限界集落
今僕は、猛烈に後悔している。
僕は嵌められた。
「この企画は全て君に任せるよ。好きに書いてくれていい。」
編集長にそう言われ、僕は舞い上がっていた。
最近、雑用ばかりでろくろく記事を書かせてもらえなかったので、
僕は二つ返事でOKしたのだ。
とある限界集落の取材で、僕は今、山深い獣道を、この村の老人の後について
息も絶え絶えに歩いている。しかし、なんて足が速いんだ。健脚と言うには、憚るほど
すいすいと僕の前を登るご老体は本当に人間なのだろうか。僕はついに、
膝に手をつき山道の途中で止まってしまったのだ。
「あれ、はあ息切れしよんかね。大丈夫かね?」
爺さんは僕を小馬鹿にするように、ニヤニヤと笑っている。悔しいが勝てない。
「お元気ですね。本当に70歳なんですか?」
僕は呼吸も荒く、肩を上下させながら声をしぼる。
「まあ、毎日昇ったり降りたりしよったら慣れるわね。あともうちょっとじゃに。
がんばろうや。」
そう言うと健脚爺さんはあっと言う間に僕を置いて行ってしまった。
僕は必死に彼の後を追った。
山道を登っていくと、急に視界が開けてきた。信じられないことだが、
こんな山奥に人里があるのだ。
もう何時間歩いただろう。車が入れない道をたぶん2時間は歩いた。
山々に囲まれた集落は谷の底にポツポツと10軒くらいの民家が点在していて、
集落のほとんどが田んぼと段々畑、緑に囲まれ、草のむっとする匂いが立ち込めている。
ここで、取材をして、僕はまた今来たこの道を引き返して帰るのかと思うと、もう取材前から帰りたい気持ちでいっぱいになった。
確かに田園風景は綺麗だが、何もない。見渡すところ、鉄筋コンクリートの建物や、舗装された道路すらない。何かの歌ではないけど、車も走っていないのだ。これでは若者が住みたがるはずがない。よそ者が珍しいのか、作業をしている老人達は、僕が通ると皆、手を止めてこちらを興味深げに見てくる。そして、満面の笑みを浮かべて挨拶してくるのだ。
「こねえ遠い所まで、よう来んさったね。」
くったくのない笑顔で話しかけられた。僕は歓迎されているようだ。
僕は取材の間、自治会長さんのお宅に泊めてもらうことになった。
自治会長さんのお宅は、大きな古民家で、天井が高く、昔ながらの大きな梁のある、どっしりとした構えの家だった。僕は初めて土間という物を目にする。
僕らのような小さなマンション住まいの者からすれば、玄関にこれだけのスペースを割くなど、とうてい贅沢で考えられない。こういう家に暮らすのも良いかもしれない。一瞬そう考えたのだが、やはり家の中を見渡してすぐにその考えを撤回した。
上がりかまちを上がってすぐのところに置いてある、黒いダイヤル式の画像でしか見たことのないような電話、土間のタイル張りの洗い場、障子だけで仕切られている田の字作りの寒々とした部屋にはエアコンもない。ブラウン管のテレビというのを、久しぶりに見た。もちろん、パソコンなど無い。村人が誰一人携帯電話で話しているのを見なかった。僕は、恐る恐る自分の携帯電話を開いた。予想した通りだ。圏外。ということは、インターネットなんて、できないんだろうな。僕は途方に暮れた。
昼間取材をしたが、これほど退屈な集落は無かった。スーパーもなければ商店すらないこの村では、人々は食料を全て自給自足で賄っているようだ。甘いお菓子など、皆無。コンビニも勿論無い。だが、その夜、僕は盛大なもてなしを受ける。山の幸、川魚など、本当に食べきれないほど、たくさん料理が出されたのだ。
「若いんじゃけえ、しっかり食べんさいや。」
そうは言われても限度がある。僕は、最終的に食べられなくなりひたすら勧めを断った。村で作った濁り酒も美味かった。障子一枚で仕切られた畳の部屋に清潔なお布団を敷いてもらい、僕は疲れもあって、ぐっすりと眠った。
