表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/313

正義の味方

「ねえ、いいじゃん。これから、俺たちと遊びに行こうよ。」


夜の電車の中、いかにも悪ガキっぽいティーンエイジャー達が


仕事帰りのOLらしき女性にしつこく迫っている。


OLの女性は下を向いて困り顔で無視をしている。


「無視らなくてもいいじゃんか。」


だんだんリーダー格と思われる男は、女性の態度に不機嫌を隠さない。


誰も見て見ぬふり、かく言う俺も気になるけど、何も言えずにただ


つり革につかまっているのだ。俺は無力だ。


俺は次の駅で降りる。次の駅までは5分くらいかかりそうだ。


俺は男の脇から覗いて女性の方を見た。


すると、女性は俺の視線に気付き「助けて」という目をしたのだ。


俺は無言で、首をドアの方にしゃくった。


逃げるんだ。次の駅でドアが閉まる瞬間に、走って降りるんだ。


言葉にはできなかったけど、身振り手振りで伝えた。


すると女性は何となく察して、下を向き男にわからないように目だけで頷いた。


俺は意を決してドアのほうに歩いて行った。


そして、男のすぐそばで、思いっきりスカしっぺをしたのだ。


バカそうなその凶悪な男は、不機嫌が頂点に達しているところに


いきなり臭いスカしっぺをかまされて、爆発した。


「誰だよ、俺にオナラをかけやがったやつは!


あぁ?お前か!」


男はいきなり隣の仲間の胸ぐらを掴んだ。


「俺じゃねえよ。違うって!」


「じゃ、おめーだろ、こら!」


今度は別の仲間の頭をはたいた。


「ちげーよ。してねえってば。」


一人は凶悪だが、他は腑抜けの三下どもだ。


馬鹿な3人の仲間割れが始まった。


電車が停車して、ドアが開いた。


バカどもがもめている間に、俺は彼女に目で合図を送った。


「いまだ!」


無言で俺はドアにあごをしゃくった。


彼女は脱兎のように電車から降りた。


それに気付いた男達が後を追おうとしたので、俺は


「ちょっとすみませーん。降りまーす。」


と男達の進路を邪魔したのだ。


怒り狂った男達の目の前でドアは閉じた。


俺は心底ほっとした。


もう少しドアが閉まるのが遅かったら俺も巻き添えをくったかもしれないのだ。


俺がほっと胸をなでおろしていると、さきほどの女性が近づいてきた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。」


