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男を釣るにはまず胃袋から

「うまい!裕子の作るものは最高だな!」

俺は小さなアパートの、かわいいダイニングテーブルに乗せられた、食べきれないほどの手料理に囲まれている。

「ありがとう、おかわりは?」

幸の薄そうな女が俺に微笑む。

「ああ、じゃあもう一杯な。」

俺はお茶碗を差し出した。

飯はうまいのだけど、俺は一刻も早くこの部屋を去らなければならなかった。俺は裕子の目を盗んでちらりと時計を見た。

やばいなぁ、あと1時間か。遅刻すると、美由紀、怒るだろうなあ。

美由紀は俺の大事な金づるだからな。


俺は新藤タクヤ。ホストクラブで働くホストだ。

俺はナンバー1にはまだなれない。ホストというのは、

イケメンなだけではダメなのだ。話術も必要だ。

俺にはその話術のセンスがあまり無いようだ。

誰だって面白くてカッコいいやつがいいに決まってる。

だが、俺は顔が良くて、酒が強い。

俺は誰よりも飲めるので決して潰れることはない。

だから、狙った女には、どんどん高い酒をオーダーさせて俺が飲むのだ。そうした、ホストクラブの客として来たのが今、ここに居る裕子だ。裕子は大人しそうな幸の薄そうな女だ。友達にふざけて無理やりホストクラブに連れてこられて、俺に恋をした。たいして飲めないし、さほどお金も持っていないのに、裕子は無理して、俺に会うために足しげく通ってきたのだ。俺がそんな、男慣れしていない裕子をおとすのに、何の努力も要らなかった。裕子はなけなしの給料をはたき、俺に会いに来るので、仏心を出して、一度だけ彼女を抱いたのだ。

 その時、初めて俺は裕子の手料理を食べた。俺に衝撃が走った。俺も女に貢がせてかなりいい物を食ってきたが、生まれてこのかた、これ以上の料理を食べたことが無い。裕子は料理の天才なのだ。裕子は男に尽くすタイプらしく、どんなリクエストにも応えた。俺は酒が飲めるので特に珍味が好きで、好きな珍味を言うと、必ず食卓に用意してくれた。そして、裕子は、性の方でもどんなリクエストにも応えた。だいぶ、誰かに調教されたらしく、慣れていたのだ。

 こんな幸薄い顔なのに。俺はたまに、笑いがこみ上げそうになる。

「さて、そろそろ帰るか。」

俺が食べるものだけ食べて、去ろうとすると、裕子が寂しそうに捨てられる前の子犬みたいな目ですがってきた。なんだよ、面倒くせえ。

俺は時計を見た。あと40分か。前戯してると、時間ロスだな。

 俺は、裕子をそのまま床に押し倒してスカートをまくりあげ、下着をおろした。そして、いきなりしてやったのだ。それでも、裕子は幸せそうに歓喜し喘いだ。ものの5分程度で、事を済ませ、俺はじゃあなとアパートを後にした。


やべー急がないと。

俺は、駅前で仁王立ちで待っている美由紀に手を合わせた。

「ごめんごめん!待った?」

「おっそーい。何してたの?浮気してたんでしょ!」

全く、女ってのは思考が短絡的だ。浮気してたんでしょ?だって?

