えにっき
夕立の中、わざわざ車を飛ばして山へ向かうには理由があった。
家を出る前に、庭にすくすくと育ったひまわりは、大きくなり過ぎたゾンビのような頭を抱えて雨に打たれながらこちらを見ている気がして、私は慌てて目を反らす。
そんなはずはない。ハンドルを握る手は汗ばんで、ハンドル操作を誤りそうだった。
「7月28日、今日はおばあちゃんちで、すいかをたべました。おばあちゃんちでなったスイカはとてもあまくておいしかったです。でもかにさされました。」
「8月1日、今日は花火大会に行きました。花火の音はすごく大きくて僕はびっくりしたけど、すごくきれいでした。でも、かにたくさんさされてかゆいです。」
「8月3日、学校から持ってかえったひまわりの花のつぼみができました。さくのが楽しみです。ぼくは、ひまわりのかんさつを自由けんきゅうにしようと思います。でもかにさされてかゆいです。」
されるはずもない絵日記の更新。それは確かに息子の幼い筆跡であった。
それを見つけたのは、夏休みも終わりに近づいた、昨日のことだった。
この子さえいなければ。
何度となく思ったことだった。だから私は、初夏のうだるような暑さの中、睡眠導入剤を混ぜた飲み物を我が子に与え、車内に放置したのだ。
「ガキが居るなんて聞いてねえ。お前とはお別れだ。」
彼のその言葉に私は焦燥感にかられた。彼は私を愛してくれていて、子供が居ても結婚してくれると信じていた。
確かにあの子は目を開けなかったから、あの山中に埋めたのだ。
まさか、生きてるなんてことはないはず。
息子を埋めた場所に着いた。
私は恐る恐るその場に立つと、息子の声が聞えて来た。
「かゆいよ、ママ。からだがかゆいよ。」
耳を塞ぐ。
「いっぱい虫がいるんだ。ここはいやだよ。」
脳内に響く幼い声。
「やめて!」
膝から崩れ落ち耳を塞ぐ。
すると、土の中から小さな腐った手が私の手を掴んだ。
そして、小さく土が盛り上がると、無数の甲虫がはい出して来た。
その甲虫がはい出したあとにぽっかりと穴があき、息子の顔が覗き、唇が動く。
「ママ・・・」
私は慌てて車に戻り、急発進させた。
さきほど掴まれた手は濡れた土にまみれていて、ハンドル操作を誤った。
そして、静かに車体は谷底へと吸い込まれて行った。