俺は舞い上がってしまった。


「い、いえいえ。何もできなくて。ただ、逃げてとしか言えなくて。助けただなんて。」


本当にそう思ったのだ。俺といえば、スカしっぺみたいな間抜けなことでしか


彼女を助けられなかったのだから。


そのOLは、何度も何度も俺に頭を下げながら、改札に向かった。


俺はなんだか、とてもいい気分になった。


俺、かっこ悪いけど、何か正義の味方になったみたいな気分だ。


俺は上機嫌で家に帰り、缶ビールをあおり、とてもいい気分で眠りについた。


俺はその夜、不思議な夢を見た。


なんだか、光り輝く人の形をしたものが、俺の体をいじくりまわしているのだ。


痛くもかゆくもないのだが、自分の体に何かされているのはわかる。


誰なんだ、あんたたちは。


「君は正義感の強い男だ。でも、君は自分の腕力に自信が持てないから、


あの女性に迫っていた男を制止しなかったのだろう?」


そうだ、その通りだ。誰だってあの状況で、あの女性を助けたかったはずだ。


でも、腕力に自信が無い。面倒に巻き込まれるのはごめんだ。


みんな見て見ぬふり、人間は臆病なのだ。


俺はもう35歳だ。あの血気盛んなティーンエイジャーに勝てる自信もないし、


正義を気取るほど、かっこ良くもない。はっきり言うとブ男だ。


だから助けた女性からも、お礼は言われても、名乗ったり連絡先を交換するなど、


そういった、おいしい展開にはならなかったのだ。わかっている。


俺は自分をわきまえた男なのだ。


「今日から君は誰も恐れなくて良いのだよ。君は今日から、正義の味方だ。」


「正義の、味方?」


俺はあまりの稚拙さに失笑しそうになった。


「そうだ。君は、これから、絶対に誰にも負けない能力を授かったのだ。」


それは、俺が今、されていることと何か関係があるのか。


体が動かない。


俺の体に何をしたんだ。


俺はそこで目が覚めた。


なんだ、夢か。


俺はいつも通り起床、寝起きにコーヒーだけを飲み、会社に出かけた。


駅に着くと、俺は3人の若者に取り囲まれた。


昨日のガキ共だ。


「よう、オッサン。昨日はよくも邪魔してくれたな。正義の味方のつもりかよ。」


リーダー格の、一際大きな体の男がニヤニヤしながら、俺の胸ぐらをつかんできた。


皆、見て見ぬふり。今度は俺の番か。


「カッコつけてんじゃねえよ、オッサン。」


そう言うといきなり俺を殴りつけようとした。


俺は自分を守るため、肘で自分の顔をブロックした。


そのとたん、男が床に倒れた。


どうやら俺の肘が男のアゴにヒットしたようだ。


男は驚いた顔で俺を見たあと、怒り狂った目で立ち上がろうとした。


やられる!俺はそう思った瞬間に、男に足払いをかけていた。


自分でも嘘みたいな機敏な動き。


この男を立たせてはいけない。


俺は倒れた男の顔を踏みつけた。


何度も何度も。


男は動かなくなった。


他の二人はあっという間に俺が大男を伸したので


とっくの昔に見捨てて逃げていた。


勝った?この俺が?生まれてこの方、暴力など振るったことのないこの俺が。


周りが騒然となりはじめ、俺は走って逃げ、電車に飛び乗った。


やばい、人にたくさん見られた。


俺は傷害犯だ。通報されただろうか?


俺はそれから数日間、いつ警察がくるかと、気が気では無かった。


でも、警察は来なかったし、ニュースにもならなかった。


恐らく、皆、関わりたくないから、何も言わないのだ。


皆他人には無関心、揉め事には関わりたくないのだ。


やられた男も、35歳のオッサンにやられたとなると不名誉だから、


たぶん、他の人間にも俺にやられたなど言えないのだろう。


数日後、顔がボコボコになったその男と、また駅で出くわした。


俺はまたインネンをつけられると構えたが、男は俺を見るなり


恐怖で怯えた表情になり、足早にその場を立ち去った。


あの大男が、俺を恐れている。


俺はとてもいい気分になった。


本当に、俺、正義の味方になった気分だ。最高。


何で俺、急にこんなに強くなったんだろう?


その日の夜、俺は大変なことになった。


会社帰りに、駅裏の暗い路地で、いきなりわき腹に鈍い痛みを感じたのだ。


あの男が立っていた。


俺のわき腹に、ナイフが突き刺さっていたのだ。


「てめえ!調子に乗ってんじゃねえぞ!」


男は喚き散らした。俺は痛かったが、そのナイフを手で引き抜いた。


そうか、ナイフが突き刺さった時は抜いたら出血が酷くなるから、


抜いちゃダメだってテレビで言ってたっけ?


俺は呑気にそんなことを考えていた。


ナイフを引き抜いて呆然と立っている俺を見て、男は驚愕の表情を浮かべた。


あれ?あんまり痛くなくなってきた。


よく見ると、出血は止まり、なんだか傷が治ってきてる気がする。


俺は、体を震わせている、俺を刺した男に近づいた。


髪の毛を鷲づかみにし、首を半周回した。


驚くほど簡単に、男の首は前後あべこべになった。


元に戻すと男はすでに白目を剥いて泡を吹いていた。


手を離すと派手な音を立てて倒れた。


「キャーーーーー!」


後ろで女性の叫び声がした。


俺が助けた、あのOLだ。


俺は彼女に近づき言ったのだ。


「もう大丈夫だよ。正義の味方が、悪いやつはやっつけちゃったからね。」


彼女は恐怖におののき、またあの時のように脱兎のように逃げたのだ。


なんだよ、せっかく助けてやったのに。


すげえな。俺。


不死身になったぜ。


その日から、俺の人生が変わった。


俺は全国に指名手配されたのだ。


さすがに、殺しちゃったのはまずかったな。


逃走にはお金が必要だ。


でも、俺は正義の味方だからな。


悪い奴からしか、お金は巻き上げないぜ。


俺はやくざの事務所や、悪名高い金貸し、詐欺師など、


悪い奴らから片っ端にやっつけて、そいつらのあぶく銭を奪い取ってやった。


邪魔するやつは、全員ブッ殺してやった。


すごいな、俺。平成のねずみ小僧じゃん。


しかし、そんな義賊の俺にも年貢の納め時が来た。


警察に包囲され、不死身の俺の体に麻酔銃を打ってきたのだ。


そっか、麻酔銃は有効なんだ。


でも、大丈夫だ。


俺は不死身なんだ、


死刑になんてしても、絶対に死なねえ。


あはは、ざまあみろ。


あはははははははははは。


__________________________________________________


人選、ミスったね。


そうだね。


彼なら正義の味方になってくれると思ったんだけどね。


人間って愚かだね。


力が手に入るとすぐに調子に乗っちゃうんだ。


今までもそうだったよね。


このままだと、人間滅びちゃうよね。


そうだよ、無関心が世の中を滅ぼしちゃうんだ。


科学が力だと思っちゃうんだ。


核を持った国同士でけん制しあうのさ。


けん制がけん制で無くなったとき。


どうなっちゃうんだろうね?


どうなっちゃうんだろうね?


じゃあ今回も正義の味方、ナシってことで。


_______________________


今日が死刑執行日か。


ま、俺、死なねえけどな。


あはははははははは。



そんな目隠しとかしなくっていいって。


言い残すことはないかだって?


ねーよ。だって俺、死なねえんだか___________



「平成26年 2月17日 午前10時32分。


死刑囚 木下 雄太の死亡を確認しました。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