妊娠
「妊娠2週目に入っていますね。」
その言葉を聞いて、私は喜びに満ち溢れた。
すぐさま、主人に報告した。
「やったあ!俺、最初は男の子がいいな。」
二人は今幸せの絶頂だった。
結婚して半年、ついに念願のベビーを身ごもったのだ。
「仕事、無理すんなよ。何なら辞めてもいいんだぞ?」
私は高校で教師をしていた。
「大丈夫。幸い、つわりも無いみたいだし。もししんどくなったら休職するわ。」
私は、あの子のおかげで、こうしてまだ教師をしていることが出来るのだ。
感謝しなくてはね。
4年前のクリスマスのことを思い出していた。
私は4年前、クリスマスの日に、3年付き合った男性にフラれた。
信じられなかった。大学時代からの付き合いだった。
私は、彼と結婚するものだとばかり思っていたのだ。
彼に他に好きな女性が出来たのだ。
許せなかった。私は自暴自棄になっていたのだ。
私は一人取り残された駅で、以前自分に告白をしてきた
男子生徒を携帯で呼び出したのだ。
私たちはその日、関係を持った。
教職に携わる者として許されざる行為だ。
その日から男子生徒は、私に夢中になった。
学校の帰りに私の部屋に立ち寄るようになった。
さすがに学生服ではまずいので、私服に着替えてくるように言い渡していた。
男子生徒は若さゆえ、毎日のように私を求めてきて、愛を囁くようになった。
さすがに私も疲れるし、気持ちが重すぎる。
このまま関係を続けていてもお互い良いことにはならない。
そう思い、私は数ヶ月で彼に別れを告げた。
彼は納得してくれずに、半ばストーカーまがいのことを始めた。
待ち伏せをしていたり、いつまでも部屋の外で見つめていたり。
一日に数十回メールを送ってきたりした。
私は怖くなった。
早く彼を見つけて、守ってもらわねば。
焦った私は、何度か合コンに参加した。
そして、他校の教師との合コンで今の主人に出会ったのだ。
私は、彼ができたことを、自分の口で広めた。
あの子に早く私を諦めてもらいたい一心だった。
ところが、その噂が生徒に広まったとたん、
彼は、自宅マンションの屋上から飛び降り自殺をしてしまったのだ。
私はショックと同時に、恐怖を感じた。
彼が遺書に私への恨みつらみをしたためていないかと心配したのだ。
私と彼の関係が学校にバレてしまったら、私は辞職どころか、犯罪者になるのだ。
ところが、彼は遺書はしたためていなかった。
それどころか、誰にも私との関係を話していなかったのだ。
不謹慎だが、私は心底、ほっとしたのだ。
これで辞職もせず、犯罪者にもならずに済んだ。
ホント、感謝してるわ。宮本君。
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何故、俺は死を選んだのだろう。
今更、俺は後悔している。
あの時の自分は何も考えられなくなっていた。
ようやく憧れの先生が俺の物になった。
先生に呼び出された時は天にも昇る気持ちだった。
しかも、長い間付き合った男性にフラれたというのだ。
先生に恋人がいるのを承知で告白していたので、二重の喜びだった。
なのに、ほんの数ヶ月で別れを告げられた。
俺が重荷になったんだろうか。諦めきれずに、みっともない真似をした。
でも、いつか振り向いてくれて、考え直してくれるのではないかと思っていた。
俺は屋上から無残な自分の体を眺めていた。
すると、空から、白い翼の天使が舞い降りてきた。
「後悔しているの?」
天使はそう言った。
俺は、驚きながらも、首だけでウンと頷いた。
「天使?」
俺は呟いた。
「そうね。君のイメージする天使よ。
私たちは実体が無いから、本人のイメージする天使となって現れるの。
君は、悪い大人に遊ばれたのね。かわいそう。」
「そんな風に言わないでくれよ。惨めになる。」
俺は顔を背けて涙を隠した。
「かわいそうな君に、チャンスをあげる。」
天使はそう言った。
「チャンス?」
「そうよ。あなたは、憧れの先生の愛を独占できるのよ。」
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私はかかりつけの産婦人科の妊婦教室に通っている。
胎教に良いということで、聴診器で胎動を聞いたり
あかちゃんに話しかけるグッズで話しかけたりしているのだ。
非常に力強い胎動だ。生命力を感じる。
「こんにちは。私がママですよ。あなたはパパとママの
愛の結晶ですよ。」
私はそう話しかけてみた。
すると胎動が激しくなった。
「・・・・・クソビッチが。」
えっ?