朝起きると、また山のようなご馳走を振舞われ、僕は大いに歓迎されていることを感じた。
次の朝は、前の日と打って変わって天気が悪かった。山の天気は変わりやすく、滝のような豪雨に見舞われた。激しい雷の音が轟き、山全体が震えているようにも思えた。自治会長さんの家にずっと篭っていたその日の夕方、僕をここへ案内してきた爺さんが訪ねてきた。
「あんたぁ、大変なことになったよ。この村に通じるあの道が、崖崩れで通れんようなったわ。」
開口一番、僕の顔を見ながら爺さんが言った。参ったな。一刻も早く取材を終えて、明日にでも下山しようと思っていたのに。
「電話を貸してもらえませんか?会社と連絡を取りたいので。」
僕は自治会長さんに申し出ると、ダイヤル式電話の使い方を教えてくれた。
僕はダイヤルを回したが、一向に音が聞こえずに、自治会長さんに受話器を渡した。
「ありゃ、こりゃあ、電話が切れちょる。」
自治会長さんは僕に向かって、目を丸くして言った。僕は絶望的な気分になった。
これでは、助けも呼べないじゃないか。僕は陸の孤島に閉じ込められたのだ。
「なんとか、連絡が取れませんか?」
僕は追いすがるような目で見た。
「うーん、こりゃあ、復旧のめどが立たんね。役所があの道をどうにかしてくれんことには、
わしらには手立てはないわ。」
冗談じゃない。僕はいつまで、こんな山奥に閉じ込められなければならないのだ。
「まあ、焦りなさんな。じたばたしても仕方がない。幸い、この村ぁ、食べる物には不自由せんけえ。」
能天気な自治会長の態度に、とてつもない苛立ちと怒りを感じたが、この人たちに当たっても仕方ない。僕は仕方なく、ひたすら救助を待つしかない。
あれからもう3日が経った。だが、救助の手は全く施されなかった。
毎日自治会長に復旧のことを聞いたが答えは同じだった。僕にはある疑惑がわいていた。これだけの災害で、この集落が孤立しているにも関わらず、一向にテレビのニュースで扱わないのだ。全国版では放送しないにしても、せめて地方のテレビ番組でくらいやるだろう。
何かがおかしい。僕は自治会長さんの居ない間に、こっそり受話器を握りダイヤルを回した。やはり不通だ。僕は、その日の夜、皆が寝静まったのを見計らって、自分の荷物をまとめて、自治会長さんの家を出た。
夜の山道は昼間以上によくわからなかった。自分の記憶を頼りに道を辿るが、ついに僕は山で迷ってしまったのだ。これは動かない方がいい。どこか風の防げるところで、体温を温存し、じっとして朝を待つ方がいいだろう。僕は、山のちょっとしたくぼみに身を潜めてじっと朝を待った。
僕は少しうたた寝をしてしまったようだ。体の節々が痛い。僕は無駄とはわかりつつも、携帯電話を取り出す。すると、アンテナが3本立っている。
「やった!これで助けを呼べる。外部と連絡を取れるぞ!」
僕はつい興奮して叫んだ。スマートホンの画面をタップしようとしたその瞬間、僕の手から消えた。後ろから誰かによって取り上げられたのだ。僕は振り向いた。すると、あの健脚爺さんがニヤニヤしながら僕の携帯を握っていた。
「返してください!携帯がつながるようになったんです。助けを呼びますから!」
僕が立ち上がると、どこからともなく、わらわらと老人が集まってきた。
「あんた、ダメじゃないかね。礼儀知らずじゃねえ。自治会長さんの家を黙って出て行ってからに。」
「返せ!僕の携帯!」
僕が老人に飛びかかろうとした瞬間、首の後ろにすごい衝撃を受けた。
僕はその場に倒れこむしかなかった。
「最近は便利な物が何でもインターネットで手に入るけえねえ。」