当たり前だろう。ちなみに言うと、お前も俺の彼女じゃないから、

浮気と言うのは正しくない。

「そんなわけないじゃーん。ほら、いこいこ。俺もう、美由紀のこと考えると、ほら、ここ。」

俺は美由紀の手を股間に押し付けた。

「もう、ちゃんとホテルでチェックするからね。」

あ、それヤバイな。シャワー先に浴びなきゃ。


俺は金づるの美由紀をホテルで抱くと、お小遣いをせびる。

「この前あげたばかりじゃん。ほんと、金遣い荒いんだから。」

美由紀は物分りのいい女だ。年は32と言っているが、ホントは

もっといってると思う。どこかの社長さんの愛人か何かだろう。

社長が愛人に貢ぎ、愛人はホストに貢ぐ。上手い具合にできてるもんだ。美由紀は俺の残り香を消すかのように、きついにおいの香水を

体中に振りかけた。たぶん、このあと社長にも抱かれるのだろう。

こういう関係は楽でいい。

俺は、すがるような目の、料理だけで俺を釣り上げた幸の薄い女の顔を思い浮かべて、憂鬱な気分になった。

あの料理は惜しいけど、そろそろ潮時かな、あの女。

俺はホテルを後にした。


俺は次の朝早くに、携帯の大音量に叩き起こされた。

しまった。マナーにしとけばよかった。

こんな朝早くに誰だよ。メールの着信が光っていた。

「昨日はとてもよかったわ。あれから興奮して眠れなくて。私、タクヤのこと思いながら、一人でしちゃった。」

裕子からだ。俺はうんざりした。あれがどこがいいんだ。

お義理でしてやったセックスが何がいいんだ。アホだろ、こいつ。

俺は別れを切り出そうと、携帯を握った。

すると、俺がメールを送る前に、もう一通メールが届いた。

「今夜、とびきりの珍味が手に入ったの。食べに来ない?」

俺は、メールを打つ指が止まった。

まあ、あの料理をもう一度味わってからでもいいか。

それほどに、裕子の料理には魅力があった。

「OK、何時にいけばいい?」

俺はメールを返した。

「うーん、ちょっと仕込みにかかるから、8時に。」

「わかった。そのくらいに行くよ。」

そして、今夜でお前とはさよならだ。最後の晩餐。


ちょうど店が改装で連休だったので、俺は夜8時に

裕子の部屋のチャイムを押した。

「どうぞ、あがって。」

裕子がドアを開けた。いい匂いが漂ってきた。

すごいご馳走がテーブルいっぱいに並んでいる。

「いただきまーす。あ、手に入った珍味ってどれ?」

俺は、裕子がメールしてきた珍味のことが気になっていた。

「これよ。」

俺は、その小鉢に箸をつけた。肉とも魚ともなんともいえない見かけ。

俺は、小鉢を抱えて、箸でその珍味を口に運んだ。

美味い。美味いのだけど、なんだろう、このにおいは。

「裕子、お前香水変えたの?」

「え?」

「この小鉢、香水の臭いがする。

この臭い、どこかで嗅いだことあるような。」

俺がそう言うと、裕子は一瞬黙り込んだ。

「ええ、そうでしょうね。昨日嗅いだばかりでしょ?」

裕子が小刻みに震え、口の端を引きつらせ目が落ち着きなく

右左に揺れている。

俺は、そう言われ記憶を辿った。


あっ!


この匂いは。美由紀の、香水の匂いと同じだ。

俺は恐る恐る、裕子を見た。

裕子の眼球がせわしなく震える。


「ホント、参っちゃうわよ。あの女。臭い香水をぶちまけててさ。

洗っても洗っても、匂いが取れないのよね。」

そう言うと、ユニットバスのほうを見た。ユニットバスの扉には、赤い手形がついていた。

 俺は、台所のシンクに今食べたものを吐き出した。


「お、お前・・・。」

俺の声は震えていた。


「あの女をおびき出すのは簡単だったわ。私が本当の彼女よ、話し合いをしましょ、って言ったら、あの女、飛んで来たわ。よほどタクヤにご執心だったみたいね。」

裕子は感情の無い目で棒読みの言葉を口にした。


その後すぐにすがるように俺を見た。


「ううん、タクヤを責めてるわけじゃないの。あの女が誘惑したんだよね?タクヤは、悪くない。だって、お仕事だもん、仕方ないよね?だってタクヤが好きなのは私だけだもの。」

裕子はすがるような目でまくしたてた。


「・・・んなわけねえだろ。勝手に。俺はお前が。かわいそうだから、料理が食べたいから、ここにきてただけだ。好きなわけねえ。こんな、恐ろしいことをする女・・・・。」

俺はまた、自分の食べたものを思い出して、えづいてシンクに吐いた。


その瞬間、俺は足に猛烈な熱い痛みを感じた。

足元を見ると、俺の足の甲には包丁が突き刺さっていた。

「な、んで。そういう、意地悪言うの?こんなに、愛してる、のに。タクヤ、迷惑してる、って思って、あの女も始末してあげた、のに。」

裕子はしゃくりあげながらしゃべるから言葉がよく聞き取れない。よく聞き取れないのは痛みからか。

「な、何すんだ、このアマ!」

俺は裕子の髪の毛を掴んだ。

すると、もう一方の足にも痛みが走った。

二本も包丁を隠し持ってやがったのか。


 この女は、狂っている。

「えへ、これでタクヤ、動けない。ずっと、あたしと、ここにいよ。」


ふざけるな。


俺は包丁を引き抜き、玄関を開け渡り廊下に転がり出た。

痛い足を無理やり動かして、俺は逃げた。

下に駐車してあった、自分の車に飛び乗り、痛む足でアクセルを吹かしたのだ。一瞬裕子と目が合った。裕子は虚ろな目で俺の車をいつまでも執拗に追い続けた。


怖い。あの目から一刻も早く逃れたかった。


その後、裕子は傷害致傷で逮捕され、俺はホストを辞めた。


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「ねね、新藤さんってなんかカッコよくない?」

「え?そう?なんかいつも髪の毛ボサボサでめがねかけてて、ダサい服着てるけど。」

「私、偶然見ちゃったんだよね。新藤さんがめがね外して、髪の毛かきあげてるところ。カッコよかったあ。」


給湯室からそんな声が流れて来た。

俺は、恐怖に震えた。

せっかく、目立たないようにしているのに。

俺は女が怖い。怖いんだ。あの虚ろな目が俺を捕らえて離さない。


「新藤さん、お茶どうぞ。」

地味で幸の薄そうな女が、俺のデスクにお茶を運んで微笑んだ。


俺は叫びだしそうになったのだ。


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