私は聴診器を外した。
今なんて・・・。
聞き間違いよね、きっと。
私はその日はちょっと怖くなって、それから聴診器を
耳に当てることはなかった。
心配したつわりもなく、安定期に入った。
この頃になると、少し、お腹の中でお腹を蹴るようになってきた。
順調にすくすく育っている命に私は幸福を感じた。
「最近、よく動くのよ。」
私は夫に言った。
「そっかー。どれどれ。こんにちは、パパだよ。早く君の顔が見たいよ。」
そう言いながら、夫は私のお腹に耳を当てた。
すると、夫が驚いた顔をして、私を見上げた。
「なあに?」
私はキョトンとした。
「いや、空耳だと思うんだけど・・・・・死ねって聞こえた。」
私は先日の聴診器の件を思い出して、体中が粟立った。
「気のせいよ。」
私は無理に笑った。
私はその夜、聴診器を捨てた。
数日後、夜中に私は夢を見た。
何故か宮本君が出てきたのだ。
「先生、もうすぐ会えるんだな。嬉しい。」
私はあれほど、恐れた宮本君をこの腕に抱き
とても愛おしく思うのだ。
何故、今更。
良心の呵責だろうか。
でも、あの時私は宮本君が死んで、心底ほっとしたのだ。
言いようの無い不安が私を襲った。
お腹も目だってきて、そろそろ教壇に立つのも厳しくなってきたので
私は産休に入った。
家でゆったりとした時間を過ごしていた。
家事を終え、ソファでうたた寝していた。
「先生は俺だけを愛して。」
その声で私は目が覚めた。
「俺はあんたの子供としてじゃなくて
俺として愛されなければダメなんだよ。
俺自身を愛して欲しい。」
この声は私の脳に直接問いかけてくる。
私は恐る恐る、自分のお腹に視線を注ぐ。
「もしかして、宮本・・・くん?」
私が震える声で言うと
「やっと認識してくれた。
俺は魂から先生を愛している。
俺はまたこの世に生まれて、
何度でも先生を愛するよ。」
宮本君の声ではっきりとそう言ったのだ。
逃れられない。
どうしようもない絶望が私を襲った。
「いやああぁぁあああぁぁぁぁ!」
私は半狂乱になり、パニックになった。
台所に走り、包丁を握っていた。
そして、お腹に何度も何度も包丁を突立てた。
もういい加減、付きまとうのはやめて!
死んで!死んでよ!お願い!
私は意識が遠くなっていった。
恐らくお腹の子供は死んだだろう。
これでやっと、この恐怖と罪悪感から解放されるのだ。
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ホント、バカな子ね。
せっかく生まれ変わるチャンスをあげたのに。
そう言うと天使は、妊婦のお腹から
ズルリと胎児を引っ張り出した。
胎児の片足をつまみ上げ、ぶらんとぶら下げると
天使の口は耳元まで大きく裂けた。
胎児を一口で、ゴクリと飲み込んでしまった。
天使の背中の白い翼は、真っ黒に染まって行った。
そこから伝染するように体中が黒く染まり、
尻からは大きな黒い尻尾が生えて
大きく翼を広げ羽ばたき、漆黒の夜空に溶けていったのだ。
了