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あの山に入ったらいかんよ。

地元には幼い頃から俺達が、親にさんざん言い含められて来た山がある。

これは、俺が小学4年の頃に体験した話だ。


夏休みももうすぐ終わりというある日。その日は登校日だった。

久しぶりに会うクラスメイトはほどよく小麦色に日焼けしていた。

「おはよー。」

朝の教室に口々に元気のいい挨拶が響く。

「よお!」

久しぶりにこの大声を聞く。ユウヤだ。

ユウヤは、なにやら小さな箱を持っていた。

「久しぶり。お前何持ってんの?それ、自由研究?」

一足早く、自由研究を提出する者もいたので、てっきりそうかと思った。


「ブッブー。俺がそんな真面目人間に見える?」

確かに。ユウヤと言えば、夏休みも切羽詰まって、お願い!ワーク、見せて!

と誰かれかまわず拝み倒すような迷惑人間なのだ。

答えを丸写しすれば、一発で先生にバレるので、適度に人のを写して、

さも自分でやったように見せかけるという悪知恵だけは働くやつだった。

ユウヤはたっぷり勿体つけて箱の中身を見せた。


「すっげー、何これ!」

そこには、見たことも無いほど大きなオオクワガタが居たのだ。

「昨日の朝、〇〇山で獲った。」

ユウヤは自慢げにニカっと笑った。

これほどまでに大きな物を見るのは初めてだった。

わざわざ学校に持って来たあたりがユウヤらしかった。

ユウヤは目立ちたがりだ。ユウヤはその日一日、ヒーローになった。


その日の夜、俺とトモヤはヒロキの家に泊まった。

俺とトモヤとヒロキは、幼馴染で、親同士も幼馴染だから、よくお互いの家に泊まった。

親同士が飲む口実でもあった。当然飲めば車も運転できないから、泊まれということになる。

田舎なので、近所とはいえ、軽くお互いの家までは2kmはあるのでよく親の車で行き来したのだ。


親同士が賑やかに下で飲んで騒いでいる。

ヒロキの部屋でゲームするのにも飽きた頃だった。

ヒロキがしきりにシャドウピッチングを始めた。ヒロキは少年野球チームに所属し、

ピッチャーだったので、暇になると、これを始めるのだ。


俺には、妙に人の癖が気になるところがあった。

トモヤは何か考え事をするときに、必ず下唇を噛む。

だからトモヤの唇には噛みダコができている。

人の癖を観察する癖が、俺にはあった。


案の定、ヒロキが口を開いた。

「なあ、なんか暇だなー。今からちょっと出かけねえ?」

「今から?」

俺とトモヤは、窓の外を見た。

夏の夕暮れの空は、すでに日が沈みかかっており、一面を赤く染めていた。

「飯も食ったしさ。親はどうせ下で騒いでるから。少しの時間くらいわかりゃしねーって。」

「で、でも、何しに?どこへ行くんだ?」

片田舎なので、コンビニもゲーセンもない。

俺は怪訝に思って質問したのだ。

「〇〇山。」

俺とトモヤは、その名前を聞いて固まってしまった。


あの山には入ったらいかんよ。

親が忌み嫌うあの山。何がそういわせるのかは理由はわからない。

「でも、母ちゃんが、あそこに入ったらいかんって。」

俺がそう言うと、ヒロキがニヤニヤからかうように笑った。

「タツヤは母ちゃんが怖いのかよ。」

俺はそう言われ憤慨した。

「べ、別に。」

強がりたい年齢だった。

「俺、悔しくてさ。ぜってえユウヤよりでっかいクワガタ、見つけてやろうと思ってさ。」

なるほど、そういうことか。

ヒロキはお調子者でいい加減でも、人気のあるユウヤを快く思っていなかった。

「でも、夜になるぜ?」

トモヤが言うと、ヒロキは、鼻息を荒くした。

「お前、ビビってんのかよ。だいたい、昆虫ってのは朝より、夜活動するんだぜ?

