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季節はずれの蛍

今回は最悪じゃないです。

 町を流れる光が、僕のはるか後ろに飛んでゆく。

ばいばい、住み慣れた町。僕のこれからの生活に対する不安が押し寄せる。


 明日から新しい町での生活。長年暮らした我が家を母といっしょに出て行った。

両親は離婚し、僕は母の実家に母と一緒に身を寄せることになった。幼馴染とも、

クラスメイトとも別れ、僕はいまぽっかりと穴の開いたような寂しさがある。


 新しい学校で、友達、できるかな。お父さんと離れ離れになっても、せめて

この町で暮らしたかったけど、経済的な問題でそうも行かなくなったのだ。

母がごめんねと言った。こればかりは仕方が無い。僕ももう小学5年生だから。

お父さんとお母さんがもうこれ以上一緒に暮らせないことくらいわかっている。


 僕は、流れる町の光を未練がましく焼き付けた。


 新しい学校は、1学年が2クラスしかなくて、それぞれ30人程度。

僕は5年2組になった。僕の名前が黒板に書かれ、紹介される。

僕は、ここより都会から越して来たので、少しくらい何か言われるかな、

そう思ってびくびくしていたが、クラスメイトは僕をやさしく迎えてくれた。

ほっとした。なんとか友達ができそうだ。



 1時間目が終わる頃、教室に男の子が入ってきた。

「井沢君、どこに行ってたんだ。座りなさい!」

男の子は、黙って僕の隣に座った。僕の隣は欠席ではなかった。

その男の子は、僕の方を不思議そうな顔で見た。

「転校生の佐藤です。よろしく。」

僕がそう言うと、首だけでこくりと挨拶をした。


 へんな子。

今まで授業をサボってどこにいってたんだろ。ついてないな、この子が隣とは。

僕は井沢君にあまり良い印象を持てなかった。


 それからも井沢君はしょっちゅう授業をサボった。井沢君には友達が居ない。

やはり変わり者というのは敬遠されるものだ。クラスに一人は居る問題児。

それが井沢君だった。


 僕が引っ越してから3ヶ月経って、待ちに待った夏休みが訪れた。

やっぱり田舎は空気も良いし、景色も綺麗だ。僕は夢中で外遊びをした。

川で魚をとったり、山へカブトムシをとりに行ったり。3ヶ月前の不安は

見事にどこかへ飛んで行った。あの車窓から流れる光を寂しく見送った僕はいない。


 今日はお母さんとおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に花火を見に行く。

川原で僕らは花火を見ていた。ふと、僕が目を川原にうつすと、井沢君を見つけた。

彼も花火に来てたのか。僕は井沢君に声をかけた。

「こんばんは。君も花火を見にきたの?誰ときてるの?」

そう言うと、井沢君は、

「一人。」

と答えた。お父さんとお母さんはどうしたのだろう。

「一緒に見ようか。」

僕は井沢君を誘った。お母さんに井沢君を紹介した。お母さんはうれしそう。

僕に友達ができたことを心底喜んでいるのだ。でも、僕と井沢君はそんなに

親しくはない。井沢君はどこか、他の子と違い、大人びているのだ。


 花火から帰って、おじいちゃんとおばあちゃんが井沢君のことを教えてくれた。

井沢君のお父さんとお母さんは事故で亡くなったのだそうで、井沢君は叔父さんの家で

引き取られたのだそうだ。僕は少し残酷なことをしてしまったのかも。


 次の日の夜、僕が縁側で足をプラプラさせながら、スイカにかぶりつき種を飛ばしていると

井沢君がうちの玄関先の門からうちの中を覗いていた。

「井沢君、どうしたの?こんな夜に。」

井沢君は、なんだかもじもじしている。

僕はスイカの皮を縁側に放り出し、井沢君のところまで歩いていった。


「昨日は、誘ってくれてありがとう。」

井沢君は恥ずかしそうに言った。井沢君って、自分を表現するのが苦手なだけなのかも。

「佐藤君、君にいいものを見せてあげる。」

井沢君は僕の手を引いた。

「え、でも、こんな夜中に出歩いたら、うちのお母さんが心配するよ。」

「大丈夫だよ、すぐ近くだから。」

僕は躊躇しながらも、井沢君の後について行った。

そこは、昨日の川原だった。

「ほら、見て。」

井沢君の指差す先に、いくつもの黄色い光が点いては消え、黒いキャンバスを彩る。

「黄色い宴だよ。」

井沢君は不思議なことを言った。たぶんこれは蛍だ。

でも、もう蛍の季節ではない。小学生の僕でもそれくらいはわかるのだ。

井沢君が手を天に向けると、その黄色い光は井沢君の手の周りに集まってきた。

「僕はね、いつもここでお父さんとお母さんに会えるんだ。」

井沢君はそう言うと、いとしそうにその光に触れた。

僕には意味がわからなかった。

意味はわからなかったが、井沢君をやさしい光が点いては消えて包み込んでいたことは確かだ。


そして井沢君が人差し指を立てると、その指先に一匹の蛍がとまった。

そして、僕に差し出す。


その光は僕の人差し指にともり、僕に囁いた。


  「ありがとう。」


 井沢君が、今まで見たことも無いような優しい顔で微笑んだ。

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