠慮しておきます。見ての通り野球は下手くそだし、何より俺には受験があるし……」
「別にいいだろ。週に1,2回ならいい気分転換になるだろうし、毎日勉強漬けじゃあ身体が腐っちまう」
断られてもなお、東野はその視線を緩めようとはしない。その視線に居心地の悪さを感じたのか、久我は目をそらすようにうつむいた。
「でもきっと、お母さんが許さないから……」
久我のその言葉には、諦めのようなものが込められている気がした。
――お母さんの嫌がることはしたくない。お母さんに嫌われるようなことはしたくない。自分の居場所を守るために、少しでも波紋を立てないように生きる。
それがきっと、久我が決めた生きるための指針。
――けど、そんなものを東野が認めるはずがない。
「なあ。そんなにびくびく怯えてまで、おまえは自分の居場所が欲しいのか?」
「当たり前じゃないですか……欲しいに、決まってる!学校でも、家でも、自分の居場所がないなんて、耐えられるわけがない!だからこれ以上誰からも嫌われないように、怯えながら生きていくしかないんだ!」
久我の心からの叫びが響く。その叫びに込められたものは、弟ができたことによる焦りか、学校生活が思い通りに行かない苛立ちか、迫りくる受験のストレスか……
久我は決して口数も多くなく、自分の意見を大声で主張するようなことはしないタイプだと思っていたが、今初めてはっきりとした意思を聞けた気がした。
だが、そんな決死の叫びを東野は、まるで事も無げに一蹴する。
「そんなこと知らねえよ。なにが”耐えられるわけがない”だよ。別にそんなの耐えなければいいだけの話だろ」
あまりにも乱暴な東野の主張に久我は言葉を失った。確かに、一見するとあまりにも乱暴すぎる理論だが、これが東野の本当に伝えたかった言葉なのだと、その真剣な表情を見て直感した。
「耐える必要なんてねえんだよ。そんなことをしたって、一生自分の居場所なんて見つからねえんだから」
「いきなりそんなこと言われても、分からないですよ……耐えなくていいって言われても、そんなの無理ですよ。耐えなくてもよくなるのは、もうこの世から消えるときくらいだ」
そう言うと久我は少しだけ自嘲気味に笑う。未だにその言葉の意図を理解できずにいる久我に対して東野は、少しだけ強い口調で語り始める。
きっとそれは人一倍苦しみ抜いてきた東野だからこそ言える言葉。
「てめえの頭には逃げることしか選択肢にないのかよ。居場所なんて与えられるもんじゃねえだろ。あがいて、あがいて、自分の力でつかみ取れ」
ここまで話すと、ゆっくりとチームメイトのみんなを見回して、今度は対照的に穏やかな声になる。
「このチームはさ、俺にとって唯一の居場所なんだよ。俺はこのチームが大好きだ、俺を受け入れてくれたこのチームが大好きだ。だから、俺はいつだって練習に全力で打ち込む!」
なんとなく、久我も理解したのかもしれない。東野が今までどんな壁に当たって、どれほどの努力を続けてきたのか。俺が見てきた東野の苦悩は、あくまでほんの一部に過ぎないかもしれないが、さらにその何分の一でも久我の心に伝わればいい。
「じゃあ、東野さんはこのチームの皆さんに認めてもらうために野球をするんですか?」
――何のために野球をするのか。
かつての命題と思わぬ再会をした東野は、はたしてその問いに何と答えるのか。
そして、東野はそれを一笑に付した。
「さあな、ようわかんねえ。けどさ、このチームには努力を怠っている人間なんて一人もいねえんだ。だったら俺もそいつらに恥じないように努力をする。たったそれだけでいいじゃねえか」
「だから……」と言葉を続けると、東野の顔は厳しいものに変わる。
「だから俺は、足掻きもしないで現状に不満だけを言ってるお前が嫌いだ」
はっきりと、確かな意思を持って東野はそんな言葉を口にした。そこには、今までの苦悩や葛藤、そのすべてが込められているようで……
東野はお世辞にも器用な生き方をしてきたとは言えないが、誰よりもがむしゃらで誰よりもひたむきだったことは絶対だ。だから、逃げてばかりにも関わらず不満を口にする久我が許せずに、わざわざ土曜日の練習に招いたのだろう。
それは器用な方法とは言えないが、それもまた東野らしい。
けど、そんな不器用なやり方だったからこそ、間違いなく久我の心を動かした。
「じゃあ、俺はいったいどうすればいいんですか?」
「さあな、俺が知るかよ。けど……努力してれば、居場所なんて後から勝手についてくるだろ」
久我の顔つきはもう昨日までとは別人だ。そこにもう、弱さはない。
「東野も変わったな」
そう呟くと、隣で彩が小さく笑う。
きっと一か月前の東野だったら、こんな風に誰かを諭すことなんて絶対に考えられなかった。
「それじゃ、とりあえずうちで努力するところから始めてみるか?うちのチームはやる気のあるやつならいつでも大歓迎だ」
そう言うと東野は、右手を久我の方に差し出した。どうやら、チームに勧誘しようとするのは本気だったようだ。
久我は少しの間悩むようなそぶりを見せてから、そして……
その手を――東野の右手を、自分の右手でしっかりと握りしめた。
「よろしく、お願いします……!」
「よし、決まりだな!で、いいですよね?」
いつの間にか隣に来ていた大坪さんに確認をとると、大坪さんは冗談っぽく怒って見せた。
「バカ野郎、すぐ隣にキャプテンがいるっていうのに、事後報告するやつがいるかよ。うちのチーム方針を忘れたのか?いつだってうちは、やる気のあるやつは大歓迎だって。いいに、決まってんじゃねえかよ!」
今度は豪快に笑い飛ばすと、久我に向けて右手を差し出し、がっしりと握手をする。握る力が強かったのか久我は少し顔をしかめたが、大坪さんはそれには気づいていない。
そして二人が手を離すと、それを皮切りにすべてのメンバーと握手をし始める。ようやくそれが終わったころには、久我が輪の中心に立っていた。
今は新入りとして歓迎されているが、これからは真面目に練習に取り組んでみんなに認めてもらわなければいけない。けどそれは難しいことなんかじゃなくて、ただがむしゃらにチームのために努力を続けていけばいいだけのことだ。
ほんの数か月後には試合で活躍をして、チームのみんなから祝福されている。
そんな未来を久我ならきっと掴みとるだろう。
久我を加えて再開された練習は、今までで一番気合いのこもった、最高のものになった