今からのほうが、ぜってえたくさん獲れるに違いないんだよ。俺、実は昼間の間に

木を傷つけてたから、今頃は、俺の傷つけたところから蜜が染み出してるはず。

きっとわんさか、クワガタやカブトがいるに違いないぜ。」


〇〇山に入ってはいけないとは言われていても、子供っていうのは

入るなと言われれば余計に入りたくなるもので、〇〇山は小さい頃からずっと遊んでいて、

俺達にとっては庭みたいなものだったのだ。

ハイキングコースなども整備されているし、舗装された道路もあって、何故親達が

あの山へ入ってはいけないと言うのか、理由なんてわからなかった。

一つ、理由があるとすれば、あの山には通称「呼び沼」と言われる沼があるからだろう。

あの沼では、昔から子供が命を落とす事故が何件かあったらしく、今では市が対策を講じて

ぐるりとネットで囲まれているので、子供は近づけないのだ。


難色を示す俺達を半ば無理やり引き連れるように、ヒロキはこっそりと家を出た。

ヒロキの家は、〇〇山のふもとにあり、俺達は1時間程度で帰ってくる予定だったのだ。


山の中に入る頃にはすっかり日が暮れていた。

ヒロキが家から3つ懐中電灯を持ち出していたので、なんとか足元は

照らすことができるが、やはり真っ暗な山道は不気味だった。

俺達は山で迷わないように、分岐点を正確に記憶し、看板を記録した。


「ここだよ。」

ようやくヒロキが言う、木にたどり着いた。

ところが、傷つけたにもかかわらず、蜜も何も出ておらず、

虫の一匹もそこには居なかったのだ。

「なんだよ、わんさかじゃなかったのか?」

俺がヒロキに苦言を言うと、ヒロキは頭を捻った。

「あれえ?おかしいな。」

ヒロキがそういうと、トモヤが口を挟んだ。

「これ、虫が来る木じゃねえよ。たいていくぬぎだろう。」

よく見ると、くぬぎではなさそうだった。


「まったく。くたびれ損の骨折り儲けだ。」

俺は、まるでジジイのような言葉でヒロキをなじった。

結局そのまま家に引き返すことになった。


俺達は正確に分岐点を記憶し、看板を記録したはずだった。

「〇〇山、ハイキングコース」

どれだけ歩いても、延々とその看板に戻ってきた。

「えー、なんで?ちゃんと記録通りに歩いてるのに。」

どうやら、俺達は道に迷ったようだ。

「いくら同じことをやっても同じ所に戻ってくるから、それなら逆に行こう。」

俺の提案で、俺達は不安でいっぱいになりながらも山道を歩いた。


すると、木々に覆われた道を抜けると、広い場所に出てきた。

やはりここではない。俺達は途方にくれた。

前方を照らすと、目の前に金網でぐるりと囲まれたスペースが現れた。


「呼び沼?」

俺がその名を口にすると、二人は恐怖の表情で俺を見た。

「うわぁああぁああ!」

突然トモヤが叫んだので、俺とヒロキは心臓が飛び出すかと思うほどに驚いた。

「脅かすなよ!なんだよ、トモヤ!」

ヒロキが叫ぶと、トモヤは沼を照らしながら、震える指で指差した。


金網内の沼の土手に、少年が立っていたのだ。

「わああああああああ!」皆が一斉に叫ぶと、その土手の少年も一緒に

「わああああああああ!」と驚いたのだ。

俺達は、一瞬、わけがわからなくなった。


その少年が口を開いた。

「大きな声出すなよ、こっちがびっくりするじゃないか。」

に、人間?

