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ラジオ体操

「また来てるぜ、あの爺さん。」

ショウタが僕のわき腹を突いた。

ショウタの視線を辿ると、白い下着のようなシャツと短パンをはいた

虚ろな目の、痩せすぎたお爺さんが立っていた。


 夏休み5日目、初日からずっと見知らぬお爺さんがラジオ体操の時間になるとどこからともなく現れて、僕らに混じってラジオ体操をするのだ。誰に聞いても、どこのお爺さんか知らないとのことだった。この時勢何があるかわからないということで、必ず当番制で大人が一人ラジオ体操に参加しているので、心配は無いとは思うのだけど、この大人たちに聞いても、誰一人知らないというのも不気味だった。一応、挨拶をして警戒をしているのだ。大人が挨拶をすれば、頭をぺこりと下げて挨拶はするが、声を聞いたことはない。


 僕たちは夏休みの開放感と、十分な暇を持て余していた。ラジオ体操が終わると、ショウタが僕に後をつけてみよう、と言って来たのだ。僕はあんな薄気味悪いお爺さんをつけるなんてイヤだと断ったのだが、押し切られるように、僕はショウタに無理やり引っ張って行かれた。ある程度の距離を保って、僕たちは下手な尾行を始め、探偵気取りだった。


 するとお爺さんは、この近所で幽霊屋敷と言われている家へと入って行った。その日の僕らの尾行はそれで十分だった。

「やっぱな。気味が悪いと思ったら、やっぱあそこの住人だったんだ。」

ショウタが得意気に自分がさも予想してたかのように言った。

「でも、あそこってさ、誰も住んでいないってうちのお母さんが言ってたよ?以前は人が住んでたんだけど、家財道具をいっさい持たずに夜逃げしたらしい。」

「へえ、そうなんだ。どんな人が住んでたのかな。」

「両親と小学生の男の子が住んでたらしい。男の子は何かの病気で借金があったとか。」

「じゃあ、あの爺さんが勝手にあの家に住み着いちゃったんだな。いわゆる、ホームレスってやつ?」

「無断だけど、ホームはあるから、ホームレスって言うのかな?」

僕らはそんなばかばかしい話をしながら、帰って行った。


 次の日も、その次の日も、そのお爺さんはラジオ体操に来ていた。そしてラジオ体操が終わると、あの家へ帰っていく。僕とショウタは、あのお爺さんが留守にするのを見計らってこっそり侵入したことがある。家財道具はかなり古くて、汚く、奥の部屋には敷きっ放しの真っ黒な布団があった。あそこで寝ているのだろう。僕らが侵入していると、玄関から声がした。

 「タカシ?タカシかい?」

これが始めて聞いたお爺さんの声だった。僕らはその場で飛び上がった。気付かれた!僕らはいっしょうけんめい気配を消しながら、そっと勝手口を開け、全力疾走で自分の家に逃げ帰ったのだ。


 そのあくる日もお爺さんはラジオ体操に来た。僕らは、気付かれてはいないだろうかと、ドキドキしたが、その心配はなかった。お爺さんはいつものようにラジオ体操をすると、そのまま家へ帰ったのだ。僕らはほっと胸をなでおろした。


 僕はあのお爺さんが言った「タカシ」という名前が気になった。なんだか引っかかるのだ。あのお爺さんと一緒に住んでいるのだろうか。

僕は両親にあの家のことをあらためて聞いてみた。

「そういえば、あそこの息子さん、タカシって名前だったわね。」

僕はお母さんの一言に心臓が競りあがってきた。まさかね。

「何の病気だったの?」

僕が聞くと、お母さんはさぁ?と答えた。

「でも、一度だけ、タカシ君を見たことがあるわ。はだしで外に居たの。見た感じ、病気には見えなかったんだけど、痩せてはいたわね。すぐに、ご両親に付き添われて帰ったけど。確か、あんたと同い年くらいのはずよ?」


 どうして、あのお爺さんは夜逃げしていないはずの「タカシ」の名前を口にしたのだろう?「タカシ」君のお爺さんなんだろうか?でも、その家族はお爺さんとは一緒に暮らしてはいなかったと言う。


 僕は気になってしまい、あんな怖い思いをしたにもかかわらず、またあの幽霊屋敷に足が向いていた。家の中からあのお爺さんの怒鳴り声が聞こえてきた。

「タカシ!あれほど外に出てはいけないって言っただろう!外の世界は恐ろしい魔物がいっぱいいるんだぞ!わからないのかっ!」

そう怒鳴りながら、バシン、ドカン、ドスンと大きな音がした。僕の心臓が早鐘のように鳴って、手足の先がしびれてきた。少し開いた窓からは棒切れを振り上げるお爺さんが見えた。そして、顔面とわからないほど顔が腫れ、人型をした何かが必死に頭を抱えている。


 虐待!僕の頭をその文字がよぎった。

これは大変だ。あの子が殺されちゃう。

僕は帰り道を、転がるように走った。足がもつれてうまく走れない。

ようやく家に帰りつくと、僕は怪訝がる両親を説得し、警察に通報してもらった。


 幽霊屋敷から、よどんだ目のおじいさんが、あの時の鬼のような形相とはうって変わった呑気な様子で玄関を開けて、警察官を招き入れた。そこには小学生もおらず、暴行をはたらいた形跡も何も無かった。おじいさんは、不法侵入者でもなんでもなく、その夜逃げした家族の、れっきとした父親であり、その家はそのお爺さんの家なので、住んでいるのは当然とのことだった。近所に誰も知った人が居なかったのは、ここが新興住宅地であったためと、お爺さんは長く別居していたので存在を知られてなかったらしい。僕は騒がせたことで、こっぴどく叱られた。


 確かに見たんだ。棒切れで抵抗できずに殴られ続けている小学生の男の子を。僕は夢でも見たのだろうか。白昼夢?


 その次の日も次の日も、お爺さんはラジオ体操に来た。ついに、お爺さんは夏休み中ラジオ体操に出席。皆勤賞だった。


 次の年の夏休み、お爺さんはラジオ体操には来なくなった。夏休みが始まって1週間経ったある日、あの幽霊屋敷でお爺さんの死体が発見された。近所に異臭が漂って気付いたらしく、死後2ヶ月経過しているとのことだった。そして、その幽霊屋敷は1年後解体されることになった。その敷地から地下室の存在が明らかになり、その地下室から小学生低学年くらいの男の子と思われる骨が出てきて、一時騒然となった。死因は餓死らしい。骨にはいくつか折れて再生したあとがあるらしく、両親はどうやら、小学生の息子を残して夜逃げしたらしい。その子には軽度の発達障害があり、病気などではなく、両親が病気と偽って小学校に通わせておらず、よそに愛人と共に逃げていた唯一の肉親である祖父がその子の面倒をやむなく見ることになったらしい。恐らく、祖父はその子を虐待死させたのだろう、という経緯だった。


 今年もラジオ体操の季節がやってきた。

そして、僕らの団地のラジオ体操にまた新たなメンバーが加わる。

同じくらいの年齢の男の子だが、まったく見知らぬ子だ。

僕には少し、見覚えがあるかもしれない。

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