老女の手には、青い光をバチバチと放つ物が握られていた。
気がつくと僕は、暗い場所に寝かされていた。首の後ろがまだ痛い。
本当に暗い。ここはどこだろう。かび臭い部屋には畳しかない。
暗さに目が慣れてくると、部屋の隅に、何人かの男女が居た。
僕は起き上がろうとして、自分の足に何かの足枷がついていることに気付く。
足枷の先には鎖があり、鉄格子の柵につながれていた。
「なんで!」僕は叫んだ。頭が痛い。
僕の周りにいる男女は目が虚ろで全てを諦めたような無気力な表情だった。
「ここはどこですか?貴方たちは誰?」
誰一人答えない。
「いらんことは聞かんでええよ。あんたは今日から一生ここで暮らすんよ。
みんな大人しうに、ここに住んでくれればええのに。若い者ぁ、みぃんな、都会に出たがる。ここの何がいけんのかね。これほど、ええ所は無いのに。」
自治会長さんの目が爛々と輝いている。この人は狂っている。この村も。
「もうちっとしたら、食事にするけえね。たーんと食べてよ。精のつく物をいっぱい食べて。ちゃあんと子作りせんといけんよ。あんたらぁそのためにここで飼われてちょるんじゃけえね。私ら、この村を潰したくないんよ。あんたらには、しっかり子孫を繁栄してもらわにゃいけん。」
そう言うと、自治会長はおもむろに携帯電話をポケットから出した。
「携帯、通じるのか?」
僕は悔し紛れに自治会長を挑発した。
「通じるよ?あんたが来た時だけ、妨害電波を流して繋がらんようにしとっただけ。いくら田舎でも、馬鹿にしちゃあいけんよ?」
「僕を騙したんだな?」
僕が言うと、自治会長は目を丸くしてカラカラと笑った。
「何を今更。」
そう言い捨てると、自治会長は慣れた手つきでスマホを操作した。
「ああ、〇〇出版さん?お宅の記者さんね、ここが気に入ったけえ、会社辞めるって。ずっとここに住むそうですよ。」
僕は柵に飛びついて叫んだ。
「でたらめを言うな!編集長、違うんです!」
僕が叫ぶと同時に自治会長は通話ボタンを切った。
「あんたもオメデタイ人じゃねえ。まだわからんの?これは最初から仕組まれちょることなんよ?」
自治会長は鼻で僕を哂った。
僕には何のことかわからなかった。
「あんたは会社にとって、要らん人なんよ。でも、このご時勢、クビを簡単に切れんじゃろ?そういう人員の整理に、この限界集落株式会社が利用されるんよ。いくら限界集落言うてもね、インターネットや車くらいあるわいね。まあ、慣れん人が車道まで出るのはほぼ不可能じゃけど。あんたの会社からクビ切りの依頼を受けたんよ。わしらの村は過疎化が進みよるし、お金はもらえるし、子孫は繁栄できるしで。一石二鳥じゃね。」
僕は呆然とした。だが、すぐに反論した。
「そんなの、法律が許すわけないだろう!これは立派な監禁じゃないか!
訴えてやるからな!」
僕が叫ぶと、自治会長は面白そうに笑った。
「どうやって?」
僕は自分の置かれている身をあらためて認識した。
それ以上は何も言えなくなった。
僕らの牢獄に、豪華な夕食が運ばれてきた。
男女、僕を含めて6人は居る。20代から30代の若者達。
「さあ、たんと食べて精をつけんさいよ。今日は新人君が仲間入りじゃけえ。
若いからね。ええ精子が取れそうじゃねえ。」
僕はげんなりした。
そして僕らは、老人達の見守る中、無理やりにセックスさせられた。
しないと、殺すと言われた。殺せば、子孫繁栄できなくなるぞ、と脅してみたが、
「まあ、世の中には会社にとって不必要な人は山ほどおるけえね。
いくらでもあんたらの代わりはおるよ。それより、はようしんさいや。
夜は短いんよ。何回もして、妊娠の確立を高めてくれんと困るじゃろう?」
僕は死んだ魚のような目の女の足を開いた。