猫ラーメン
「あんな所に、ラーメン屋があったのね。」
主人の運転する車の助手席に乗り、私は主人に話しかけた。
「そうそう。知らなかった?」
主人はそう答えた。
「おいしいのかな?あの店。」
私が興味深げにそう話すと、主人は意味ありげに笑った。
「美味いらしいよ。猫の出汁がきいてるらしい。」
「はぁ?猫ぉ?」
「うん、あそこって交差点じゃん?よく猫が轢かれるんだよ。その猫の死体をあそこのオヤジが片付けてるのを、見たやつがいるんだ。それから、猫で出汁を出してるに違いないって噂が立ってる。」
「猫で出汁なんかとるわけないじゃん!オヤジさん、いい人じゃんか。猫の死体を片付けてるんだから。だいいち食べ物屋の前で猫の死体なんかがいつまでもあったら、商売にならないじゃん。」
私がそう言っても主人は冗談めかして意味ありげにニヤニヤ笑う。
「じゃあ、今度、食べに行ってみるか?猫ラーメン。」
私は呆れてしまった。
次の週末、私達は本当にその店にラーメンを食べに行った。
私達夫婦は、ラーメンを注文して、食べたのだが、微妙だった。
「俺の同僚は、めっちゃ美味いって言ってたのにな。」
「そうね。たいしたことないわね。普通。」
人の口コミなんてあてにならないもんだ。
私達夫婦は、二度とそのラーメン屋に行くことはなかった。
数週間後、私は友人の車で、一緒にショッピングに出かけた。
ショッピングを終えると、ちょうど正午になった。
「お腹空かない?私、すごく美味しいラーメン屋さん知ってるの。食べに行かない?」
友人が車を走らせ、駐車場に車を停めたのが、あの猫ラーメンだった。
友人が絶賛するのを否定するのも悪いので、まあ特別不味いというわけでもないので、
友人と共にその店に入った。二人はラーメンを注文した。
私はさほど期待せずに一口スープをすすった。
え?なにこれ。この前とぜんぜん違う。めちゃくちゃ美味しい!
「ね、美味しいでしょ?」
「うん、すごく美味しい。」
私は一度食べたことあるのに、初めて食べたようなことを友人に言った。
日によって、味にむらがあるのかしら?それとも、あの日だけ、ちょっと不調だったのかな。
数日後、あのラーメン屋の前の交差点で、無惨な猫の死体が転がっていた。
ああ、まただ。かわいそうに。
そう思っていたら、ラーメン屋のオヤジさんが店から出てきて、手早く猫の死体を片付けた。
そうだよねえ。猫の死体なんて、店の前にあったら商売あがったりだわよねえ。
私はその日、一人でラーメン屋に立ち寄った。
そこで、私はラーメンを注文し、違和感を感じた。
「あれ?また味が普通に戻ってる。」
心の中だけでそう思った。私の舌がおかしいのかな。
そのあくる日、所用があり、ラーメン屋の近くを通りかかった。ラーメン屋はまだ準備中らしく、暖簾が出ていなかった。あともう少しで開くのか。私は、もう一度、味を試してみたくなり、しばらく店の様子を見ていた。店の中からいい匂いが漂ってきた。私は少し気になり、店の裏手に回り、厨房が覗ける窓があったので、こっそりと覗いてみた。
「嘘っ!」
私は口に出そうな言葉をそのまま飲み込んだ。
猫だ。昨日の。
あれは、ゴミよね?なんで処分しないの?
そう思っていた瞬間、猫の皮をずるりとオヤジさんが剥ぎ取った。
私は在り得ない光景に吐き気を催した。
そして、皮をはいだ中身は、ぐつぐつと沸騰する鍋に放り込まれた。
「えっ!」
私はつい声が出てしまった。
するとオヤジさんが私に気付き、勝手口から出てきて、私に近づいてきた。
手には大きな骨切り包丁が握られていた。
「お客さん、まだ準備中ですよ。」
私は脱兎のごとく逃げた。
嘘!そんなこと絶対あるもんですか。何かの見間違いよ!
私は自分の見たものを必死に否定した。
そのあくる日、主人が私に言った。
「昨日、同僚に誘われて猫ラーメン行ったんだけどさ。あの時とぜんっぜん違って、めちゃくちゃ美味かった。」
そう興奮気味に私に話したのだ。
「あのね、あのラーメン屋、行かない方がいいよ。」
私は主人が気の毒で、はっきりと理由を言うことができなかった。