俺達はてっきり幽霊かと思ってたので、人間とわかるとほっとした。

でも、なんでそんなところに?そう思っていると、少年は口を開いた。


「君達、迷子になったの?」

俺達は、おそるおそる首を縦に振る。

「君達、〇〇小学校の子?」

「はい。」

俺が答える。

「そうなんだ。僕は〇〇中学校の、1年。ユウジっていうんだ。」

少年はそう自己紹介した。

「仕方ないな。じゃあ、僕が送ってあげるよ。ちょうど魚も釣れないし。」

少年は、金網の中から、釣具をこちら側に放り投げ、器用に金網を昇って、

こちら側に飛び降りた。

「だめだよ、こんな夜中に小学生だけでこんなところに来ちゃ。危ないよ?」

腰に手を当てて、盛んに右手であごを触りながら、俺達に説教をした。


俺達はお言葉に甘えて、送ってもらうことにした。

俺達ははっきり言って安堵した。

心細かった3人は思わぬ助け舟に安心したのだ。


ところがしばらく歩いても歩いても、なかなか麓に着かない。

俺達は不安になり、チラチラとユウジの顔を見る。

ユウジは盛んに顎を右手で触りながら、いろんな話をする。

カブトムシやクワガタの獲れる場所も教えてもらった。


ユウジは足が速くなり、ずんずんと俺達を置いて行くので、

俺達は必死にユウジに追いつこうとした。

しかし、真っ暗なのに、なんであんなに速く歩けるのだ。

俺達は足元を照らして、おっかなびっくりで歩いているのに。

俺達は、ユウジの姿が見えなくなったので、はるか前方を

必死に懐中電灯で照らした。

そして、俺達は驚愕の事実を目の当たりにする。


俺達は、また、あの「呼び沼」に戻ってきていたのだ。

しかも、ユウジはまた、金網の内側にいる。

沼の土手に立っている。


「あ、あの、送ってくれるんじゃ・・・。」

俺は恐る恐るユウジに話しかけた。

ユウジは顎を盛んに右手で触りながら、ニヤニヤした。

「ああ、またここに来てしまったね。もう仕方ないから、朝までここで、僕と釣りでもしないか?」


俺達はようやく、おかしな点にいろいろ気付いた。

暗闇にもかかわらず、迷わず歩けるユウジ。

前を歩いていたユウジは、一瞬にしてあの金網を乗り越えたのだ。

音もたてずに。

だいいち、おかしいじゃないか。

こんな夜中に。少年が懐中電灯も持たずに、こんなところで釣りをしている。

ユウジが顎に右手を当ててこちらをじっと見ている。たぶんあれは、癖だ。


俺達は脱兎のように、めちゃくちゃに山道を転がるがごとく走って逃げた。

それぞれ、わけのわからない叫び声を上げながら。

「なんだよ、君達。逃げることないじゃん。」

すぐ後ろで声がする。

後ろなんてもう、振り向けるわけがない。


俺達は泣き声になっていた。

「助けてー、誰かー。助けてー。わあぁあぁぁぁあ!」

俺達は顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら走った。


「おい、おったぞ!」

大人の声がした。

「ヒロキか!?」

ヒロキのお父さんの声。


懐中電灯で俺達は照らされ、まぶしさに目を閉じた。

「なんしよるんな!お前らは!」

俺の父親の怒鳴り声がした。

俺は安堵から、父親にむしゃぶりついて大声で泣いた。


家に帰った俺達は、それぞれの親にこっぴどく叱られた。

ヒロキの父親が、俺達が部屋に居ないことと、虫網、カゴ、懐中電灯がないことに気付き

恐らく〇〇山に行ったのだろうと、あたりをつけて探しに来たのだ。


俺達は言い訳として、ハイキングコースの看板を目印にいくら下へおりても、

麓にたどりつけなかったことと、沼で会った少年のことを話した。

「ハイキングコースの看板?そんなものは、あそこには無いぞ?」

俺の父親がそう言った。

でも、見たんだ。俺達、3人で。

「ユウジっていうんだ。そのお兄さん。〇〇中学の1年だって言ってた、」


その名前を聞いたとたん、父親達は3人で顔を見合わせた。

少し青ざめたような気がした。


その日は泊まる予定は無くなり、俺達はヒロキのおばさんの運転する車で、

家まで送り届けられた。父親は飲んでいたので、明日車を取りに行くということになった。


父親は家に帰ると、もう一度俺を叱るのかと構えたが、自室に戻るとすぐに、手には

古いアルバムを携えて、居間に戻ってきた。

「なあ、お前が見た、ユウジってこいつじゃないか?」

そう言うと、釣竿を左手に、右手を顎に当ててポーズをとっている少年を指差した。

顔ははっきり言って、懐中電灯の光だけで頼りなくて覚えていない。

だけど、この右手を顎に当てたポーズ。

あれは、あいつの癖なんだ。


「うん、間違いない。右手でずっと顎を触ってた。」

俺がそう言うと、父親の目に涙が溢れ、一筋流れた。


「あいつは待ってたんだ。俺達、臆病風に吹かれて。すっぽかした。

呼び沼が怖くて。釣りの誘いを断ったんだ。」


イシダユウジ。

それがあいつの名前だ。

その夜、ユウジは帰らぬ人となったそうだ。

一人であの沼に行ったのだ。

おそらく、足を滑らせて沼に落ちたのだろう。

あの当時は、金網は巡らせておらず、自由に沼に近づけたそうだ。


俺の父親とヒロキ、トモヤの父親全員、イシダユウジと幼馴染だったのだ。

その数日後、父親達はユウジの墓参りに出かけた。


今もユウジは待っているのだろうか。

あの金網の張り巡らされた、「呼び沼」の土手で。

金網の中で、一人寂しく。

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