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雨が止むまで

今回は最悪ではありません

「女の子は皆敏感なの。」

これは決して色っぽい意味の言葉ではない。俺が今日、最後通告を受けた言葉だ。

つまりは、振られた。

「拓斗は、本当は私のこと、好きじゃないでしょ?」

そんな訳ない。俺はちゃんと彼女のことを好きだったし、未だに何故振られたのか理由もわからない。一人残された駅のホームから改札を抜け出ようとすると雨が降ってきた。ため息をつく。田舎の無人駅である。俺一人かと思ったが、改札をもう一人、誰か抜けてきた。

「あっ、拓斗?」

「佳純?」

幼馴染の佳純だった。佳純とは中学までは同じだったが、高校は別々だったので、今日久しぶりの再会である。

「久しぶり。」

「うん。」

佳純は高校の制服に身を包み、以前より大人びて見えた。

「拓斗、あんまり変わらないね。」

少しバカにされたような気がして俺はムキになる。

「お前こそ、ぜんっぜん成長してねー。特にこのあたりが。」

と俺は胸を撫でて見せた。

「何よ、バカ。スケベ。そんなとこばっか見てるんでしょ。」

「誰が見るか。お前のなんか。」

本当はこんな憎まれ口を叩きたくなかったがつい口をついて出てしまった。

しばらく沈黙。俺は気まずくなり、自分から話を切り替えた。

「今帰りか?部活、入ってねえの?」

「うちの学校、今中間テストだから。部活も休み。拓斗は?」

「俺は帰宅部。」

そう言って佳純にブイサインを送る。

「自慢できることか?」

「そういうお前は何部なんだよ。」

「文芸部よ。」

「え?文芸部?お前が?マジで?」

「いいじゃん、別に。私、本読むの好きだし。」

「まあな。でも、お前から借りた本って、ぜんっぜん面白くなかったな。」

「余計なお世話よ。あんたに文学の何がわかるっていうのよ。」

「どうせ俺は猿なみだよ。漫画なら読むがな。」

「わかってるじゃん。自分のこと。」

「雨、酷いな。お前、傘持ってんの?」

「え?ううん、持ってない。」

「そっか、俺も。しばらくしたら、止むかな。」

「止むかもね。」

佳純が動くと、すごく良い匂いが風に運ばれて来た。いっちょまえに香水とかつけてんのかな。彼氏とか、できたんじゃないかな。想像すると何故か胸がざわざわした。

「ねえ、拓斗。彼女と帰らないの?」

俺は、不意をつかれて、少し挙動不審になった。

「え?あ?彼女?お前、なんで知ってんの?」

「友達から聞いた。拓斗、高校に入って告られたって。」

「あー、まあな。」

「良かったじゃん。拓斗ごときが告られるなんて、びっくり。」

「ごときって、なんだ、ごときとは。」

「ごめんごめん。まあ、人好き好きだものね。」

「一言、多いんだよ、お前。」

「で?可愛いの?その子。」

「うん、まあな。」

「・・・そう。」

佳純が一瞬寂しそうな顔をした気がした。気のせいかな。

「でも、振られた。」

「え?嘘。」

「ホント。今日。振られたてホヤホヤ。」

俺は自虐的に笑った。

「何で?」

「さぁ?わからん。女心はわからんよ。」

「うん、わからなそう。」

佳純が笑った。ヤバイ。佳純がすごく可愛く見える。どうしたんだ?俺。

拓斗、本当は私のこと、好きじゃないでしょ?彼女の言葉がまだリフレインしている。拓斗の心の中に私は居ない。いつも上の空。いったい誰のことを考えているの?

彼女はそう言った。俺は佳純の横顔を見た。佳純、結構まつ毛が長いんだな。佳純ってこんなに肌が綺麗だっけ?ああ、マズイ。たぶん俺は・・・。

その時、駅に向かってものすごい勢いで小学生と思われる女の子が駆けて来た。

赤いランドセルに、何となく昭和の匂いのする、古臭いサスペンダー付きのスカートを履いている。アニメのち〇まる子ちゃんみたいな帽子を被っていて、何だかこのあたりでは見かけない制服を着ている。大雨でびしょ濡れの女の子は泣いていた。

「どうした?」

俺は声をかけた。

「あのね、傘、忘れちゃったの。おうちに帰れないよお。」

メソメソ泣いている女の子に佳純がハンカチを差し出した。

「大丈夫?」

そう言いながら女の子の顔を拭いてあげた。それでも、女の子は泣き止まない。

「早くおうちに帰りたい。でも、雨、嫌い。濡れるの嫌い。」

俺は仕方なく、カバンから折り畳み傘を出した。

「ほら、お兄ちゃんの貸してやるから。これでおうちに帰りな。」

そう言って傘を差しだすと、女の子の顔はぱっと明るくなった。

「本当?お兄ちゃん、ありがとう。」

そう言って傘を受け取ると、振り返ってバイバイと手を振った。

「傘、持ってたんだ。」

佳純に言われて俺は焦った。

「あ、ああ。今思い出したんだ。そういえばカバンに傘入れてたなって。」

嘘だ。俺は、この時が永遠に続けばと思っていたんだ。もう気持ちに嘘はつけない。

たぶん、俺は佳純が好きなのだ。だから俺の彼女はそれに気づいた。傘がなければ、この雨宿りが雨が止むまで続くから。

「あ、そう言えば。私も、傘、持ってたんだった。」

そう言いながら、佳純はカバンから折り畳み傘を出して来た。俺は一瞬、佳純を見つめた。まさか。

「あのさ。一緒に入る?」

佳純が恥ずかしそうに上目遣いで見つめて来た。心なしか顔が赤く見えた。

「うん。」

傘が小さくて、軽く佳純の腕の暖かさが伝わってくると、俺の鼓動が早くなった。佳純に聞こえるんじゃないかってほど、激しく脈打っている。佳純は何故、傘を持っていることを言わなかったんだろうか。もしかしたら、俺と同じ気持ちだったのではないだろうか。

小さくなる、一つの傘の二人の後ろ姿を少女は見つめていた。

「やれやれ、人間ってのは世話が焼けるもんだね。」

先ほどの小学生である。傘もささずに、雨に打たれる少女の手には、きちんと畳まれた折り畳みの傘が握られている。

「お節介な妖怪にも世話がやけるもんだけどね。」

隣には長身の美青年が立って、傘を差しながら煙草を吸っている。

「おかまの妖怪に言われる筋合いも無いわ。」

少女が毒づいた。

「失礼ね。最近は私みたいなのをオネエって言うのよ。でも、残念ねえ。あの子、結構タイプだったのに。女の子とくっついちゃいそう。舐めたかったわあ。」

舌なめずりをするそれに、少女が悪態をつく。

「黙れ。変態妖怪垢なめ。」

「何よ、変態って!失礼ね!でもまあ、きっとあの子たち、素直になれたんじゃない?」

「そうだね。好き合っているのに、お互いが言い出せないなんてもどかしいもんだよね。」

「青春よねえ。」

妖怪雨ふらしと垢なめに見送られて、雨が止んだのにも気付かずに二人は同じ傘の中歩いて行った。


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