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チョコかと思ったらスルメだった件について

「こ、これは・・・」

 俺は学校の机の中の教科書をカバンに詰めようと机の中に手を突っ込んだ瞬間に、何か箱のような物が手に当たってそれを引き出した。それは金色に輝く眩しい包装紙に包まれたゴージャスな箱だった。今日は2月14日である。もしかして、これはチョコというものではないか?しかも、今まで女子に「義理だからね」ともらった袋に何十個も入っているやつの一粒とはわけが違う。ほ、本命チョコ?マジか!

 有坂雄太17歳、人生初の快挙か?いったい誰からだろう。俺にその場で開封する勇気はなかった。そそくさと何食わぬ顔をしてそれをカバンにしまい込んだ。帰り道、自然と浮足立っていつもより足早に家路を急いだ。早く箱の中身を確認したい。俺はたぶんかなり浮かれていたと思う。ぼーっとしていたのか、俺は交差点の曲がり角で女の子と派手にぶつかってしまった。二人とも激しく転倒し、俺のカバンの中から件の箱が飛び出してしまった。

「ご、ごめん。大丈夫?」

まずは相手の女の子に手を差し伸べた。真っ白で何やらサイドに青い幾何学模様が入っているフード付きの珍しいデザインのコートを着た女の子が手を払いのけて立ち上がった。俺はこんな状況にもかかわらず、まるでイカみたいだなと思った。その女の子はフードの中からキッと睨みつけて来た。か、かわいい。見たところ中学生くらいだろうか。

「気をつけろ!この野郎!」

かわいい顔とは対照的に随分と乱暴な口調だ。

「ごめんね。ケガはない?」

「ふん、かすり傷だ。」

そう言いながら、キョロキョロと何かを探している。俺も釣られて見ると、箱が二つ落ちている。俺のカバンに入っていたのと同じ包装紙だ。ああ、たぶんこの子も誰かにチョコレートを私に行く途中だったんだな。女の子は、箱の一つを取り上げるとそそくさと行ってしまった。きっと同じ店で買ったのだろう。今の子も気になるが、目下のところ俺の一番の目的は早くこの包みを家に帰って開けること。

 そして、運命の時が来た。この贈り主がかわいい子だといいな。期待をこめて金色の包み紙を丁寧にはがすと丈夫な箱が現れた。バレンタインチョコの箱にしては随分と無機質だなと思ったが、俺はドキドキしながら箱をあける。

「はっ?」

中身を確認した俺は茫然と立ち尽くした。えーっと、これって?臭いを嗅いでみる。うん、間違いない。これは・・・。

「スルメ?」

誰も居ない部屋で思わず俺は声に出していた。箱の中も包装紙の裏も確認したが贈り主の名前も手紙も入っていない。入っているのは謎のスルメだけだ。俺は思いっきり困惑した。何故スルメ?

「あっ、あの時!」

俺の脳内であのシーンが再生される。きっとあの女の子とぶつかった時に入れ替わっちゃったんだ。ヤバイ、回収しなくては。だが、何故あの子はスルメをこんな箱の中に入れてしかもチョコレートと勘違いされるような包装紙に厳重に包んで持ち歩いていたのだろうか。謎は深まる。こんなことなら連絡先でも聞いておけばよかった。不審に思われたかもしれないが。俺の人生初のチョコレートがなんでこんなスルメなんかに。テンションはマックスからどん底にまで落ちた。

 翌朝、俺は落ち込んだ気分のまま登校した。教室に入ろうとすると、俺は女子から呼び止められた。西崎梨々花ちゃん!俺の通う高校で一番かわいくて人気のある女子だ。

「あの、松岡君いますか?」

ああ、うちのクラスで一番イケメンの松岡。バスケ部で長身、成績も優秀。俺みたいな地味男とは全く別の世界のやつね。梨々花ちゃんが俺なんかに用があるはずがない。

「おい、松岡、隣のクラスの女子が呼んでいるぞ。」

フルネームで彼女のことを知っていながらも俺は知らないふりをして、隣の席の松岡に声を掛けた。松岡が立ち上がって呼び出された廊下まで歩いて行った。もしかして、告白か?俺は知らないふりをしながらも耳だけは会話を聞き取ろうと集中した。

「あ、あの、松岡君。机の中にチョコレート入れてたんだけど。受け取ってもらえた?」

「え?机の中?何もなかったけど?」

俺は会話をそこまで聞いてすぐにピンときた。ああ、たぶんあの金色の箱は梨々花ちゃんが松岡の席と勘違いして俺の机に入れてしまったのだな。どうりで豪華だと思った。マジの本命のやつだ。

「え?本当に?確かに入れたんだけど。」

そこまで聞いて俺はヤバいと思った。俺が間違って持って帰ってしまったことがバレてしまう。

「どんなやつ?」

「えーと、金色の包装紙・・・」

そこまで聞いて間違いないと思った俺は、そっと教室を抜け出した。マズイ。アレを返せと言われても箱は入れ替わって今中にあるのはスルメ。俺は早退した。

 帰り道にあの子とぶつかった交差点で、見覚えのあるコートを目にした。あの独特のデザインのコートは!イカちゃん!俺は自分の脳内であのぶつかった女の子に妙なあだ名をつけていた。その子も俺を確認すると、俺に近づいてきた。

