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星に願いを

俺は今、ある女からの手紙を読みながら震えている。


「突然、こんなお手紙をして、ごめんなさい。

あなたがこの手紙を読む頃には、私はもうこの世には存在していないでしょう。

私は、あなたに告白して、当然結ばれるものだと思っていました。

だって、星がそう示しているのだから。だけど、どう星が狂ったのか、

まさか、あなたにすでに良い人がいるだなんて、どうして想像できたでしょう。

これは、きっと何かの間違いなので、私は生まれ変わってみることに決めたのです。

いつか、また会えることを祈って、私は短冊に思いをたくしてお先に行って待ってます。」


 なんだよ、あの女。

その女は、昨日、自宅アパートで首吊り死体で発見された。

俺が告白され、彼女がいるからと断った次の日だ。

信じられない。断ったあてつけに死ぬのかよ。しかもこの思い込みの激しさ。


 俺のせいじゃない、俺のせいじゃないからな。そう思いながらも俺は恐怖と罪悪感に震えた。あの女、うちにわざわざ投函して帰って死んだのか。俺がこの手紙に気付いたのは今朝だった。俺は手紙を破り、火をつけ燃やした。流しのステンレスの上で、その女の思いは黒焦げになった。そして、俺は何度も何度も灰が粉々になるまでスポンジで叩き、排水溝へと流し込んだのだ。


 だいたい気持ち悪かったんだ。粘着質な女だった。最初は気付かなかったが、俺の行く先々に、いつもその女は居た。最初は近所の人なのかな、と思っていた。近くに住んでいれば、出会うのは当たり前で、一度俺のアパートの渡り廊下を歩いていたので、同じアパートの住人なのかと思い、ぺこりと頭を下げたのだ。すると、女は顔が見る見る笑顔になり「こんにちは」と挨拶をしたので俺も「こんにちは」と返したのだ。会話はその一度きりだ。


 俺がその女のストーカー行為に気付いたのは、何気なく窓を開けた時に、電柱の陰にあの女が立っていたからだ。あんなところで何をしているんだろう。俺がそう不思議に思い、その女を見ると、女は嬉しそうに、ニターっと笑ったのだ。俺はぞっとした。


 覗かれている。そう意識しだすと、どうしても、外が気になってしまう。俺は、確信は持てなかったが一度、その女に注意を促した。

「あの、いつもここで何をされてるんですか?」

そう声をかけると、女の顔がぱぁっと明るくなった。

「私は、あなたからプレゼントをいただいたのです。」

とわけのわからないことを言った。

「は?そんなもの、あげてませんよ?もしも、俺の部屋を覗いてるんだったら迷惑なんですけど。」

俺は単刀直入に女に言った。

「いただいたんです。確かに。あなたから。素敵な笑顔と生きる喜びを。」

女の眼はどこかおかしい。俺はかかわってはならない女とかかわったようだ。

「とにかく迷惑です。警察、呼びますよ?」

俺が低い声で脅すと、女は不思議そうな顔をした。

「どうして?私とあなたは結ばれる星の下に生まれているというのに。」

これは頭がおかしいやつだ。俺はもうかかわらないようにもう一度念を押した。

「これ以上つきまとうのでしたら、警察を呼びます。本気ですよ?帰ってください。」

俺がそう言うと、女は少し俯き、その後すぐに笑顔で俺に言った。

「今日は機嫌が悪いんですね。誰だってそんな時はあります。今日は帰りますね。」

いやいや、そうじゃないだろ。

「二度とこないでください。次は警察を呼びます。」

そう女の背中に言った。

ところが、次の日、また女は電柱の陰に立っていた。


「あんたもしつこいなあ。あのね、俺、彼女いるから。迷惑なの。消えてくれ。

俺の目の前に二度と現れんな!」


 俺がそう叫ぶと、女は心底驚いた顔をした。

視点の定まらない目で涙を流し続けた。

俺は無視して、自分の部屋に戻って、固くカーテンを閉めて二度と窓を覗かなかったのだ。


 次の日、ニュースでその女の死を知った。ただの自殺なら、ニュースになど取り上げられない。7月7日。その女の死体の横には花瓶に笹がいけてあり、その短冊すべてに、俺の名前と、今度は必ず結ばれますように、と書かれてあったのだ。鍵が開いたまま室内が乱雑に荒れ果て遺書もなかったことから、事件も視野に置かれ、写真の公開となったようだ。ニュースで死んだ女の顔を見て、俺は背筋が凍る思いだった。俺は、警察の捜査が自分に及ぶことも恐れた。だが、その事件はほぼ自殺と断定され、俺に捜査が及ぶことはなかった。女はあんな様子だから、おそらく友人もいなかったのだろう。一人、俺を思い続け誰にも話してはいないようだ。俺も痛くも無い腹をさぐられるのは、まったくもって理不尽なことだ。俺はほっとした。


 ニュースを見て、俺の彼女が「同じ名前だね」と人事のように笑った。俺も笑ったがたぶん引きつっていただろう。


 そして、1年が過ぎ、また7月7日、七夕がやってきた。俺と彼女は、海へとドライブを楽しんでいた。星が降り注ぐように綺麗な夜だった。海辺の道のゆるやかなカーブに差し掛かったところで、突然前方に白いものが通り過ぎたように見えて、俺はハンドルを切った。車はスピンし、ガードレールの隙間から海に真っ逆さまに転落した。


 もうダメだ!そう思った時、何故か俺は流れ星を見た。

車は俺と彼女をもみくちゃにしながら、形を変えて行き、俺たちは体中がおかしな方向に曲がった。海に沈みながら、俺の耳元でささやき声がした。


 やっと来てくれたのね。待ってたわ。

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