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ホワイトクリスマス

「あー、本当にこの時期、書き入れ時なんだけど、やっぱ怖いよなあ。」

白髪交じりの角刈り頭を掻きながら、玄さんが言う。

「そうそう、やっぱり酔っ払いの客とか乗せるんだから、こっちだって戦々恐々とするよな。」

カップコーヒーを湯気を立てながら啜っていた博さんも頷いた。


 ここはとあるタクシー会社の事務所。

「幽霊が怖いとかなんとか言うけどさあ、結局怖いのは人間だよな。」

外でタバコを吸っていた文治さんが、外の寒さに背中を丸めて手を擦りながら事務所に入ってきた。

「こないだも、タクシー強盗があったばかりだべ?」

地方出身の信二さんはいまだに方言が抜けない。

「タクシー強盗も怖いけど、踏み倒しも怖いよなあ。こっちは正当な料金を請求してるのによ。ぼったくりだなんだのって言いがかりつけられたんじゃたまったもんじゃないよ。」

「まあ、最近はドライブレコーダーがついてるから、後から犯人はつかまるんだけど、あらかじめ被害は防げるわけじゃあないからな。」

それぞれ一様に老いているドライバー達はため息をつく。若い頃ならまだ反撃もできようものだが、なにせ引退後の老後の足しにと働いている者ばかりである。若い大虎などが乗ってくればかなうわけがない。


「〇〇区〇〇〇町までお願いします。」

配車係の女性にそう告げられると、皆一様に渋い顔をした。

「あの辺は治安が悪いからなあ。」

誰一人として動く気配がない。

「私が行きましょう。」

一人の人間が声を上げると、皆が一様に表情が和らいだ。

「いつもすまないねえ。田中さん。」

田中はほんの二か月前から、このタクシー会社で働き始めた新人ドライバーだ。新人ドライバーの割には道を覚えるのも早かったし、どんなに治安の悪いところにでも平気で行ってくれる、度胸の据わった新人だ。だが、愛想はまったく無く、表情がまったく読み取れないので、周りからは浮いた存在であった。


 その田中は、人の嫌がる地域への配車も進んで行ってくれるので、周りからは一目置かれる存在となった。田中はタクシーに乗り込むと一路治安最悪の歓楽街へと向かった。


 目的地に着くと、予想通りの人間が待っていた。人相は悪く、かなりまだ若いようだが、不相応なアクセサリーをジャラジャラとつけていて、態度は横柄だ。

「〇〇市まで。」

告げられた地名は、ここから軽く40㎞はある。本当にこの若造にそれだけのタクシー料金が払えるのか疑問だ。酒臭くはないので、酒は飲んではいないようだ。


 告げられた目的地に着き、田中が料金を告げると、その若者は払えないと言い始めた。これも想定内である。

「あ?何か文句あんのか?ジジイ!」

安いセリフで凄んでくる若者に、田中は冷静に告げた。

「ここでは車内が汚れるんで、表に出ましょうか。」

落ち着き払った田中の態度に逆上した若者は顔を真っ赤にした。

「おもしれえ、ジジイ、ボッコボコにしてやっからよ!」

外で対峙する田中と若者。

若者は、田中に飛び掛かろうとするが、体が硬直して動かなかった。

「な、なんだ、これ。体が動かねえ!」

今まで無表情だった田中が口の端だけで笑った。

「君が私の目を見るからですよ。私の目を見てしまったからには覚悟してください。」


田中が口を開くと、そこには鋸のような歯が並んでいた。

「うわっ。」

若者は異様な田中の姿に、驚きの声をあげた。

「ねえ、吸血鬼って知ってます?人間は勝手に吸血鬼をあのような姿で描きますが、実は全然違うんですよ。あんな二本だけの牙で、人の血が啜れると思いますか?」

田中は今まで誰にも見せたことのないような厭らしい笑いを浮かべながら、若者にじりじりと近づいて行く。

「く、来るな!化け物!」

「化け物とは心外な。私とあなたの種族が違うだけですよ。」

田中はまんじりとも動けなくなった若者の肩に手を置くと、一気に喉元に食らいついた。

「ゴブゥッ」

おかしな叫び声をあげると、若者はすでに声を発することができなくなった。

何度も何度も食らいつき、鋸のような歯で若者の首はズタズタになり、ついに骨が見えて来た。

「そろそろお腹がいっぱいになりました。残りは・・・。」

田中はトランクに若者を押し込むと無線で告げる。


「すみません。客に逃げられてしまいました。」

無線の向こうから声がした。

「田中さん、大丈夫だったですか?お怪我は?」

「大丈夫ですよ。暴力は受けていません。」

「ドライブレコーダーは?」

「すみません、なんか故障してるみたいです。」

抜かりはない。電源は切っておいたのだ。

「このまま直帰していいですか?」

「ああ、仕方ないね。気を付けて。」


いつの間にか雪が降り始めていた。

血にまみれた地面を、白い雪が覆って行く。


今日はクリスマスだったな。

思わぬプレゼントができた。

子供たち、喜ぶかな。

田中は満足げに、タクシーのトランクを叩いた。

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