「返せ!あの箱!ここで待っていればお前に出会えると思って待っていた!」

開口一番、彼女はそう言って手を差し出して来た。返せって自分が勝手に間違って持って行ったくせに。多少の不満を覚えながらも、俺は彼女に答えた。

「ごめん、あの箱、家に置いてきた。」

「ふざけるな。あの箱を返さなければ殺す!」

いくらなんでも殺すとは穏やかではないな。

「あのね、君が勝手に間違えて持って行ったんでしょう?」

俺が諭すも早く返せの一点張りだ。

「早く返せ!さもなくば世界は終わるのだぞ!」

何を言ってるんだこの子は。中二病かよ。

「どうしたのぉ?」

妙に間延びした声で呼び止められ俺は振り向いた。

同じクラスの田中だ。この男、授業中はほとんど寝ていて、妙に呑気で変わり者だ。この前は、道端のバッタを興味深げにずっと見ていて正直あまり関わり合いになりたくないタイプだ。

「タナーカ様!」

田中を見たイカちゃんが突然叫んだ。え?田中と知り合い?

「おー、イカルガーではないか。久しぶりだな。」

田中がへらっと笑った。タナーカにイカルガー・・・。こいつら何なんだ。ヤバすぎる。

「タナーカ様!探しましたよ!終末が近づいているってのに、どこに行ってたんですか!」

「いやぁ、俺も男子高生というのを体験してみたくてね。」

「それどころではありませんよ、タナーカ様。オクトビルがこの世界に侵入してきています。すぐに分岐点を封鎖しないと!」

「へー、マジかー。それはヤバいねー。」

とてもヤバイとは思っていないような緊張感のない返事。これは何かの冗談なのか。俺は二人の会話に置いてけぼりを喰らっていた。

「あのーそろそろ俺は帰って良いでしょうか。」

俺がそう切り出すと、本題を思い出したイカちゃんが俺の首を締めあげた。

「帰っていいわけないだろう。この野郎。とっととイカルビーを返すのだ!」

「うぐぇっ、ちょ、離して。」

とても少女とは思えない力で首がギリギリと締め付けられた。

「イカルガー、暴力はいけないよー。」

間延びした声を出してるくらいなら助けろ、田中!

少女がようやく力を弱めて俺を解放すると、田中がのんびりと経緯を説明しはじめた。

田中いわく、田中は実は異世界から来た人間で異世界では勇者として悪の組織と戦っていたと言うのだ。その悪の組織の最終兵器がオクトビルという怪物でそのオクトビルがこの世界に向かって侵入してきているというのだ。異世界で田中に勝てなかった組織は、この異世界とリンクしている現世を潰したほうが早いと考え、世界征服を企んでいるのだと言う。誰がそんな稚拙なライトノベル系の話信じると思う?とりあえずわかったのは、こいつらは頭がおかしくヤバイ。早い所、イカちゃんが言うスルメ、もといイカルビーを彼女に返せば全て解決。俺はこのヤバイ奴らから解放される。

「返したいのはやまやまだけど、家に置いてるからついてきて。」

そう伝えると、田中とイカちゃんは俺の後をついてきた。

家について、俺は箱をイカちゃんに差し出した。

「イカルビーは無事でした。タナーカ様。早速分岐に急がなくては!」

イカちゃんがいきり立つ。

「ところで、イカルビーって何なの?どうみてもこれ、スルメ。」

俺はよせばいいのに純粋な疑問を口にしてしまった。

「現世に持ち込むにはこの姿にするしかなかったのだ。あまりに大きすぎて持ち込めないから。イカルビーはこちらの最終兵器なのだ。」

えー、このスルメが最終兵器~?うっそだあ。俺はバカにした顔で笑った。

「貴様、今バカにして笑っただろう!ちょうどいい。お前も助っ人として来い!」

凄い力で俺の手を掴むイカちゃん。ヤバイ、墓穴を掘ってしまった。

「そだねー、なんか有坂君、暇そうだから。学校、サボったんでしょ?」

そういうお前もサボりだろうが!

「いや、ふざけんなよ。俺は行かないよ。お前らのお遊びに付き合ってられっかよ。」

「お遊び、だと?」

イカちゃんが怒りに燃えた目で俺を見た。その瞬間俺は体が動かなくなってしまった。な、何が起こった?

「あーあ、有坂君。イカルガーを本気で怒らせちゃった。もう僕にはどうすることもできないよ。君は僕らについてくるしか選択肢がなくなっちゃったね。」

俺の体は勝手に動き、田中とイカちゃんの後をついて行った。

「着いたぞ。」

着いたぞって、ここ千歳橋じゃん。俺が茫然と立ち尽くしていると、橋の向こうに巨大な影がモヤモヤと現れて見る見る姿を現していった。

「えっ?タコ?」

俺は自分の目を疑った。橋の向こうに巨大なタコがうねうねと足を動かしてこちらに向かってくるではないか。

「出たな、オクトビル!タナーカ様!早く!イカルビーを!」

田中は相変わらずのんびりした様子でスルメを手に乗せ何事かうにゃうにゃと唱えると、手から何故か大量の水が吹き上がり、スルメは見る見る大きく姿を変え、ぶよぶよと膨らんで巨大なイカになった。嘘だろう?スルメもどって巨大イカの化け物になった!

