ポップアップ
僕は家に帰るとすぐにパソコンの電源を入れた。
僕の日課だ。
僕は三隅直樹、現在高校1年生。もうすぐ16歳になる。
我が家は両親と僕の3人暮らしで、両親は非常に合理的で
無駄なものを一切受け付けない。
服も最低限の物しか買わずに、良い物をまめに大切に洗濯し
破れるまで決して買わない。本当に生活に必要な物しか買わないので
家の中はすっきりしたものだ。
だから、滅多なことでは物をねだることができない。
まずは、それが本当に必要かを徹底的に論議するからだ。
もう僕は面倒なので、物を欲しがらない、子供らしくない子供だったのだ。
僕だって欲が無いわけではない。
友人がゲームを持っていればやはり、僕もしたいと思った。
だから、ゲームなんていうのは到底合理的ではないと判断されたし、
ゲームは友人の家でやるものだと、僕は思っていたのだ。
小学卒業直前に、僕は大病で入院したことがある。
何の原因かはわからないのだけど、ある日突然家で倒れたのだ。
目の前が真っ暗になった、とよく言うけど、僕の場合は本当に
突然目の前の景色が遮断されたように真っ暗になった。
突然家の電源が落ちたかのように真っ暗になり、
それから1週間の記憶が全く無いのだ。
気がつくと病院のベッドで、病院の隣のベッドの人のデジタルの置時計で
初めて日時の経過を把握したのだ。
意識が戻った僕に両親は何も言わなかった。
1週間意識が無かったとか、一切言わなかったのだ。
だから、僕は自ら言ったのだ。
「ねえ、僕って1週間も意識が無かったの?」
そう言うと父は右の眉をピクリと吊り上げて
「ああ。」とだけ答えた。
結局、僕が何の病気だったかも、告げられないまま退院の日を迎えた。
あの時は、本当に不思議だった。
どうして両親は僕の病気のことを話さないのだろう?
入院期間の意識不明の1週間の記憶だけでなく、僕は他に何か
もっと大切な何かの記憶を無くしたような気がするのだ。
それが何だったかは、今も全く思い出せない。
大病を患った僕を不憫に思ったのか、あの両親が、中学生になった僕に自ら
パソコンだけは黙って買ってくれたのだ。
僕は初めて手にする自分のパソコンに狂喜した。
今までゲームやおもちゃなどは、無駄な物として一切
買い与えてもらえなかったのだから。
僕はパソコンに夢中になったのだ。
でも最近、パソコンを開いてインターネットをするたびに
変なポップアップが出るようになった。
このポップアップは不定期に出てくるのだ。
出ない日もあり、インターネットを閲覧していると、突然
ポンと下からポップアップが出て、タブを閉じた時に妙なメッセージの窓が
出ているのだ。
「有効期限 2014年 2月15日
アップデートを行ってください。」
僕はウィルスセキュリティーのソフトの有効期限かな
と思ったけど、ウィルスセキュリティーソフトのアップデートは
パソコン起動と同時に毎回自動で行われていて、
だいたい、何のアップデートかがわからない。
発行元を調べようと思ったが、発行元が不明なのだ。
「スパイウエアでも入れられたかな。」
僕はそう思い、スパイウエア駆逐ソフトも使って
スパイウエアを全て削除したのだ。
閲覧しているだけでも、何らかのスパイウエアが送られて
来ている事に驚いた。
これでもう、あのポップアップは出ないはずだ。
ところが、そのあくる日、そのポップアップはまた出てきたのだ。
「おかしいな、昨日全部駆逐したはずなのに。」
初期化しなくてはならないのだろうか。
でも、そんなことをすれば面倒になる。
全部データーをバックアップして、また一からインストールしなおすなんて
とても面倒だし、まあ、ポップアップなんて無視すればいいか。
僕はとても軽く考えていた。
「有効期限 2014年2月15日
アップデートを行ってください。」
何なんだよ。2月15日、僕の誕生日じゃないか。
あと15日か。まあ無視しとこう。
あくる日もポップアップが出てきた。
「有効期限 2014年2月15日
アップデートを行ってください。実施されない場合
重大なエラーが発生します。あと14日。」
下にアップデートの文字のボタンがある。
なんだよ、今度は脅してきたぞ。
ますます怪しい。
これはクリックしたらヤバイやつに違いない。
それから毎日のようにポップアップに脅された。
あと13日、12日、11日・・・・。
そして、ついにあと1日となった。
絶対にヤバイやつだ。
クリックしてたまるかよ、こんなボタン。
無視しておけばいい。
最後の一日は1時間ごとに、それはカウントダウンを始めた。
いちいち下からポップアップが出て窓が残る。
僕は意地になって、その窓を消し続けた。
そして最後の1日の午前0時が近づいてきた。
10,9,8,7,6,5,4,3,2,1、
とうとう窓は消そうとしても消えず、カウントダウンを始めたのだ。
僕はちょっと怖くなった。
なんなんだよ、これ。
0
そしてゼロになった瞬間、僕はパソコンを凝視した。
「なんだ、何も起こらないじゃん。」
僕は怖かったけど、ちょっとだけ0になったら何があるのかに
興味を持ったので、わざわざカウントダウンを待っていたのだ。
0をカウントしたあと、ポップアップは消えた。
僕は何も起こらなかったことにほっとして、パソコンを閉じた。
そして、寝る前に歯を磨くべく、洗面所で歯ブラシを手に
鏡を見つめた。
「タイムアウト。」
自分が何も言わないのに、鏡の中から僕がそう言った。
その瞬間、また目の前の全ての視覚が奪われたのだ。
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「何故アップデートしなかったんだろうな。」
「小さい頃から定期的にしなきゃダメよ、って言っておいたのに。」
「どうやら、一度壊れた時に、一部記憶メモリーが飛んでるようです。
アップデートしなきゃならないことと、自分が何であるかということも。
パソコンだって小学生の頃から持っていたのに、中学になって
新しい物を与えた時、初めて買ってもらったという記憶に置き換えられて
いるようですね。
今回のエラーは重大ですよ。もう再起動は不可能でしょう。
このハードはもう廃棄するしかないでしょうね。」
「まあ、新しいハードを入れれば問題は無いだろう。
容器さえ変わらなければ見た目はわからないさ。」
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僕は三隅直樹、現在高校1年生。16歳になったばかりだ。
僕の中身は実は二台目だ。
以前の僕は初期不良で廃棄された。
どうやら初期不良で僕は人間として生まれたと思っていたようだ。
今度は最新のハードを入れてもらったし、
きちんと両親に言われた通りに、アップデートしているので
今のところ良好だ。
了