田中の使役するイカの化け物とタコの化け物が死闘を繰り広げている。こんな騒ぎになっているのに、誰一人気付かないのはどういうことだ。これは俺が見ている幻か?ぼんやりそんなことを考えていると、タコの足が俺のすぐそばの地面をえぐり吹き飛ばされた。

「何をぼさっとしている!お前も戦え!」

「た、戦えって・・・。無茶言うなよお。」

俺は半泣きでイカちゃんに訴えた。

「チッ、これを使え!」

そう言ってイカちゃんは、何か剣のようなものをこちらに投げてよこした。

「イカ?」

それはイカの形をした剣だった。

「こんなんで戦えるかよ。」

俺が苦言を呈するとイカちゃんは叫んだ。

「大丈夫だ。それは聖剣だ。お前でもなんとか使えるライトなやつだから!」

聖剣でライトって!ぜんぜん説得力ないんですけどぉ!そうこうしているうちに、またもや滑った足が地面をえぐる。

「ひぃっ!」

俺は悲鳴をあげると、無茶苦茶に剣を振り回したらまぐれで足の先っぽを切り落とした。咆哮して俺を睨むタコの化け物。ヤバイ、ロックオンされちゃった!猛然と俺に向かってくるタコの化け物。

「わあああああ!」

「慌てるな、有坂!コアを狙え!」

イカちゃんが初めて俺の名を呼んだ。コアってどこだよおおおお!テンパった俺に田中が呑気な声で告げる。

「有坂くーん、コアは足の付け根の口のところだよお。有坂君、確か剣道部だったよねー。大丈夫だよお。」

いやいや、剣道部だけど俺万年補欠!無理だから!

タコの化け物の口が俺を捉えようと開いた。ああ、俺はもう終わりなのか。くそー、こうなったらイチかバチかだ!俺は雄たけびをあげる。

「メーーーーーーーン!」

渾身の力を込めて俺は剣を振りかぶりタコの化け物の口に振り下ろした。その剣先が運よくコアに当たった。そこからヒビが入りタコの化け物は悶え苦しんだ。その隙に、田中の使役するイカがタコに絡みついてタコを飲み込んで行く。タコは完全にイカに飲み込まれてしまった。

終わった。勝ったのか?俺達。

「お前、やるじゃないか!」

イカちゃんが俺の肩を叩いた。田中は相変わらずのほほんと微笑んでいる。これは何かの夢だ。こんなバカなことがあるわけがない。だけど、確かに俺は今、何かを成し遂げた達成感に満ち溢れている。

「有坂君は現世の勇者だねえ。」

田中が間延びした声を出すと、その姿は薄く景色に透過して行った。

「た、田中?」

イカちゃんの姿も景色に溶け込んで行った。一瞬、イカちゃんが寂しそうな目で俺を見た。

田中とイカちゃんが消えた。そして、怪物も聖剣も。

俺は夢を見ていたのだろうか。

家に帰ってみると、やはりスルメの入っていた空箱はそこにあった。臭いを嗅いでみる。

「やっぱりスルメだ。」

これは夢ではない。紛れもない現実。

次の日、やはり教室に田中はいなかった。田中について他のクラスメイトに尋ねてみてもそんなやつは元々いなかったと言う。昨日までは確かに、田中は存在していたのに。

 俺はその日の夕暮れ、千歳橋に立っていた。夢か幻か。俺は橋の真ん中でぼんやりとあの化け物が居たあたりの川を眺めていると、橋の向こう側から誰かが歩いてきた。女の子だ。

「イカちゃん?」

そのフォルムは間違いなく、あのイカそっくりな真っ白なコートを着たあの子だった。

「バレンタインってのは、好きな男にチョコレートを渡して愛を告白する日なんだってな。」

イカちゃんはモジモジしながらそう俯いて呟いた。

「うん、でもバレンタインは終わったよ?」

イカちゃんは、おずおずと金色の包装紙に包まれた箱を俺に渡して来た。

「受け取れ。私の気持ちだ。」

心なしかイカちゃんの顔が赤い気がする。マジ?イカちゃんが俺に告白?

俺が手を出してそれを受け取ると、イカちゃんは俺の手を引いて抱きついてきた。

おおおおお、マジか。17年間生きててよかった!ついに俺にこの日が。神様、ありがとう!

「って・・・。うん?」

俺は押し付けられたイカちゃんの体の変化に気付いた。ちょ、ちょっと待て。

俺の足に当たる、この固い感触は?

「す、すまん。か、体が反応してしまって。」

「えーと、イカちゃん、もしかして。男の子ですか?」

イカちゃんは恥ずかしそうに頷いた。

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